186 松見草ー5
実際、身分が高い人と2人きりで話をするとか、ダンスで密着するとか特殊な状況でない限り無理じゃね?と思うんですよ
ミンシア様がわたくしと2人きりで個人的に話をしたいと言ってきた時、何かがあると思っていたけれど、まさかそれが承諾されると思っているのだろうか。
王太子の婚約者であるわたくしが、ただの辺境伯令嬢と2人で会うなど叶うわけがない。
たとえそれが脅されての事だとしても、現実世界でそんな事はありえない。
例え友人や使用人を離したところに置いたとしても、姿を見せない影が常にわたくしを護衛しているし、神殿から派遣された精霊魔法使いが防衛のために音を集めて会話を聞くに決まっている。
まったく、普段わたくしがジョセフ様と前世の話しをする時にどれだけ気を使っているのかわかっていない。
しかも簡単に前世の記憶の話題でわたくしを脅そうなんて、愚かとしか言えない。
何人もの使用人を介して届いた日本語で書かれた手紙の内容に笑う事しか出来ない。
中身を検閲した者が不明な記号が記載されており、呪いの可能性も考えたが、神殿に確認しても問題がなかったのでわたくしの元に届けたと言われた際、この世界の人間には日本語は呪詛にでも見えるのかもしれないと苦笑しそうになってしまった。
前世でも外国人からしてみると数種類の文字を組み合わせて言葉を作る日本語は難しいものだったので、ある意味仕方がないかもしれない。
前世を思い出している者にも種類があり、特定の知識だけがある者、前世の言語を書ける者、前世の言語を話せる者と様々なようだ。
ちなみにジョセフ様は前世の知識があり言語は話せたが、書くことは出来なかった。
わたくしとの練習時間を作る事によって、今は多少書けるようになっているが、それでも小学4年生ほどのレベルと言えるだろう。
いや、短い期間でそこまで出来るようになったジョセフ様は正直すごいと思うが、どうやら思い出している最中のような状態らしく、今後は立派に読み書きが出来るようになるかもしれない。
ミンシア様は問題なく日本語を書けるようだが、話すことができるかは今のところ不明だ。
監視をしていても全てこの世界の言葉で独り言を言っているから判断できない。
結局のところ、2人だけの話し合いが成立するはずもなく、数名を招待してのお茶会で同じテーブルに着くと言う事で落ち着いた。
わたくしとしてはその状態でどう脅しをかけてくるか興味があるが、小娘の脅しに屈するほどわたくしの精神年齢は残念ながら低くはない。
忘れてもらっては困るが、定年まで仕事を勤め上げた立派な喪女なのだ。
……ミンシア様の前世が陽キャでパリピ系だったらもしかしたら太刀打ちできないかもしれないが、その時はその時だろう。
この国の社交界はマナーというものがしっかりとしており、いくら常識外れと言われているミンシア様だってそこまで非常識な事はしないと信じたい。
そうして日にちは過ぎていき、お茶会当日になって席に着くと、そこにはジョセフ様とクラリス様、シャルル様とミンシア様が既に着席しており、わたくしはこの状態で前世の事で脅しをかけてくるような真似が出来るのかと若干ミンシア様を心配してしまった。
いや、脅されないことにこしたことはないのだが、手紙ではわたくしの前世の知識によって得られたことで発展させた事業について話がある、具体的には悪質的に知識を利用して無理に文明を発展させたことについて話がしたいとあったが、正直無理に文明を発展させたつもりはない。
確かに食文化や装飾品、化粧品なんかについては発展させた自覚はあるが、経済的に潤ったという事はあるのだが文明の発達とは関係ないのではないのだろうか。
うん、脅される要素はないように思える。
「ごきげんよう。このようなメンバーで席を囲むのは初めてですわね」
にっこりと微笑んで、テーブルごとの開始に挨拶を告げると全員が頷く。
「実は、エメリア殿下とティオル王太子殿下の推薦でクラリス嬢が自分の婚約者に内定しまして、本日はそのきっかけを作ってくれたミンシア嬢に感謝を伝えたく席を設けてもらったのです」
シャルル様の言葉にクラリス様が頷く。
クラリス様が側妃候補から外されたことは聞いていたが、婚約者に内定するのが早いな。
流石は王家の後押しと言うところだろうか。
まあ、ティオル様に忠義心の厚いシャルル様が断るわけないか。
「ぼくは実のところ、シャルルの婚約が内定したことでアーシェン嬢との婚約が内定したんです。やはりそのきっかけを作ってくれたミンシア嬢にお礼を伝えようと同じ席にさせてもらいました」
「まあ! それはおめでとうございます」
これまた早いな。
ジョセフ様とアーシェン様の距離が近づいているとは聞いていたが、まさか婚約が内定するまでこんなに早いとは思わなかった。
この行動の速さは流石としか言えない。
いや、もしかしたら準備をしていたのかもしれないが、シャルル様の婚約が内定してすぐに自分の婚約も内定させるとは、なんというか……。
「ふふ、そのようにおっしゃられると、ミンシア様はまるで婚約者の架け橋をする手練れのようですわね」
クスクス笑って言うと、ミンシア様が笑みを浮かべたがその笑みが若干引きつっているのが分かる。
「手練れだなど、ほんの偶然ですよ。わたしはシャルル様をよく見ていたので、クラリス様がシャルル様に向ける視線にも偶然気づいたのです」
「確かにシャルル様とミンシア様は一時気が合っていたように見えましたものね」
にっこり微笑んで言うとミンシア様の笑顔が引きつる。
婚約者に内定している、しかも愛人を認めないと言っているクラリス様の前で敢えてこのように言うセリフではないからだ。
「ミンシア嬢ははっきりと物を言うので話していてなかなか面白く思っていましたよ」
「それは嬉しいお言葉ですね」
シャルル様の言葉にミンシア様はどう反応していいのかわからないような顔になる。
喜ぶべきなのだろうが、婚約者に内定している令嬢の前で他の令嬢を褒めるのはあまり良い事ではないからだ。
もっとも、シャルル様はあえて言っているのだろう、過去形で言っているし。
「だが、クラリス嬢と話していると想像以上に話が弾み、本当に会話を楽しむと言うのはこういうものだと実感しました」
「そ、そうですか」
うん、上げてから下げる。シャルル様、なかなかやるな。
そしてさりげなくクラリス様との仲が良好である事を主張してミンシア様が付け入る隙を与えようとしない。
もしかしたらミンシア様が愛人狙いだったことに気が付いていたのかもしれない。
監視していないのでわからないが、攻略対象者なのだからその優秀さは確かなはずだし、ティオル様の側近候補の中でも最も近しく信頼されているのだから、何かを察していてもおかしくはない。
「はは、シャルルとクラリス嬢は仲がいいのですね。アーシェン嬢とぼくはそこまではいっていませんよ。話は続くのですが、なんというかアーシェン嬢はご存じの通り人見知りでなかなか」
「話が続くだけでも十分でしょう。アーシェンの人見知りは筋金入りですからね」
将来の義兄弟が楽し気に話す。
なるほど、これは王家的には良い縁談として纏まったと考えるべきなのかもしれない。
将来の王太子、いずれは国王になる者の第一側近になる可能性が高いものの妹が王族に嫁ぐ。
これ以上ない縁の繋ぎ方だといえるし、そこに政略以外の良好な感情もあるのだから御の字だ。
ところで、この空気の中でミンシア様は本当にどうやってわたくしを脅すというのだろうか。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。