155 紅花翁草ー16(ロクサーナ視点)
過去編開始ですね、SAN値にご注意ください。しばらく続きます。
魔力の多さから、あたしは物心がついた時には男爵家の庶子として育てられていた。
順調にいけば高位貴族の家に養女になる予定だったから、男爵家でも粗末に扱われなかったし、7歳になって魔力量が判明してすぐにバスキ伯爵家に養女として引き取られた。
「初めまして。今日から君はバスキ伯爵家の一員だ」
「よろしくお願いします」
最近何とか出来るようになったカーテシーをすると、新しいお母様がクスリと笑みを浮かべてくれる。
「私はシルビア=オーキンス=バスキよ。これからよろしくね。貴女は色々教えがいがありそうで楽しくなりそうだわ」
「はい、色々教えてください、お母様」
「……ふふ」
お母様が嬉しそうに笑ってくれたのであたしも嬉しくなった。
「ロクサーナ、君の兄になる者を紹介しよう。こちらがロベルト、こっちがダリオンだ」
「初めまして。妹が出来て嬉しいよ」
「これからよろしく。何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「はい、よろしくお願いします。ロベルト兄様、ダリオン兄様」
「2人は既に社交界デビューしていて、ロベルトは既に学院に通っているし、ダリオンも来年度から通う事になっている。家にいる時間はあまりないが、仲良くするように」
お父様の言葉に、「すごい」と思わず声が出てしまった。
純粋に、義兄になった人がもう大人と同じ事をしているなんて、尊敬するしかなかった。
それからは伯爵令嬢としての勉強が始まって、あたしは必死に家庭教師が言う事を復習する日が続いて、これが伯爵令嬢になるってことなのかとげんなりしていた。
でも、そんな日々の中でもロベルト兄様……お兄様が積極的に話しかけてくれたから何とか頑張れた。
そうして平穏に過ごしているうちに、お兄様は学院を卒業して今まで以上にお父様の仕事を手伝うようになった。
領地に行くこともあって、家を離れる事もあったけど、それでもこの時間が永遠に続けばいいと思えるほど、あたしは満たされていた。
「お兄様、これ貰ってください」
「ハンカチ?」
「はい。刺繍をしてみたんです」
「そうなんだ。ありがとう」
伯爵令嬢なら刺繍は嗜みだってお母様に言われて習ってるけど、高位貴族ならこういうのは使用人とか専門家にさせればいいんじゃないのかしら?
男爵家に居る時もさせられてたけど、いまいちやる意味が分からないのよね。
「ああ、そうだ」
「なんでしょうか」
ふとお兄様が思い出したように微笑んだ。
「次の学院の休みに、婚約者になったご令嬢が来るから、ロクサーナもご挨拶においで」
「へ?」
「ダリオンと同級生で、とても素晴らしいご令嬢だよ。きっとロクサーナも仲良くなれるさ」
お兄様が、婚約?
呆然としているとお兄様が首を傾げる。
「ロクサーナ?」
「あ、いえ……びっくりしました。お兄様が婚約するなんて初耳だから」
「ああ、そうだった? でもわたしも学院を卒業しているし、次期バスキ伯爵になるためには結婚しないわけにはいかないよ」
「そう、ですね」
「彼女は伯爵家のご令嬢でダリオンとも仲がいいそうだ。穏やかな性格で―――」
お兄様がその後も婚約者さんの話をしていたけど、あたしはその話が頭に入ってこなかった。
確かにお兄様が結婚をするのは当然だけど、どうしてそんなに楽しそうにあたしに言うの?
「―――だから、ロクサーナもよくしてやってくれ」
「……はい」
その日から、あたしは勉強にあまりやる気が起きなくて家庭教師やお母様に怒られたけど、それもあんまり頭の中に入ってこなかった。
なんだか嫌な気分のまま、気が付けばお兄様の婚約者が家に来る日になってしまった。
「紹介しよう、こちらがわたしの婚約者になったアナシア=リンジア=ロレイ嬢だ。アナシア嬢、こちらはわたしの義妹のロクサーナだ」
「はじめまして、ご紹介いただきましたロレイ伯爵家が長女、アナシア=リンジア=ロレイです。どうぞよろしくお願いします、ロクサーナ様」
「……はい、よろしくおねがいします」
あたしがそういうと「コホン」と先に部屋に入っていたお母様が咳払いをした。
「ふふ、緊張していらっしゃるのね。突然見知らぬ私のような人が来たら驚くのも無理はありませんよ、バスキ伯爵夫人」
「ふう……。そう言ってもらえるのはありがたいけれど、ロクサーナは養女とはいえ伯爵家の令嬢ですもの。まだ子供とはいえ挨拶も満足にできないようでは困ってしまうわ」
「まだお勉強中なんですよ。ね、ロクサーナ様」
にっこりと微笑まれてあたしはとりあえず頷いておく。
「えっと、ロクサーナ様は確か……」
「8歳、数か月後には9歳になるよ」
「そうなんですね」
「まだまだ子供だから」
お兄様の言葉に微笑むアナシア様になんだか気分が悪くなってくる。
「ロクサーナも座りなさい。アナシア嬢がお土産に流行りの店のお菓子を持ってきてくれたんだ」
「……はい」
お父様に言われてソファーを見るけど、お兄様の隣にはもうアナシア様が座っている。
空いてるのはダリオン兄様の隣だけ。
しぶしぶと空いている場所に座ると、すぐさまメイドがお茶を出してくれた。
「聞いたことはあるかしら? 最近話題のS.ピオニーのお菓子なの。とっても美味しいんですよ」
ニコニコと微笑んで焼き菓子の説明をしたアナシア様に、お母様たちが喜んで口にしたのを見てあたしも食べる。
確かに我が家のコックが作るお菓子よりすごくおいしい。
「この系列の喫茶店もとっても素敵なんですよ。放課後に友人と立ち寄ったりもするんです。ねえ、ダリオン様」
「そうだな。特にガトーショコラがアナシア嬢のお気に入りだよな」
「ええ、あのミント味のホイップクリームとの相性が最高なんですもの」
楽しそうに会話をするダリオン兄様とアナシア様。
お兄様はそんな2人を微笑ましく見ているし、お父様とお母様も特に何も言わない。
でも、婚約者が隣にいるのに他の男の人と仲良く話すのっておかしいんじゃない?
「ダリオン兄様とアナシア様って仲がいいんですね。一緒にお出かけするなんて、学院の生徒って皆そうなんですか?」
「クラスメイトは皆それなりに仲がいいぞ。でもまあ、アナシア嬢と俺は一緒に課題をしたりしているから、特に親しいとは言えるな」
「へえ、そうなんですか」
特に親しいなら、アナシア様がバスキ伯爵家にお嫁に来てくれたらダリオン兄様は嬉しいのかもしれない。
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