160 紅花翁草ー21(ロクサーナ視点)
お義姉様が体調不良になり始めたころ、あたしも体調不良になった。
バスキ伯爵家のお抱えの医者はお義姉様に集中するためということで、あたしの事はお父様が領地から呼び寄せた医者が診てくれることになった。
「ご懐妊でしょうね」
医者の言葉にあたしは心の底から喜びが湧き上がってくる。
やっぱりあたしはお義姉様よりこの家の役に立てるのね。
でも、その喜びは医師が発した次の言葉で台無しになった。
「若奥様もご懐妊とお聞きしましたが…………お嬢様のお相手は…………いえ、この爺、深い事は尋ねますまい」
にっこりと微笑んで部屋を出ていく医師を無視して、あたしはぐっとこぶしを握り締める。
お義姉様が、妊娠した? 今更?
ああ、でも……お義姉様が妊娠したのを喜ぶのは義妹として普通だからあたしもちゃんとお義姉様におめでとうございますっていわなくっちゃ。
そう思ったからあたしは部屋を出てお義姉様とお兄様の部屋に向かった。
2人の部屋の前にはメイドが立っていてあたしが近づくと観察するように見てくる。
「お嬢様、どうなさいました?」
「お義姉様がご懐妊なさったと聞いたから、お祝いの言葉を言いに来たの」
「さようでしたか、しかしながら今は奥様が若奥様とお話ししておりますので、時間をおいてまたいらしていただけますか?」
「どうして?」
2人が話しててもあたしが混ざるのに何の問題があるの?
「大切なお話をなさっているとのことですので」
「なんであたしが混ざったらいけないの? 中にいる2人にあたしも混ざりたいって言ってきてよ」
「…………かしこまりました」
そう言って部屋の中に入っていったメイドを待つ。
いくらお義姉様が妊娠したからって、大切な娘を締め出すような事をするなんて、お母様がするわけがないじゃない。
しばらくするとメイドが出てきて中に入っていいと言われたから入れば、ソファーにたくさんのクッションを置かれてそれを背にして座っているお義姉様と、その正面に座って幸せそうに微笑んでいるお母様が居た。
「ロクサーナ、こちらにお座りなさい」
「はい」
お母様の隣に座るとメイドがお茶を出す。
嗅ぎなれない香りのお茶にわずかに動きを止めると、お母様が「妊婦にいいお茶なのですよ」と説明してくれた。
それって、あたしにもいい効果があるお茶ってことね。
「そうなんですね。あたし、このお茶が気に入りました。あたしもこれからはこのお茶にしたいです」
「あらそう? ではロクサーナにも茶葉を分けるように旦那様に話しておきましょうね」
ニコニコと上機嫌のお母様。
前に視線を向ければお義姉様も幸せそうに微笑んでいる。
「お義姉様、ご懐妊なさったと聞きました。おめでとうございます」
「ありがとう」
「これでやっとお義姉様もバスキ伯爵家の役に立てましたね」
「え、ええ」
「あたし心配してたんですよ。だっていつまでも妊娠しないから、嫁いできた意味がないなってお義姉様が不安に思ってるんじゃないかってずっと考えてましたから。でも、これでやっと嫁として役目を果たせますよね」
「ロクサーナ」
「はい、なんでしょうかお母様」
「貴女は何を言っているのですか。アナシアさんは今までも立派にロベルトの妻として働いてくれていましたよ。社交界デビューをしていない貴女にはわからないでしょうが、バスキ伯爵家の顔として社交にかかわる事も重要な仕事ですよ」
「そうなんですか」
でも、バスキ伯爵家の女主人はお母様でしょう?
お義姉様は次期当主の妻でしかないじゃない。
お兄様が当主になったら確かにこのバスキ伯爵家の女主人になるけど、今はただの嫁でしょう?
それなら、ずっとバスキ伯爵令嬢として過ごしてるあたしの方がバスキ伯爵家の事を分かってるのに、どうしてお母様はその事が分からないのかしら。
「そういえば、ロクサーナさんの社交界デビューはいつにする予定なんですか?」
「ああそうね。15歳になったし魔術学院の入学の事もあるから考えなくてはいけないわね」
「ティオル殿下達と同学年になりますね。クラスも高位貴族クラスで一緒になりますし、運が良ければあの精霊姫と親しくなれるかもしれませんよ」
「精霊姫、ですか?」
「シャルトレッド公爵令嬢のことですよ。とても多い魔力量を持っていらっしゃって、古い精霊と契約なさっていると噂があるんです。社交界にはほとんど顔を出さないと有名ですが、それでも気品にあふれお美しいと評判で、男性が王太子になった場合の王太子妃候補の最有力候補なんですよ」
「そんなすごい人がいるんですね」
「ええ、社交界デビュー前から事業を成功させていらっしゃって、と、これは以前にも話したことがありましたね」
そうだったかしら? お義姉様の言う事なんていちいち覚えてないわ。
「このお茶もS.ピオニーが取り扱っているものなんですよ」
「へえ」
「珍しいもので普通の茶葉よりも多少入手しにくいですが、妊婦でも安心して飲めるという事でとても評判がよいのです」
「そうなんですか。でも、あたしが飲みたいと思ってるんだからお父様だってあたしのために仕入れてくれますよね」
「そうね、アナシアさんだけこのお茶を飲むのも寂しいでしょうから、ロクサーナが一緒に楽しむのはいい事ですね」
そうよ、あたしはバスキ伯爵家の子供を妊娠しているんだから、誰よりも大切にされて当然なんだもの。
「そうそう、アナシアさんの体調が安定するまでロクサーナの社交界デビューは控えた方がいいかしら?」
「え?」
「王家主催の催し物でデビューをするのもいいけれど、せっかくだから家族揃って我が家でパーティーをしたいものね。領地にいる先代もお呼びしたいわ」
「ああ、私の結婚式の時もこちらの屋敷には滞在せずにそのままお帰りになりましたものね」
「そうなのよ。あの方々はその……主家の言いつけとはいえ養女を引き受けるのにいい顔をなさっていなかったから」
「まあ、そうだったんですね」
「あたしって、お爺様とお婆様に嫌われてるんですか?」
どうして? あたしは何もしてないのに嫌うとかおかしいじゃない。
「違うのよロクサーナ。嫌ってはいないの。ただ、なんていうのかしらね……ロクサーナの生家とちょっと、ね」
言いにくそうにするお母様にあたしは気分が悪くなる。
あたしのせいじゃないのに、あたしが嫌われるとかお爺様とお婆様って心が狭いのね。
領地から出てくることもないし、主家に言われたことに不服があるなんて貴族としての自覚が足りないのね。
「そうなんですか……出来れば皆さんにあたしの社交界デビューを祝ってほしいですけど、あの……言いにくいんですけど、その……」
「どうかしたの?」
お母様が優しい笑みを向けてくれる。
「その、最近ちょっと体調がよくなくて」
「まあ! 大丈夫なの?」
「お父様が医師を手配してくれていますから大丈夫です」
「お抱えの主治医が居るのに?」
「あの人は今はお義姉様に専念していただきたいですから」
「そんなこと言わないで? 私はつわりもさしてひどくはないし、ロクサーナさんの体調が悪いのなら優先してもらって構わないですよ」
「駄目ですよ。折角お義姉様がバスキ伯爵家の役に立てるのに、あたしのせいでなにかあったら大変じゃないですか」
あたしの言葉にお母様とお義姉様が驚いた顔をしたけれど、あたしがどれだけバスキ伯爵家の子供を大事に思っているか伝えたら納得してくれた。
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