183 松見草ー2
「改めて参加なさっている方を考えましても、皆様シャルル様の正妻になるのに相応しいと言える方ばかりですわね」
にっこりと微笑んで言うと、令嬢達も笑みを返してくれる。
最終的に政略結婚の相手を決めるのがザクトリア公爵であっても、わたくしの推薦を受けているとなればそれがそのまま後ろ盾になり、自分が婚約者に選ばれる可能性がずっと高くなるから、少しでもわたくしへの印象を良くしたいのだろう。
「シャルル様はティオルお兄様へ忠義を尽くしていらっしゃるから、女性に関しては疎いようですので、差し出がましいとは思いますが、あたくしがザクトリア公爵に推薦する令嬢を選んでみようと思いましたの」
「確かにシャルル様のオル様への忠義は素晴らしいものがありますものね。そんなシャルル様の正妻になる方なのでしたらエメリア殿下からの推薦だけではなく、わたくしからも推薦を出させていただきたいものですわ」
「それは心強いお言葉ですわね」
あらかじめ用意していた言葉を話すと、令嬢達が誰から言葉を発するべきか探り合うように視線を交わし合っている。
だが、そこで空気を敢えて読まずに言葉を発したのはミンシア様だった。
「わたしのような田舎者からすると、王都で暮らしている皆様の洗練された所作は憧れるものがあります」
あからさまにこの場に参加している他の令嬢を持ちあげる言葉に、最近のシャルル様への態度を知っている令嬢達が懐疑的な視線を向けた。
他人を評価する振りをして、その裏で自分の評価を上げようとしているのかと考えているのだろうが、ミンシア様の本来の狙いはそのまま他の令嬢の評価を上げ、自分が正妻候補から外れる事だ。
ミンシア様の実家、カーロイア辺境伯家としてはザクトリア公爵家にミンシア様を嫁がせたいのだろうが、ミンシア様はそれを望んでいない。
狙っているのはあくまでも楽に過ごすことができる愛人の座だ。
そしてその座を確かなものにするための手段として、子供を産み正妻に庶子として引き取ってもらう事も視野に入れているのだろう。
そのためには令嬢達に気に入ってもらわなければならない。
初めのころはその若さと美貌で維持できる愛人の座も、年を取ればそれが叶わなくなる可能性もある。
だからそれを生涯得るためには嫡子を作り実績を評価される必要性があるのだ。
本当にミンシア様は優秀だといえるだろう。
だが、いままでのシャルル様への親密な態度を考えると、急に他の令嬢を褒めるような態度をすることには違和感しかなく、不信感を持たれてもおかしくはない。
だが、ミンシア様にはこうするしか方法が残されていない。
自分の価値を下げてでも他の令嬢を持ちあげつつ、エメリア殿下やわたくしの機嫌も取らなければいけない。
稚拙な方法と言えなくはないが、これでも短時間で彼女が導き出した結論なのだろう。
「ベアトリーチェ様は言うに及ばず、王族でいらっしゃるエメリア殿下の所作は見ているだけで同性でありながらもほれぼれするものがあります。皆様もそう思いますでしょう?」
ミンシア様の言葉に令嬢達が頷く、というかここで頷く以外の選択肢はない。
「けれども、わたしがシャルル様の婚約者として推薦したいのはクラリス様です」
「わたし、ですか?」
側妃候補として名前が挙がっており、ザクトリア公爵家へ特にアプローチを行っていないクラリス様の名前が出たことで、僅かながら動揺の空気が流れた。
あくまでも側妃候補なのだから、他の家の正妻候補に推薦することは常識外れと言える。
だが、ミンシア様はあえてここでクラリス様の名前を出した。
「もちろんクラリス様が側妃候補として名前が挙がっている事は存じていますが、それでも人の心はままならぬもの。クラリス様のシャルル様へ向ける視線にはティオル王太子殿下の側近候補として見ている以外の感情が込められているように感じてならないのです」
それには気づかなかったが、クラリス様の反応を見るとそれはあながち間違っているものではないようだ。
側妃候補としてティオル様の側近候補のシャルル様との接触は多い方と言えるが、その接触を重ねるうちに特別な感情が芽生えたのかもしれない。
側妃候補として名前は上がっているが、まだ社交界デビューして間もないクラリス様はあくまでも側妃候補。
他の選択肢だって用意されているのは確かだ。
だが、ここでシャルル様の婚約者として名前が上がるとは思ってもいなかった。
ミンシア様は何を考えているのだろうか。
想い人との婚約を提案することで恩を売って印象をよくし、うまく側妃候補ではなくシャルル様の婚約者になった際に愛人になりやすい環境を整えるつもりなのかもしれない。
だが、想っている男性に愛人を認めるものなのだろうか。
あまつさえその間にできた子供を自分の庶子として養育するなど本気で考えているのか?
いや、クラリス様とて貴族令嬢。
愛人との間に子供が出来れば庶子として引き取るのは常識としてあり得るかもしれない。
だが、ミンシア様がクラリス様をシャルル様の婚約者として推薦したことに他にも意味がある可能性は残されている。
側妃候補としてその優秀さを認められているクラリス様を推薦することで、王家へも恩を売るつもりなのかもしれない。
側妃候補は他にもいるのだから、クラリス様が抜けても実際のところさしたる問題はない。
しかしながら同じクラスに所属しているとはいえ、わたくしと交流を持つことの多いクラリス様がミンシア様と親しいとは思えない。
今までアーシェン様へのご機嫌取りを中心にしており、シャルル様に近づいても自分に被害が来ないように動いていたのだが、ここにきて趣旨替えをしたのだろうか。
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