174 花笠石楠花ー7
「まあ、ご覧になって。ロクサーナ様ですよ」
友人がそう言ったので目を向ければ、ロクサーナ様が数人の女生徒に囲まれているのが見える。
高位貴族の令嬢ではないようなので、下位貴族の生徒なのだろう。
あのように人目につく中庭で1人の女生徒を囲うような行為はよろしくないし、通常であれば誰かが助けに入るのだが、あいにく対象がロクサーナ様の為、周囲も様子を見ているだけのようだ。
精霊を使って音を集めると、バスキ伯爵家が関わる商売の契約について文句を言っているようなのだが、ロクサーナ様はそれはバスキ伯爵の仕事で自分には一切関係ないと言っている。
「貴女が提案した店の出資に協賛したのに我が家は大損なんですよ!」
「我が家だって、バスキ伯爵家が出資するというから経営陣をお貸ししたのに、結果としては店舗はつぶれ、借金だけが残ってしまったではありませんか!」
「出資した金額も戻ってこず、どうしてくれるのですか!」
「バスキ伯爵家が提案したからこの話に乗ったのですよ。責任を取ってください!」
4人の女生徒は口々にロクサーナ様を責めるが、あの潰れたまがい物の店に関係していた貴族なのだろう。
最大の出資者であるバスキ伯爵家が手を引いたことで、元々悪化していた業績はさらに悪化し、何も残さないどころか多額の借金を残して潰れてしまったという。
出資していたバスキ伯爵家は大きな損害を出す前に手を引いたのだが、他の貴族家はそう言うわけにもいかず、相当な痛手を負ったようだ。
今、ロクサーナ様に詰め寄っているのはその家の令嬢なのだろうが、ロクサーナ様に文句を言ったところでどうにもならないのではないだろうか?
「だから、あたしは関係ないって言ってるじゃないですか。お兄様やお父様が経営してたんですよ。あたしは何もしてません」
「経営? それを行っていたのは我が家です。出資していただけの貴女の家が経営に関わっているわけがないでしょう!」
「何を言ってるんですか? あたしの提案で開店したお店なんですよ。経営に関わらないわけがないじゃないですか」
ロクサーナ様は自分が言っていることの矛盾に気が付いているのだろうか?
まぁ、気づいていないのだろうな。
今までは高位貴族だけに避けられていたバスキ伯爵家だが、最近では下位貴族にも距離を置かれるようになっているらしい。
それはやはり亡きバスキ伯爵夫人の実家が関係しているようなのだが、それ以前に今のバスキ伯爵家の評判がひどすぎる。
しかもそのほとんどがロクサーナ様が肯定してしまった事実なのだからどうしようもない。
バスキ伯爵も噂の火消しを積極的にしていないし、前バスキ伯爵は表向き隠居したことになっているので社交界に頻繁に出入りすることは難しい。
だからこそバスキ伯爵が噂の火消しをしなければならないのだが、その動きは少ない。
挙句の果てに家督の移行を考えているというのだから、いったい何を考えているのだろうか。
そもそも、前当主、ロクサーナ様、現当主の3人を除いてバスキ伯爵家の籍から抜いている事を考えると、本格的にけりをつけようとしているのかもしれない。
「では経営に関わっているというのなら、なぜ赤字になっていったかお分かり?」
「それは……平民には貴族の食事が合わなかっただけですよ」
「確かに貴族風の料理は提供していましたが、品質は劣化版もいいところ、それなのに値段は高く設定されていては利用する人も居なくなるのも当然じゃないですか」
「え? だって貴族の食事ですよ。高くて当然じゃないですか。それでも貴族の食事を体験できるんだから値段が高額なのは当然だと思います」
「貴族の食事と貴族風の食事では全く違います」
女生徒の言葉にロクサーナ様は首を傾げた。
「何が違うんですか?」
その言葉に、周囲で話を聞いていた生徒たちが驚いたようにざわついた。
「……お話になりませんね。流石は自分の発言や行動に責任を持たないと言われているだけの事があります」
「なんですか、それ」
「知らないんですか? 貴女は非常識な令嬢として有名なんですよ」
「あたしの何が悪いって言うんですか!」
「それが分かっていれば非常識とは言われませんよ」
クスクスと笑う令嬢に対してロクサーナ様は顔を赤くして「笑うなんて失礼です!」と叫ぶが、笑いは周囲のやじ馬にも伝播しているようだ。
「いじめ、のようには見えませんが、何をもめているのでしょうか?」
友人が心配そうな顔をして尋ねてくる。
「どうやらバスキ伯爵家が出資していた店の計画に乗っていた家のご令嬢が文句を言っているようですわ」
「そうなんですね……」
「お店とは平民向けに劣悪な商品とサービスを提供したものですよね? 出資していたのはバスキ伯爵家が中心だったとはいえ、精査しなかったのも悪いのでは?」
「経営方針にも問題があったと聞きます。自業自得ではありませんか?」
「そうですわねぇ。けれども彼女たちの家も大きな負債を抱えているようですし、八つ当たりの対象が欲しいのでしょう」
「なるほど」
「それに、ここだけの話ですが。バスキ伯爵家には近々大きなことが起きそうですわよ」
わたくしがにっこりと微笑んで言うと、何かを察したのか友人達は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔で頷いてくれた。
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