157 紅花翁草ー18(ロクサーナ視点)
月日が流れて、お兄様とアナシア様は結婚した。
ダリオン兄様は騎士団に入って家にいる時間が今まで以上に少なくなったし、家族も使用人もアナシア様……お義姉様を大切に扱うようになってあたしの事はあまり構わなくなった。
ううん、そうじゃない。
何をするにしても、今まではあたしが優先されてきたのに、それがお義姉様になった。
あたしの方が先にバスキ伯爵家の一員になったのに、あとから来たお義姉様がどうしてあたしよりも優先されるの?
「今日は鶏肉なのね。あたし、お魚の気分だったんだけど……」
「そうでしたか? 奥様と若奥様に献立を相談させていただいた際にこれでいいといわれましたが……」
「あたし、何も聞かれてないわ」
「それは……」
あたしの言葉にメイドが困ったようにお母様を見た。
「ロクサーナ。アナシアさんがお嫁に来たのだからそちらに意見を聞くのは当然ですよ。アナシアさんはいずれ私の代わりにこのバスキ伯爵家の女主人になるのですからね」
「……はい」
それでも、お義姉様が来る前はあたしの意見をちゃんと聞いてくれてたのに、おかしいじゃない。
お母様は何をするにしてもお義姉様を優先して、そのくせあたしには厳しい教育を続けて……本当に意味がわからないわ。
将来のためとか言われても、確実にどこかの家に嫁ぐって決まったわけじゃないのに、必要のないことまでしなくちゃいけないなんて、無駄だと思うんだけど、どうしてお母様はわからないのかしら?
嫁ぎ先が決まってから勉強すればいいのに、高位貴族令嬢だから最低限の教養は身につけておかないといけないなんて、あたしは都合のいい道具じゃないのに。
「すまないなロクサーナ。アナシアに今日は鶏肉がいいと言ったのはわたしなんだ」
「お兄様が?」
そんな風にお兄様が食事のメニューについて自分の意見を出すなんて今までなかったのに、これって結婚して変わっちゃったの?
でも、それならあたしに言ってくれればいいのに、どうしてお義姉様に言ったの?
「珍しいですね。お兄様がリクエストをするなんて」
「そうかな? まあ、今まで聞かれたことがなかったからね」
「じゃあ今度からはあたしがお兄様の食べたいものを聞きますよ」
「アナシアに伝えるから大丈夫だよ」
「……そうですか」
今までお兄様が何かを言うのはあたしに対してだったのに、お義姉様がいるからってどうしてあたしが後回しにされるの?
「そうそう、アナシアさん」
「はい、お義母様」
「伯爵家で行われる来週のお茶会なのだけど、私の代理で参加してもらえるかしら?」
「構いませんが、何か他にご予定が?」
「ええ、侯爵夫人に観劇に誘われてしまったの。だけれどお茶会への参加をお断りするのもどうかと思っていたのだけれど、嫁であるアナシアさんが私の代理として参加してくれないかと思って」
「そういう事でしたか。それでしたらお茶会は私がきちんと代理を務めさせていただきます」
「頼みましたよ」
お茶会に代理で参加なんて、あたしには言われたことないのに、どうしてお義姉様には言うの?
あたしがまだ社交界デビューしてないから?
……そうか、そうよね。
あたしがちゃんと社交界デビューしてたらお母様はまずあたしに代理を頼むはずだもの。
最近来た義理の娘よりも、前からいるあたしの方がお母様にとって頼りになるし、可愛いに決まってるわ。
「あたし、早く大人になってこの家のために貢献したいです」
「まあ! ロクサーナがそんな事を言ってくれるなんて驚いたわ。ふふ、これもアナシアさんがお嫁に来てくれて刺激を受けた成果かしら」
嬉しそうに微笑むお母様に、お義姉様は「それは嬉しいですね」なんて勝手な事を言ってる。
あたしの気持ちがお義姉様の影響を受けるわけないのに……。
「ロベルトも夫になったことで次期バスキ伯爵としての自覚が芽生えたのか、いままで以上に旦那様のお手伝いに熱がこもっているようでなによりだわ。ねえ、旦那様」
「ああ、そうだな」
あとは跡取りの子供さえ生まれれば完璧だってお父様は笑う。
ふーん、そっかぁ。確かにお嫁に来たのに子供を産めなかったらなんの意味もないわよね。
お母様はまだ早いなんて言ってるけど、お義姉様がお嫁に来た理由って跡取りを産むためでしょ?
それなら早く役目を果たすべきだわ。
「あたし、早くお兄様の子供を見てみたいです!」
「あらあら、気が早いわねロクサーナ。ロベルトもアナシアさんも結婚したばかりだしまだ若いのだから焦らなくてもいいでしょう。それにあまり子供が欲しいとプレッシャーをかけるものではありませんよ」
「でも……お嫁にきたんだから子供を産むのは当然ですよね。だって、その子供がバスキ伯爵家の未来の当主なんですから」
あたしの言葉にお父様が頷いてくれたけど、お母様はなんとも言えない顔をした。
「ロクサーナ、子供は授かりものだ。母上が言うように急いでも仕方がない事だろう。父上もお元気だし、なによりもわたしは爵位を継いですらいないのだしな」
「でもお兄様、子供が居ないと将来が不安でしょう? お義姉様だって、早く子供が欲しいですよね?」
「え、ええ……」
困ったように微笑むお義姉様に、あたしは笑みを向けた。
「お兄様の子供って可愛いんでしょうね。男の子でも女の子でも、あたしだったらすっごく可愛がっちゃうかも」
「それは嬉しいですね。ねえ、旦那様」
「そうだな」
お義姉様がお兄様に話を振るとお兄様が頷く。
その態度に、お兄様も子供を楽しみにしているんだって分かったから、その日からあたしは何かあるたびにお義姉様に子供はかわいい、子供を見たい、いつ生まれるのかって話した。
最初のころは困惑しながらも楽しそうに頷いていたお義姉様だけど、次第に顔が曇ってきたし、返答にもなんだか元気がなくなってきた。
結婚して数年経つのに子供が出来ないんだもの、当然よね。
でもそれってお義姉様がこの家に嫁いできた意味があるのかしら?
子供が産めないのにお兄様の妻を名乗るなんて烏滸がましいと思うのはおかしくないわよね?
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