175 花笠石楠花ー8
バスキ伯爵家の凋落の噂はあっという間に広まった。
噂が好きなのは貴族でも平民でも変わらないのだから、ここだけの話をされて黙っている人の方が少ないだろう。
わたくしはバスキ伯爵家で大きなことが起きるとだけ言ったのだが、それがいつの間にかバスキ伯爵家がお取りつぶしになるのではないかと言う話にまで膨らんでしまった。
そのせいかロクサーナ様は常に機嫌が悪く、折角の可愛らしい顔が台無しになっている。
もちろん社交界でも同じように噂が広がっているのだが、バスキ伯爵はそれを否定することなく、主家にすべてを委ねていると言うにとどめているそうだ。
主家の公爵家もバスキ伯爵家から相談は受けているが、今は今後について慎重に考えている所なのでそっとして欲しいと言っているという。
家督の移行はそれだけ大きな問題だし、バスキ伯爵家の血縁者が存在しているのにその者をなかったことにして他の家から当主を選ぶのだから、その選考にも時間がかかるのだろう。
元々バスキ伯爵家は歴史はあるが主家から分かれた家なのだから、主家が決めた後継者に否やを言う事は簡単には出来ない。
とはいえ、そもそも主家が各家の跡取り問題について口を出すことなどほとんどないので、今回は特例と言えるだろう。
しかも問題があるバスキ伯爵家を継ぎたいと望む者がいるかどうか……。
ティオル殿下の話ではかなり難航しているようだし、流石にロクサーナ様と前バスキ伯爵の耳にも入ってしまっているので、家では相当険悪な雰囲気となっている。
父子の口論は絶えず、ロクサーナ様は機嫌が悪いながらも悲劇のヒロインになったように振舞っている。
使用人への給金は滞りなく支払われているが、それでも不安に思う使用人は辞職していっており、新しい使用人を雇おうにも応募してくる者はいない。
屋敷が荒れ果てると言う事はないようだが、手入れが行き届いているとも言えない状況に、家人の不満は増していっているようだ。
このままでは伯爵令嬢ではなくなってしまうかもしれないと思ったロクサーナ様は生家の男爵家に接触を試みているようだが、結果はかんばしくないどころかもう連絡をしてこないでほしいと断られた。
ロクサーナ様を監視している限りでは、貴族令嬢になれなくなる可能性があることが相当気になっているようなのだが、だからといってどこかの家に嫁ぐという発想もないようだ。
それならどうして義兄のダリオンさんとの結婚は承諾していたのかという疑念があるのだが、あれはバスキ伯爵の愛人になる事が決定していたから平民になる事を受け入れていたのかもしれない。
愛人狙い、それだけを見ればミンシア様と同じように感じるが、ロクサーナ様の場合は何というか、優雅な生活を送りたいというミンシア様に対して、愛される女でいたいという願望が強いように感じる。
それから彼女の中にあるのは元男爵家の庶子というコンプレックスなのではないだろうかとも思う。
身分にこだわるのはそこが原因だと思うし、下位貴族とお茶会をしている時はどこかつまらなさそうにしている。
その反面、バスキ伯爵家の女主人の代理として高位貴族のお茶会に出席する時はだいぶ機嫌がいい。
あくまでも女主人の代理としての出席なのに、まるで自分が直接招待されているように振舞い、主催者には積極的に話しかけて人脈を広げようとする。
もちろんそれが成功しているとは言えないが、本人的には満足しているようだ。
「オル様、バスキ伯爵家の方はどのようになりそうでして?」
「まあ、系列の侯爵家の3男が継ぐことで決着がつきそうだ」
「そうですのね。その方も貧乏くじを引かされたようなものですが、大丈夫なのでしょうか?」
「それが、話を聞かされた時に進んで立候補したそうなんだ」
「それは……奇特な方ですわね」
ティオル殿下の言葉に素直に驚いていると、同じように考えていたのかティオル殿下が笑う。
「平民になって王城に仕官するつもりだったそうなんだが、領地経営が出来る機会があるのならそれを試したいと言っているそうだ」
「なるほど。次男まででしたら家に雇われるという形で領地経営に関わる事もありますが、3男では難しいですものね」
「今はその人物の身辺調査と精神鑑定を行っているところらしい」
「そうでしたのね」
バスキ伯爵領自体は特に目立った問題のない所であり、先々代が目を光らせていたこともあって平穏な領地と言われている。
ただ、領民が新しい当主を受け入れるかはまた別問題になってくるだろう。
先々代当主に問題があればまた違うかもしれないが、特に領地経営に問題はない。
引継ぎがどうなるかはまだ不明だが、先々代は恐らく領地を出ていく算段を立てているだろうし、前バスキ伯爵夫人も一緒に連れて行くつもりなのだろう。
既に私財のほとんどをバスキ伯爵に譲ったと聞いているが、そのバスキ伯爵が静養に良い土地を探しているという話もある。
死亡したとなっているバスキ伯爵夫人とダリオンさんが夜明け前に王都を出る門をくぐったと言う証言があったり、バスキ伯爵家の2人の子供を保護という形で神殿が引き取ったりもしている。
ここまでお膳立てがされてしまえば、聡い者は今のバスキ伯爵が家を潰そうとしていると気づくだろう。
そのため、余計に下位貴族が取引をやめるという状況に陥っており、現在のバスキ伯爵家は財政的に余裕はないと言える。
それでも貴族としての体面を保てているのはバスキ伯爵の手腕がよいからなのだろう。
「バスキ伯爵家がなくなった場合、ロクサーナ様はどうなりまして?」
魔力量の多さから伯爵令嬢にまでなった彼女だ。
安易に平民にすることは出来ない。
「神殿預かりの産女巫女になるだろうな。子を産んだ実績もあるし」
「やはりそうなりますのね」
魔力の高い子供を産むことは重要な事だ。だがわたくしには一点気になる事がある。
ロクサーナ様は妊娠すると魔力を子供に吸収され、それを補うために精霊喰いの魔術を使っていた。
今後も同じ状況になるのであれば、産女巫女としても価値がなくなってしまうのではないだろうか。
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