164 紅花翁草ー25(アナシア視点)
SANチェック回想は終わったと思った?
私はそんなあまいKPじゃないぜ!
アナシアの過去回想はっじまるよ~(吐血
私は何の変哲もない、一般的な伯爵令嬢であるという自覚がある。
家の方針にのっとり社交界デビューするまで家で教育を受け、魔術学院に通って特出する成績こそ残していないけれど、だからといって落ちこぼれというような成績でもない。
あくまでも平均的な、普通の伯爵令嬢。
それでも、魔術学院では婚約者の有無に関わらず自由恋愛が浸透していて、私も例に漏れず恋をした。
「ダリオン様、今回もよろしくお願いします」
「ああ、やはり慣れているアナシア嬢と組んで課題をすると楽だな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。それで、今回の課題ですけど―――」
同じクラスになったバスキ伯爵家のダリオン様。
薄紫の髪に黄緑の瞳、どこか野性的な雰囲気を持つ彼に私は惹かれ、目で追ううちに視線が絡み合う回数が増え、気が付けば私達は時間が許す限り一緒に過ごすようになっていた。
剣術や体術の成績が良く、次男であるダリオン様はいずれ騎士団に入り家を出ると言っており、バスキ伯爵家に他に持っている爵位があるわけではないのでそのまま平民に、うまくいけば騎士爵を貰えるんじゃないかと将来を語っていた。
その時点で、私とダリオン様の未来はない事はわかりきっていた。
だって私はロレイ伯爵家の娘で、どこかの貴族家に嫁入りして家の繋がりを作る事がお役目だから。
平民になる事が決まっているダリオン様と甘い時間を過ごすことができるのは学生でいる間だけ。
でも、それでもよかった。
ロレイ伯爵家とバスキ伯爵家は、高位貴族ではあるけれど有名だったり歴史がある家と言うわけではなく、ごく普通の家だったから、そこに繋がりが生まれるとは思ってもみなかった。
3年生になった時、お父様に呼び出されて婚約者が決まったと言われた時、ついに来たかと思っただけだったのに、その相手がバスキ伯爵家の長男だと言われて私は「嘘でしょう?」と声に出してしまった。
「アナシアは弟君のダリオン殿と親しくしていただろう」
「はい……」
「先日こちらにいらした際に挨拶をしたが、なかなかの好青年じゃないか。その兄君なのだし問題はないさ。それに、少し前に養女を受け入れたらしい」
「それはダリオン様からお聞きしています」
「魔力が高い娘を養子に貰うとなれば家の状態が調査されて問題がないと判断されているという事だ。アナシアが嫁に行ってもこちらとしても安心だ」
「……はい」
私とダリオン様が親しくしている事はお父様も知っている。
けれども、恋人として過ごしている事までは知らないのかもしれない。
知っていたら流石にその兄を婚約者にしようという残酷な事は言い出さないだろう。
学生の間だけのことだからと家族に言わなかった私の落ち度なのかもしれない。
貴族の娘としてどのような政略結婚でも受け入れる覚悟はしていたけれど、まさかダリオン様のお兄様が相手だなんて……。
翌日、複雑な心境で学院に行きクラスに入るとすぐにダリオン様と目が合った。
いつもなら笑顔を見せてくれるダリオン様が何とも言えない微妙な顔をしたので、私の婚約の事を聞いたのだとすぐに分かった。
気まずいままダリオン様の傍に行きいつものように挨拶をする。
「おはようございます、ダリオン様」
「おはよう、アナシア嬢。…………兄上との婚約が決まったそうだな」
「はい」
「その……おめでとう」
「ありがとう、ございます……」
ダリオン様の言葉に胸が苦しくなって息が詰まりそうになる。
泣いてはいけないと必死にこらえて無理やり笑みを浮かべたけれど、自分でもその笑顔が失敗しているのだとわかる。
その日から、私とダリオン様は距離を置くようになった。
私がバスキ伯爵家の長男、ロベルト様と婚約をしたという話は比較的早く広まったので、私達が距離を置くことに不信感を抱く人はいなかったし、むしろそれは当然の事と受け止められた。
婚約者としてバスキ伯爵家に行く機会もあり、家族を紹介された。
バスキ伯爵も夫人も歓迎してくれているようで安心したけれど、養女のロクサーナ様はあまり歓迎していないように感じた。
これは女の勘なので絶対とは言えないけれど、なんとなくそう思えた。
それでも嫁いでくればロクサーナ様とも過ごす時間が発生するので、出来るだけ親しくなろうと、ロベルト様とのお茶会の時間に誘ったりと話す機会を作ったけれど、結局私達の仲が良くなることはなかった。
学院を卒業してバスキ伯爵家に嫁ぎ、家のしきたりなどをお義母様から学び忙しい日々を過ごしていたけれど、その間ダリオン様……いえ、ダリオンは騎士団に入り家で過ごす時間はほとんどなかった。
私はその事に安堵すればいいのか寂しがればいいのかわからず……いいえ、家族が一緒にいる事が出来ないのは寂しがるべき事なのだけれど、共に過ごす時間が増えればそれはそのまま私の心の底に沈めた感情が揺さぶられるから、申し訳ないけれどもこの状態が一番いいのかもしれない。
嫁姑問題もなく、平穏に過ごしているのだけれどお父様が子供の話をしてからというもの、ロクサーナさんが事あるごとに子供の要求をしてきて少し困ってしまう。
お義母様はまだ若いのだから焦る事はないし、旦那様も授かりものなのだしいざとなれば親類から養子をとるから気にしないと言ってくれるけれど、やはり何度もロクサーナさんに子供の事を言われるのは困ってしまう。
そんな日々が続いているうちに、ふとダリオンと2人きりになる時間が出来てしまった。
夕食前のほんのわずかな時間だけれど、使用人がいるとはいえ久しぶりの2人だけの時間。
「……最近、騎士団の方はどうかしら?」
「別に、変わりはないな。出世したいわけでもないし」
「まあ! ダリオンの実力なら出世は難しくないのに……。騎士爵を狙わないの?」
「父上は狙ってほしいようだが、俺個人としてはその気はない」
「そうなの、なんだかもったいないわね」
学院時代からダリオンの武術の成績はよかったから騎士団に入った際は期待されていたのに、実際はあまりその力を振るっていなかったから不思議に思っていたけれど、もしかしてわざと実力を出していないのかとも思う。
そのまま他愛のない会話をしていると、なんだか学生時代に戻ったような気がして、久しぶりに心が軽くなった。
「そうそう、あの時の貴方ったら」
「あら? お義姉様にダリオン兄様。もう来てたんですね」
楽しく話していたところにロクサーナさんが来て会話が止まった。
「ええ、他の方はいらしてないわ」
「そうですか。……なんだか楽しそうに話してましたけど?」
「少し昔の思い出話をしていただけだ」
「ああ、お2人は学院時代に仲が良かったんですよね。でもせっかく同じ家で過ごしてるのに普段は一緒に居ませんよね?」
「俺は騎士団の仕事があるからな。姉上だって嫁としての仕事があるからお互いに時間が合わないだけだ」
「そうなんですか。……そうだ! ダリオン兄様もいつお義姉様がお兄様の子供を産むか気になりませんか?」
ロクサーナさんの言葉に一気に気分が重くなってしまう。
「……まだ結婚して数年だ、そこまでせっつく必要はないだろう」
「もう数年です! 早いところでは結婚してすぐに妊娠する人も居るそうですよ」
「子供は授かりものだ」
「そんな事を言って、いつまでも子供が生まれなかったら大変じゃないですか。お兄様が可哀そうです」
「……兄上だって焦ってないだろう」
「そんなことありません。あたしにはわかります。お兄様は子供を欲しがってるに決まってます」
その後もお義母様達が来るまでロクサーナさんはバスキ伯爵家のために早く子供を産むことがどれだけ重要かを話し続けた。
ダリオンが何度も否定してくれたけれど、ロクサーナさんには彼女なりの考えがあるようで引くことはなかった。
それからしばらくして、旦那様が部屋に戻ってくる時間が遅くなるようになった。
仕事が忙しくなってしまったと言っているけれど、近づいた際に香る石鹸の匂いに、もしかしたら愛人でも密かに囲っているのかもしれないと考え始めるようになってしまった。
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