187 松見草ー6
穏やかであり楽しくもお茶会が続く中、ミンシア様の発言数は少ない。
この面子の中では最も身分が低いのでわからなくもないが、どうやってわたくしに対して脅しをかけるのか必死に考えているのだろう。
「そういえば、ご婚約なさってからベアトリーチェ様はティオル王太子殿下のお色を必ずどこかに身に着けていらっしゃいますね」
ふとクラリス様が微笑まし気に話すと、これだと言うようにミンシア様が目を輝かせた。
「ベアトリーチェ様は社交界デビュー前からS.ピオニーを経営なさってすごいですよね」
「家族や使用人の協力があってこそですわ」
ミンシア様の言葉にわたくしは即答する。
事実だし、実際に社交界デビュー前のわたくしの力だけではS.ピオニーを作り上げる事は出来なかった。
「それでもあのようなアイディアを出すことができるなんて、凡人には出来ません。流石はベアトリーチェ様ですね。どうやってそのようなアイディアを思いつくんですか?」
「そうですわね、魔力測定の時に思いつくことが多かったので、もしかしたら神か精霊の思し召しかもしれませんわね」
にっこりと微笑んで言うと、ミンシア様が微妙な顔つきになる。
そう言われてしまえば反論するのが難しいからだ。
「ぼくも、魔力測定の時に思わぬ事を思ったりしたものです。例えば医学や薬学の知識欲が妙に湧いてきたりしたので、ベアトリーチェ嬢の気持ちがわかりますね」
事前にミンシア様に前世の記憶の件で脅される可能性があると話してあったジョセフ様が援護射撃に入る。
そのせいでミンシア様は余計に反論が難しくなってしまう。
「シャルル様とクラリス様は魔力測定の際にそのような事はありましたか?」
流石にないだろうとミンシア様は2人に話を振ったのだろうが、それは失敗だとすぐに判明した。
「いえ、自分は魔力測定の時にまだ出合った事のないティオル王太子殿下に仕えるべきだと自覚が芽生えました。もっとも当時はまだ王太子候補でしかなかったのですが、それに関係なく、自分が仕えるべきはあの方なのだとそう確信を持ったのです」
「それはすごいことですわね。運命というものかもしれませんわね」
「そうなのかもしれません。クラリス嬢はどうでした?」
「わたしは特には。ただ、普通に魔力測定が終わったという感じでしたね。ミンシア様は何か変わった事はありましたか?」
話を振られたミンシア様が一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐににっこりと笑みを浮かべて「はい」と頷いた。
「実は、わたしは不思議な知識が宿ったのです」
その言葉に、わたくしとジョセフ様はいきなり切り込んできたな、と馬鹿にしたような視線を一瞬だけ向けた。
「不思議な知識、ですか?」
「この世界ではない、別の世界の知識と言えばいいのでしょうか? そういった不思議なものが宿ったのですよ」
「まあ」
クラリス様がどう反応すべきかと迷うように首を傾げた。
シャルル様だって流石は常識外れと評判の令嬢の言う事だと呆れたような視線を一瞬だけ浮かべた。
「別の世界とは、面白い事をおっしゃいますのね。確かにこの世界と異なる世界がある事は長い歴史上明らかにされておりますが、まさかその知識がミンシア様に宿るなんて、まさに神の思し召しですわ」
「まったくですね。それで、その異なる世界の知識とはどのようなものなのですか?」
わたくしとジョセフ様がニコニコと興味があるように問いかける。
ここでゲームの知識がどうのとか言い始めたら即刻潰してやろうと初めから決めていた事だ。
「魔術という文化ではなく、科学という文化が発達した世界です。そこでは様々なものが発展していたのですが、不思議に思う事もあります」
「と、言いますと?」
「まるでその世界のものをなぞるかのようなものがこの世界にあるのですよ」
にっこりとミンシア様がわたくしに向かって笑顔を向けてきた。
なるほど、このような脅し方をしてくるのか。
「似たようなものとは、具体的にどのようなものがあるのですか? かつて同じように異なる世界の知識を得たという方の話ではとても高い建物があったり、海の中を通る道があったりしたと伺ったことがございますが、流石に違いますわよね?」
「文献では鉄でできた乗り物があったというものもありましたよね。この世界は魔術が発達しているのでそのような乗り物は誕生していませんが、もしかしてそういった類のものですか? いや、なぞるというのだからカガクというものが発展している世界と似たものがあるという事ですか?」
「それが、食事関係や装飾品関係なんですが、わたしが得た知識にあるものと同じものがあるんですよ。S.ピオニーに」
にっこりと言い放ったミンシア様に、わたくしもにっこりと笑みを返した。
「それはよくある話ですわね」
「確かによく聞く話ですね」
「え?」
わたくしとジョセフ様はその程度かと内心であざ笑いながら優しい笑顔を浮かべる。
「例えばドレスですが、異世界の知識を得た方の意見で流行が変わるというのはありますわね。他にもたまたま流行したデザインや色が異世界で得た知識のものと似ているという話はよくありますわ」
「食べ物もそうですね。何せこの国は歴史が長いですから様々な食文化を他国から取り入れている影響もあり、地域によって多様化され、それが他の世界の物と同じだったという話もありましたね」
「えっと……」
ミンシア様がまさかのわたくしとジョセフ様の反撃に戸惑ったような表情を浮かべる。
「S.ピオニーの商品は国内だけではなく他国の文献も参考にしていますから、もしかしたら過去にミンシア様と同じように異なる世界の知識を得た方が書かれた書物を読んでアイディアが浮かんだのかもしれませんわ」
「で、でも! 食べ物がそっくりそのままとかは流石にっ」
「あら、ミンシア様はご存じありませんの? 何十年か前に流行したクレープという菓子は異なる世界に同じ食べ物があったといいますのよ」
「クレープって、あのクレープですか?」
「ええ、今では様々な種類もあって喫茶店や屋台で気軽に食べる事が出来る物ですが、流行した時は高級品だったそうですわ」
「それでいったらマドレーヌやフロランタン、タルトタタンなんかも同じことが言えますね」
「ええ、異なる世界でも食に関することは似るものなのだと感心してしまいましたわ」
「あ、あ……」
ちなみに、わたくしとジョセフ様は事実しか言っていない。
異なる世界の知識を得た人物が同じものを食べる事が出来て感動したという文献がしっかりと残されているのだ。
ちなみに味噌汁などの和食文化がある国もしっかりと存在しており、この国の一部の地域ではそれを取り入れた食事を作っている場所もある。
ちなみにそれは衣類や装飾品にも言える。
つまり、ミンシア様が考えていた前世の知識での脅しなど、それこそこの世界が『誘惑のサイケデリック』の世界であり、わたくしの行動がその設定を大きく変えているという頭がおかしいとしか思えないことを言い出さない限り不可能なのだ。
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