179 花笠石楠花ー12
「皆様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミンシア様。皆様も楽しんでいらっしゃいまして?」
特に授業の設定はされていないが、生徒同士の交流の機会を作ると言う事で設定されている日、ミンシア様がわたくし達の集団に近づいて来た。
一緒にアーシェン様もいるため近づいてくること自体は不思議ではないが、真っ先にミンシア様がわたくし達に声をかけたこと自体はいささか無作法とも言える。
本来なら公爵令嬢のアーシェン様が声をかけるべきなのだ。
だが、アーシェン様は人見知りが激しい事は知れ渡っており、友人に代わりに挨拶を頼むことがあると言うのも有名な話なので、今回がたまたまミンシア様だったのか、立候補したのかはわからない。
「ええ、こうして他の学年の方々と交流を持てる数少ない機会ですので、皆楽しんでおります」
あくまでも代表のつもりなのかミンシア様が笑顔で答える。
わたくしとしては構わないが、アーシェン様の兄であるシャルル様はどう思っているのだろうか。
そう思ってシャルル様をちらりと見てみるが、特に表情に変化はない。
「確かに王族でもなければ昼食時でも他の学年の方と一緒にいただくことはありませんものね。それで、ミンシア様は本日はアーシェン様達と一緒に行動をなさっておりますの?」
エメリア殿下がにっこりと微笑みながら尋ねる。
「はい、アーシェン様と行動を共にしています」
「そう、こう言ってはなんですが、ミンシア様とアーシェン様はそれほど仲が良いように記憶しておりませんでしたので驚きました」
「そうでしょうか? よく話をさせていただいておりますよ」
ニコニコと微笑みを浮かべ合って話しているが、その会話の内容は腹の探り合いだ。
エメリア殿下はアーシェン様がミンシア様に利用されているのではないかと疑っているし、ミンシア様はアーシェン様を利用してシャルル様に近づく気でいる。
「確かに教室ではミンシア様から話しかけているのをよく見ますわね」
「アーシェン様は大人しい方でいらっしゃいますからね。お兄様のシャルル様もその部分を心配されていらっしゃるのではないでしょうか?」
不意に自分の名前を出されてシャルル様がミンシア様に視線を向けた。
「確かに、アーシェンは心配なほど人見知りではありますが、最近ではそれをサポートしてくれる方が現れたようですので、自分としてはさして心配はしていません」
「え?」
ミンシア様はもしかしたらジョセフ様とアーシェン様が最近いい雰囲気なのを知らないのかもしれない。
「ジョセフ様がアーシェンの事をありがたくも気にかけてくださっているようですので」
「なっ」
本当に知らなかったようでミンシア様が驚いたようにジョセフ様を見たが、ジョセフ様は平然とした顔でミンシア様を見返している。
ミンシア様はすぐに笑顔を作ると「知りませんでした」と言った後にシャルル様に対して「ジョセフ様が相手ならお兄様として安心ですね」と言った。
「ええ。ただアーシェンに公爵夫人がちゃんと務まるのかという点が不安ではありますが、まあ、その部分は周囲が支えてくれれば何とかなるでしょう」
その一言で、アルセイド公爵家からザクトリア公爵家に対して正式に縁談の申し込みがあるのだと知らしめることになった。
ジョセフ様も隠す気がないのか笑みを浮かべたままではあるが、アーシェン様だけが顔を真っ赤にして友人の後ろに隠れてしまう。
この様子だとザクトリア公爵家は婚約の申し込みをそのまま受け取る気なのだろう。
アーシェン様とジョセフ様という組み合わせはわたくしの中では意外ではあるのだが、それはあくまでも『誘惑のサイケデリック』に思考が囚われているからである。
この世界はあくまでも現実であり、よく似たものではあるが相違点は多々ある違う世界なのだ。
わたくしだって結末が悲劇に限られるとは限らない。
現にティオル殿下のわたくしへの献身を考えると今後裏切られて断罪されるとは思えないし、なによりもヒロインであるロクサーナ様は表舞台を降りてしまったに等しい。
平民になったことで学院に通う事もなくなり、バスキ伯爵家の人間でなくなり平民になったことで今は叔父が用意した家に義兄と共に暮らしている。
ちなみに養父は罪を償うという名目で死んだほうがましだと言われている労働環境の場所に強制的に連れて行かれたそうだが、元が貴族だったせいか、一週間もしないうちに亡くなったらしい。
わたくしにとってはそれは彼にとって救いだと思ったのだが、叔父曰く面白い実験材料が手に入ったと言っていたので、その死体や魂は回収されて何かの魔術の実験材料に使われているのかもしれない。
「まあ、それでは最愛の妹が他の殿方に気をまわしてしまってシャルル様は寂しく感じてしまっているのではありませんか?」
ミンシア様があくまでも話のついでのように何気なさを装って尋ねる。
この自然な感じの言葉の運び方は辺境育ちとは思えないが、前世で何か特別な職業についていたのかもしれない。
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