185 松見草ー4(ミンシア視点)
しくじった。
その意識が頭の中を駆け巡る。
わたしが狙っていたのはシャルル様の愛人の座であり正妻の座ではない。
エメリア殿下が主催したお茶会に招待された時は、これでわたしの名前に箔が付くと喜んだのに蓋を開けてみればシャルル様の婚約者選びの場だった。
そこですべきだったのは自分を主張することではなく、他の令嬢を持ちあげて毒にも薬にもならない存在なのだと印象付ける事が必要だったのに、いつもの調子でエメリア殿下の機嫌を取る事に集中してしまった。
ベアトリーチェ様が来て、一緒にクラリス様がいたから、最近の様子を考えて敢えて関係ないクラリス様を推薦するように言ったのも間違いだった。
側妃候補のクラリス様ならシャルル様の婚約者に選ばれるようなことになるはずがないと思ったのに、それはエメリア殿下の言葉であっさりと覆されてしまった。
なんで側妃候補なのにシャルル様の婚約者に推薦されるの?
エメリア殿下が言ってティオル王太子殿下が後押ししてしまったら確実に婚約者になるに決まってるじゃない。
いや、それだけなら婚約者になれる可能性を作れたことで恩を売れたのに、クラリス様ははっきりと愛人を認めないと口にした。
ザクトリア公爵家が養子をどこからも取れないなんてありえない。
それは実質愛人など認めないと言っていると同じ事。
だからと言って今更ターゲットを変えるには遅すぎる。
ヒロインであるロクサーナ様も居ない状態でわたしを攻略対象者達に印象付けるのは難しい。
狙える可能性があるのはファルク様かもしれないけど、これまでずっとわたしの有能さをアピールしているように見せかけてシャルル様にそれを伝えるように動いていた。
それを見破れないほどファルク様は愚鈍じゃない。
だから今更ターゲットをファルク様に変えたところで相手にされないか、多くの遊び相手の1人として終わるだけに決まっている。
それでは意味がない。
そして問題はそれだけじゃなく、実家から届いたお父様からの手紙。
わたしが狙い通りシャルル様の正妻もしくは愛人になる事が出来るのであればよいけれど、そうでないのならカーロイア辺境伯領に戻り、決めた相手と結婚するようにというもの。
確定ではないけれども5歳年上の分家の嫡子だという。
いまだに婚約者が決まっていないのは本人にその気がないことに加え、その性癖に問題があるという。
その問題こそ書いていないけれど、相手の噂はわたしも聞いたことがある。
好色好き。いや、それだけならましなのだけれども辺境で男に囲まれた弊害なのか恋愛対象が男に限られているという話なのだ。
そんな相手と結婚させられるかもしれないなんて冗談じゃないわ。
お兄様も分家との繋がりを強めるためならと乗り気だと手紙には書いてあったし、シャルル様を射止める事が出来なければわたしの未来は想像以上に薄暗いものになるに決まっている。
これじゃあ、なんのために前世を思い出したのかわからないじゃない。
ヒロインの立場を乗っ取る事も、思い出した知識で何かをなすことも出来ない状態なんて、お約束から外れすぎて……。
あら? 思い出した知識が役に立たない状況、よね?
普通こういうのって、文明が未発達だから前世の記憶を思い出した主人公が文明を発達させるのよね?
それなのにそれが出来ないほどこの世界の文明は発達している。
『誘惑のサイケデリック』の設定って確かにそれなりに文明が発達してた世界観だけど、ここまで発達してなかったわ。
特にドレスのデザインや食事、そういった事にわたしが手を出せないぐらいに発達していたってことはなかったはずよ。
それなのにどうして?
それは…………。
「S.ピオニー……」
そう、それこそこの世界が発展しているもっともな理由だと言える。
ベアトリーチェ様が経営しているS.ピオニー。
そしてあまりにもゲームの設定と違う状況は、これが現実の世界だからだと思っていたけれど、ベアトリーチェ様にも前世の記憶があったのだとしたら?
それがゲームの設定とベアトリーチェ様が違う理由なのだとしたら、『誘惑のサイケデリック』の設定がここまでおかしくなっているのはベアトリーチェ様のせいと言えるのでは?
ロクサーナ様があそこまでヘッポコだったのももしかしたらベアトリーチェ様のせい?
いや、流石に社交界デビューもしていない令嬢に対して何かすることが難しいのは、わたしだってよくわかっている。
この国の法律は厳しく、社交界デビューをする前の子供が家を出る事は神殿に魔力測定をするために行く以外ではほぼ出来ない。
それでいけばベアトリーチェ様がS.ピオニーを立ち上げたのは不思議だけれども、シャルトレッド公爵家の力を使えばなんとかなるのかもしれない。
何と言っても王都のそういった事情にはわたしは詳しくないのだから仕方がない。
だが、辺境と王都がまったく違うのはよくわかった。
屋敷から出たことはなかったけれど、辺境は田舎でしかなく、仕える使用人の質だって全く違う。
借り物の屋敷の使用人でこれなら本物の高位貴族の専属使用人の質はもっといいはずだわ。
だからベアトリーチェ様が屋敷から出たことがないままS.ピオニーを発展させてもおかしくないのかもしれない。
でも、そのせいで『誘惑のサイケデリック』の設定が変わってしまったとしたら、その責任はとってもらわないといけないんじゃないの?
前世の記憶がある事をばらすとか脅して、わたしをどこかの高位貴族の愛人に紹介してもらうっていうのもいいかもしれない。
いや、いっそのことベアトリーチェ様に、今後一生優雅で自由で贅沢な生活を送らせてもらうのもいいかもしれない。
そうよ、それでいいじゃない。
だってベアトリーチェ様ってお金持ちなんでしょう?
わたし1人を養うなんて簡単なはずだわ。
どうしてこんな簡単な事に今まで気づかなかったのかしら?
きっとヒロインであるロクサーナ様を中心に考えすぎていたせいで、悪役令嬢になる可能性があるベアトリーチェ様の変化をそこまで気にしてなかったからね。
でも、気づいたんだから利用しない手はないわ。
ベアトリーチェ様、覚悟してわたしの事を養ってよね。
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