167 紅花翁草ー28(アナシア視点)
アナシア視点の過去回想はこれにて終了です
まあ、アナシアは不定の狂気に入ってそうですよね、うん
ダリオンは精神分析続けてるんじゃないかと思います
お義母様は今ではすっかり寝たきりになってしまい、起き上がり話すことも出来ない状態らしい。
そう、旦那様が話していた気がする。
「この家はもう、すっかりロクサーナさんが女主人になっているのね」
「姉上……」
慣れ親しんだメイドはいつの間にかいなくなり、よく知らないメイドが私の世話をするようになった。
それもロクサーナさんが決めた事らしい。
お義父様も旦那様もよっぽどおかしなことでない限りロクサーナさんの行動を咎める事はないらしい。
涙を流す私の目元にダリオンの指が触れる。
「すまない」
「……私は、どうしたらいいのかしら」
ダリオンに尋ねたところで答えが出ないのはわかっているのに、聞かずにはいられない。
……違う。
私は……私はダリオンに言ってほしい言葉がある。
「姉上……すまない」
「ダリオン」
「なんだ?」
「私、あの頃に戻りたいわ」
「それは……」
困った顔をするダリオンを見つめる。
ダリオンだってわかっているのだ、私が望んでいる事は貴族夫人としてよくない事なのだと。
それでもダリオンは私を見つめて覚悟を決めたように頷いてくれた。
「…………わかった」
そう呟いたダリオンは部屋にいたメイドを外に出した後に、ベッドの横の椅子に座りなおしてそっと私の手を握り締める。
「アナシア」
「はい」
「俺は、お前を愛してる」
「はい」
「誰よりも、なによりも、アナシアを愛してる」
「はい、ダリオン。私も貴方を、ダリオンを愛しているわ」
握り締められた手が持ち上げられ、手の甲に口づけられる。
懐かしさに涙がこぼれる。
貴族として閉じ込めた感情が静かに心に染み込んでいく。
その日から、使用人も部屋から出してダリオンと2人で過ごす時間を作るようになった。
あの頃のように、昔に戻ったように幸せな時間を過ごす。
私はそれだけでよかった。
そう、それだけで……満足だった。
ある夜、私は扉が開く音で目が覚めた。
メイドが何か用事があって入ってきたのかと思って視線を向けると、そこにはお義父様が居て、私は驚きすぎて声も出ない。
「……お前は、ロクサーナと違って」
小さくそう呟いたお義父様が一歩ずつゆっくりと近づいてくる。
その手には、鈍く光るナイフが握られている。
「ひっ」
「家族を思って自害する。そのあと妻を失い消沈するロベルトを必死に慰めたロクサーナが後妻となる。自然な話だと思わないか?」
「ぁっなっ……」
近づいて来たお義父様が私の手にナイフを握らせた。
「これも妻の役目だと思わないか? なあ、アナシア」
優しく微笑むお義父様がナイフを握った私の手を持ちそのまま首に―――
「何をしているんだ!」
ドンと音がしてお義父様が突き飛ばされた。
ナイフを握ったままの手が力なく膝の上に落ちる。
「アナシアに何をしようとした! ここまで苦しめてさらに犠牲にさせるつもりか!? ふざけるな! アナシアはこの家の道具じゃないんだ!」
叫ぶダリオンの声が聞こえるけれど、私の視線は手の中にあるナイフに吸い寄せられる。
何かを殴るような音が聞こえ、倒れる音とドアが閉まる音が聞こえた後、私の手から強引にナイフが奪われた。
「アナシア、怪我はないか!?」
「……ダリオン?」
「そうだ…………ああ、怪我はないな? よかった」
私に怪我がないことを確認したダリオンが抱きしめてくる。
その瞬間急激に全身の血の気が引いたような感覚がした。
「ひぃっ」
「アナシア?」
咄嗟に挙げてしまった悲鳴にダリオンが体を離す。
ダリオンだと理解しているのに体が震える。
「あ、あ……」
「アナシア……父上になにかをされたのか?」
覗き込まれる顔……男の人の……私を殺そうとした……死に追いやろうとした……男……。
「ひぁっ」
ガクガクと体が震えダリオンに縋りつきたいほど恐ろしいのに、ダリオンが男だと認識してしまい動けなくなる。
「ダ、リオ、ン」
「どうした?」
「怖いの」
「怖い? 何が怖いんだ? 父上はもういないぞ」
「わかってる。わかってるの……でも、怖い……貴方ですら、怖い」
「……そう、か」
戸惑ったようなダリオンだけれど、私を怖がらせないようになのか距離を取ってくれる。
けれど今度はその距離に泣きそうになってしまう。
怖いけれど離れる事に不安を抱いてしまう。でも近くにいると怖い。
その矛盾が私の心を今まで以上に蝕んでいく。
今まで少しずつでも心を癒してくれていたダリオンとの時間すら恐怖の対象になって、私は少しずつ、それでも確実に心が壊れて行った……。
ダリオンにすら怯える事に恐怖を感じ、私はダリオンに縋りついて、縋りついているのが男性だと自覚して恐ろしくなって震える。
「助けて……助けてダリオン……」
涙を流して震えながら縋りつく私に、ダリオンは無言できつく抱きしめてくれたあと「すまない」と口にしてから私に口づけた。
その日、私は旦那様以外を知り、その関係は続く。
男性に怯える私をダリオンは無理に抱いているのだと私に言い聞かせる。
私は泣きながらそれを受け入れた。そして……ダリオンの子供を授かった。
そのころにはもう心は壊れてしまい、ただ男性に怯え、たまに知らない子供を連れたロクサーナさんに拒絶反応を見せるだけ。
私は……もう、それでいい。
ダリオンさえいれば……ダリオンと愛する子供さえいれば、もう……何も望まない。
「貴族でなければよかったのに……」
涙を流してそう呟いた私に、ダリオンはただ「わかった」と私を抱きしめてくれた。
それからしばらくして、私はダリオンと一緒にバスキ伯爵家を、この国を出る事になった。
立派な屋敷じゃない。多くの使用人が世話をしてくれるわけでもない。
それでも、愛するダリオンは私に負担をかけないように労わって接してくれ、私とお腹の子供を守ってくれる。
国を出て時間が経って、痛みと恐怖と不安に耐えながら子供を産んで、そこで私は久しぶりに心の底から喜びの涙を流すことが出来た。
過去の事は全て忘れて捨ててしまえばいいとダリオンが何度も言ってくるから、私はそうすることを選び、ただ今ある幸せを守る道を選び取った。
だから、捨てたものがどうなったのかは私は何も知らない。
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