184 松見草ー3
「ミンシア様にそのように言っていただけるのは嬉しいのですが、そうなりますとエメリア殿下がせっかく主催した今日のお茶会の意味がなくなってしまいますね」
柔らかな声でクラリス様が言うと、流石にミンシア様も困ったと言うか、途方に暮れたような顔つきを一瞬する。
エメリア殿下の機嫌を損ねてしまったのではないかと考えたのかもしれない。
だが、当のエメリア殿下は面白そうに笑みを浮かべミンシア様を見ている。
「あたくし、クラリス様がシャルル様に一目を置いているとは存じませんでしたわ。ミンシア様は人を見る目があるようですわね」
「そのような事……」
エメリア殿下に褒められたミンシア様は焦ったように否定の言葉を口にしたが、エメリア殿下は余計に面白そうに笑みを深めるばかりだ。
王家としては、ザクトリア公爵家がカーロイア辺境伯家と繋がりを強化しても、ロッテンマイヤ侯爵家と繋がりを強めてもうまみがあるのかもしれない。
「ねえ、クラリス様はシャルル様のどこに興味を持っていらっしゃいますの? この際ティオルお兄様の側妃候補という事は考えずにお答えになっていただきたいですわ。ねえ、ベアトリーチェお義姉様」
「そうですわね。遠慮なさらずにお答えいただけるとわたくしも嬉しいですわ、クラリス様」
わたくし達からの問いかけに、流石に返答しないことは出来ないと思ったのか、困ったように微笑んだ後クラリス様が口を開いた。
「わたしがシャルル様に興味を持ったのは、心を惹かれたのは一途なところがあるからでございます」
「一途、というと? シャルル様には恋人はいらっしゃいませんから一途かなんてわからないではありませんか」
いや、ゲームではシャルル様は確かに一途な設定だから間違ってはいないと考えていると、クラリス様は首を横に振った。
「日頃の行いを見ていればわかる事です。シャルル様はティオル王太子殿下に対し絶対的な忠誠心を持っておいでです。それに迷いはなく、たとえ家族が質に囚われようともその忠誠は揺るがないとわかります」
迷いなく、確信を持っているように話すクラリス様に誰もが聞き入るように耳を傾ける。
「そのような方の妻になれるのなら、ティオル王太子殿下に向ける物とは異なる情熱を向けられるのなら、どれほど幸福な事なのかと思ったら、わたしはそれは嬉しいものだと感じてしまったのです。だって、それでもシャルル様の忠誠はティオル王太子殿下にのみあり、妻になにかあったとしても優先すべきはティオル王太子殿下だと確信しているからです。わたしは一途な方を好んでおります。だからこそ、ティオル王太子殿下の側妃候補になるよう父に言われたときも頷いたのです。ティオル王太子殿下はベアトリーチェ様に一途な方でいらっしゃいますから」
語り終えたクラリス様は紅茶を一口飲みニコリと微笑みを浮かべた。
「それは……」
エメリア殿下が笑みを浮かべたままクラリス様に問いかける。
「それは、もしクラリス様がシャルル様の正妻になった時、ティオルお兄様に何かしらの不都合が起き、妻である貴女を手に掛けるよう命じられても構わない、そういう事でして?」
「むしろ本望と言えましょう」
即答したクラリス様にエメリア殿下が満足そうに頷いた。
「では、わたくしからも一つよろしくて?」
「ええ、どうぞ」
快く頷いたクラリス様ではなく、わたくしは一瞬だけミンシア様に視線を向けた後クラリス様を見る。
「もし、シャルル様とご結婚なさった場合、愛人をお認めになりますか?」
「子がどうしても出来ぬ場合、そして養子をとる事も難しい場合は仕方がない事と受け止める心づもりはありますが、見栄や快楽、癒しや政略ではなく愛で結ばれた仲などという理由であれば認めるつもりはありません」
はっきりと口にしたクラリス様に、意外だと言うように誰もが驚きの表情を浮かべたが、その中でもミンシア様は特にしくじったというような表情を浮かべた。
まさか自分が推薦するような真似をしたクラリス様が、ここまで愛人を認めないとはっきりと口にするとは思わなかったのだろう。
しかし推薦した手前あからさまに愛人を認めないと発言したクラリス様に反発するわけにはいかない。
むしろ反発して反感を買う事が得策でないと考えているかもしれない。
愛人契約はあくまでも個人的に行うものではあるが、それでも契約が終了してしまった場合や寵愛を失ってしまった場合、最も恐れるのは正室の報復だ。
嫡子をなしていたとしても、その実の親を慕う可能性があると判断した場合、始末してしまう事はない話ではない。
だからこそ、真実の愛などという世迷言で結ばれた愛人以外は、正式に愛人を職業としている者は契約書に自分の身の安全を約束させることを必ず織り交ぜると聞いたことがある。
それが愛人という職業を成り立たせるという事なのだろう。
ミンシア様が望むのは、まさしく生涯優雅に贅沢に暮らす愛人としての生活。
決して正妻と対立したり報復を恐れて暮らすようなものではない。
「愛人は正室の補佐をする役目もあると言います。クラリス様はそのような目的でも愛人を認めないとおっしゃいますの?」
「公爵夫人の仕事がいかに多忙とはいえ、わたしはこう見えても人並み以上に教育を受けた身でございます。補佐は使用人で十分でございますよ」
重ねて尋ねたわたくしに気分を害することもなく答えたクラリス様にわたくしは頷きエメリア殿下を見る。
その視線を受けてエメリア殿下が頷いた。
「あたくし、ティオルお兄様にお願いしてクラリス様をシャルル様の婚約者に推薦したいと思いますわ」
せっかくお招きした皆様には申し訳ないですが、と言ったエメリア殿下に異議を申し立てる令嬢は誰も居なかった。
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