162 紅花翁草ー23(ロクサーナ視点)
つわりが終わっても、あたしは魔力が減ってしまっているせいで体調が元に戻らない。
お腹が少しずつ大きくなっていくことを誤魔化すため、部屋に籠っているけど、流石にお母様が心配して頻繁に顔を見に来てくれる。
食欲も落ちてしまっているあたしに、お母様は果物やお菓子、食べやすくした料理なんかを持ってきてくれる。
でも、あたしの体調が悪いのは魔力が急激に減ってるせいだから、食事はなんの意味もない。
「今日も起き上がれないほど体調が悪いの?」
「はい……」
「そうなの……食欲もあまりないままだし、どうしたらいいのかしらね。旦那様が呼び寄せた医師は安静にしているしかないというし……。まったく、いくら領地で長年世話になっている医師とはいえ、どうしてこちらでお抱えの医師に診せないのかしら」
「お父様はあたしの事を考えてくれているんですよ。……お母様は、あたしの体調が元に戻って欲しいですか?」
「当たり前でしょう。貴女は私の大切な娘なのですから」
「そうですか……それって、どれぐらい大切ですか?」
「え?」
お母様が首を傾げる。
「ほら、小説とかであるじゃないですか。娘の治療のために色々してくれるとか」
あたしが笑いながら言うとお母様が「ああ、なるほど」とクスクスと笑った。
「もちろん、私にできる事ならなんだってするわ。もっとも医学知識も治療魔術もできない私では大したことは出来ませんけどね」
優しく微笑むお母様にあたしは笑みを返した。
「お母様がそう言ってくれて、あたしすっごくうれしいです」
「ふふ、なぁに? 体調が悪いせいで不安になってしまっているの? 大丈夫ですよ、必ず良くなりますからね」
「はい。お母様がそう言ってくれるとなんだか治る気がしてきました」
あたしはそう言って満面の笑みをお母様に向けた。
だって、お父様が言っていたもの。
闇組織から買い取った精霊喰いの魔術を使用するには代償が必要で、その代償は無差別でもいいけど、差し出した対象を使う方が効率がいいって。
あたしはその日の夜、お見舞いに来たお父様にお母様があたしのために出来る事はなんでもしてくれるって言ったことを伝えた。
その数日後、お父様があたしに精霊喰いの魔術を教えてくれた。
複雑な魔術かと思ったけど、代償さえ用意してしまえばそんなに難しいものではなかった。
代償がないと術者本人が被害を受ける事になるみたいだけど、あたしの場合はお母様が自分の意思で犠牲になってくれるから何の問題もないわ。
精霊喰いの魔術を実行して、あたしの魔力は戻った。
その代わり、お母様が具合を悪くして寝たきりになってしまったけど、仕方ないわよね。
元気になったあたしは出来る限りお母様のお見舞いに通ったけど、日に日に大きくなっていくお腹に、お母様が怒るからあたしは気が重いけど、母親思いだからお見舞いを欠かすなんてことはしなかった。
「誰の! 誰の子供なの! お預かりしているこの子を穢したのはだれなの!」
金切り声を上げるお母様にあたしは「大丈夫です、穢されてません。同意の上です。お父様の許可も得ています」と真実を伝えたけど、お母様は余計に髪を振り乱して暴れるだけだった。
暴れるだけ暴れてお母様が力尽きて気絶すると、あたしはメイドに後を任せて部屋を出る。
そこでお腹がだいぶ大きくなったお義姉様と会った。
「ロクサーナさん……」
「あらお義姉様。お母様なら先ほど寝てしまいましたよ」
「そうなの……」
そう言ったお義姉様があたしのお腹に視線を向ける。
「……ロクサーナさんは、その……お相手は、どなたなのかしら?」
この時、あたしは初めてお義姉様にこの言葉を言われてにっこりと微笑んだ。
「お兄様です」
「……え?」
「あたしのお腹の子供の父親はお兄様ですよ。あたしはバスキ伯爵家の子供を妊娠してます。お義姉様と一緒ですね。まあ、お義姉様の出産日の方が早いですから、この子は弟か妹になるんでしょうけど、仲良くしてくれますよね。だって、兄弟なんですから」
「な……じょ、冗談、にしては笑えませんよ」
お義姉様が青い顔をして無理に作ったような笑みを浮かべている。
「どうして冗談を言う必要があるんですか?」
「貴女……自分が何を言っているかわかっているの?」
「なにかおかしい事がありますか?」
首を傾げるあたしにお義姉様の顔色がどんどん悪くなっていく。
「どうしたんですか? バスキ伯爵家の子供が多くなることはいい事ですよ。どうして喜ばないんですか?」
「なにを……何を言っているの!」
突然お義姉様が大声で叫び、その声を聴いた使用人達が集まってきた。
あたし達が揉めてると思ったのか、使用人の誰かが慌てたように立ち去ったので、お父様かお兄様を呼びに行ったのかもしれない。
「大丈夫ですよ。この子はお義姉様の子供として登録するそうですから」
そう言ってあたしはお腹を撫でる。
母親死亡の庶子として届け出た方がいいとお兄様は言っていたけど、お父様がお義姉様の子供と出産予定日がほぼ同じだからまとめて出してしまえばいいと言っていた。
だからあたしの子供はお義姉様の子供になる。
「ふざけないで! そんな事許されるわけがないでしょう! 貴女は何を考えているの! 人の夫を……自分の義兄とっ!」
「お義姉様、何を怒ってるんですか?」
首を傾げるとお義姉様があたしとの距離を一気に詰めて手を振り上げ、そのまま振り下ろした。
バチンと大きな音がしてあたしの頬に痛みが走る。
「この泥棒猫!」
金切り声を上げるお義姉様を使用人が体に負担がかからないように抑え込む。
「打つなんて品がないですね。そもそも、あたしが子供を作ったのはお義姉様が悪いんですよ」
「ふざけないで!」
「だって、お義姉様がいつまでも子供を作れないから悪いんじゃないですか。まあ、運よく妊娠出来たみたいですけど、あたしも妊娠しましたし幸運のおすそ分けですね。感謝してくれてもいいですよ」
にっこり笑って言ってあげるとお義姉様が顔を真っ赤にして「ふざけないで!」と再度叫んだところでお兄様がやってきた。
「お兄様!」
あたしはお兄様のところに駆けて行って抱き着く。
身重のあたしを労わるように優しく抱き留めてくれたお兄様がお義姉様を見た。
「旦那様、その子がっロクサーナさんがふざけたことをっ、お腹の子供の父親が旦那様だと妄言をっ」
使用人に押さえられながら叫ぶお義姉様に、お兄様は困ったような顔をしながら静かに口を開く。
「事実だ」
「なっ!?」
「ロクサーナの腹の子の父親は、わたしの可能性が高い」
「っ……」
お兄様の言葉を聞いた瞬間、お義姉様は気を失って倒れこんでしまった。
お腹に子供がいるのに不用意に倒れこむなんて、妊婦としての自覚が足りないのね。
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