154 紅花翁草ー15(ロクサーナ視点)
「ロクサーナ様、復学なさったんですのね」
「はい。お葬式も終わったし、家に居ても悲しくなるだけですから」
「クラスを代表してお悔やみを申し上げますわ」
「……ええ」
お葬式に参加してくれなかったくせに、人前でお悔やみだけ言うのって……なんだか口先だけって感じがするわ。
「家族を亡くした悲しみなんて、エメリア殿下にはわかりませんよね」
「……そうですわね。幸いなことにあたくしの家族に最近亡くなった方はおりませんわね」
「いいですよね。羨ましいです」
あたしの言葉にエメリア殿下は少し黙った後、そのまま立ち去っていった。
慰める事もしてくれないなんて、やっぱり口だけなのね。
だれもあたしの悲しみや不安なんてわかってくれないんだわ。
そもそも、お父様があんなことを言わなければ、あたしはここまで不安に感じなかったかもしれないのに……。
どうしてお父様はあんな風にあたしを不安にさせるような事を言ったのかしら。
◆ ◆ ◆
「やっとお義姉様もバスキ伯爵家の役に立てると思ったのに、こんな事になってしまうなんて……」
「アナシアが死亡したことによって、彼女の実家関係の家との取引が無くなってしまったそうだ」
「そんな! 死んだからってどうしてそんな酷いことができるんですか!」
「せめてアナシアの子供が生まれていればよかったんだが、それは叶わなかったからな」
「……せめて、子供が居ればよかったんですね」
「ああ」
お父様の言葉に悲しみが押し寄せてくる。
お義姉様がちゃんと妻として役目を果たしてくれていれば、こんな事にならなかったんだわ。
そもそも引きこもりだったのに深夜にいきなり神殿に安産祈願に行くなんてわがままを言わなければよかったのよ。
ダリオン兄様だって巻き込まれて死ななくてよかったのに、ひどいわ。
「お兄様が可哀そうです……こんなの裏切りだわ」
「仕方があるまい。そんな事より今は社交界で広まっている噂の対処を優先しなければならない」
「噂ですか?」
お父様の言葉に首を傾げる。
「ああ、ロベルトが最近家にいないのは社交界での火消しに忙しいからだ」
「なにか、良くない噂をされてるんですか? 人が、あたし達の家族が死んだのに!?」
「仕方があるまい、アナシアとダリオンが一緒に死んだからな。無理心中や駆け落ちを誤魔化したなどと―――」
「そんなのひどいです!」
「……ああ、だから今ロベルトが火消しに奔走している」
「可哀そうなお兄様。お義姉様が亡くなったばかりなのに、そんな事をしなくちゃいけないなんて……」
お義姉様が死ななければ余計な事をしなくてよかったのに、どうしてお義姉様は我が家の事を考えずに自分勝手に死んじゃったの?
そのせいであたし達がこんなに大変な思いをするなんて間違ってるわ。
「お父様は何もしないんですか?」
「引退しているからな、あまり表立って動けば余計に噂が悪化する可能性がある」
「そうですか……」
「ロクサーナにも頑張ってもらうしかないな」
「あたしも?」
「ああ、ロベルトも火消しを行っているが、女性の社交にまでは手が回らないだろう」
「……だから、あたしがお兄様のお手伝いをしなくちゃいけないんですね」
あたしの言葉にお父様が少し考えるように目を細めた後、同意するように頷いた。
「今後はロクサーナにもバスキ伯爵家の女主人として存分に働いてもらう必要があるな」
「そうですね。今までと変わらないですけど、あたしがんばります」
「手筈が整えば、学生のうちでも構わないからな」
「なにがですか?」
「ロクサーナとロベルトの結婚だ」
「へ?」
あたしとお兄様が結婚? いったいお父様は何を言ってるの?
「問題は、ロクサーナの魔力量的に一時的とはいえ、平民にするわけにはいかないところだな。ダリオンと結婚をした後にロベルトの愛人になるのならまだどうにでも出来たが……。まあ、生家の方はすでに拒否をしているようだが、主家に頼んで探せば他に籍を移せる家もあるだろう」
「あの、お父様」
「どうした?」
「あたしがお兄様と結婚するってどういうことですか?」
「もともとダリオンと結婚する予定だっただろう。それがロベルトに代わるだけだ。元伯爵令嬢の平民ではなく、どこかの貴族出身の伯爵夫人になるんだ。喜ぶべき事だろう」
「あたしが……」
伯爵夫人になるの? 確かに卒業後はダリオン兄様と結婚する予定ではあったけど、それでもお兄様と結婚するなんて考えた事ないのに、いきなり言われても困るわ。
「伯爵夫人なんて、あたしには……」
「何を言っている。今までと同じだとロクサーナが言ったんだぞ。むしろ出来る事が増えてよかったな。今は厳しい状況にあるが、お前とロベルトが2人で協力してこの家を支えてくれ」
「そんな……」
お父様の言葉に驚きのあまり何も言えなくなってしまう。
あたしが伯爵夫人なんて、無理に決まってるのがお父様はどうしてわからないの?
「……あ、お、兄様は? お兄様はなんて言ってるんですか? お義姉様を亡くしたばかりなのに、あたしと結婚なんていきなりすぎてきっと受け入れないと思います」
「問題ない。ロベルトはバスキ伯爵家の当主だ。貴族として為すべき事は理解している」
「で、でも!」
「ロクサーナ」
お父様がにっこりと優しい笑みをあたしに向けて頭を撫でてくれる。
「大丈夫だ。ただ、今後は正式にバスキ伯爵家の女主人として行動するだけだ」
「あ、あたしは……」
「そうだな、今までは令嬢同士のお茶会以外は代理として参加していたが、今後は代表として参加することになるが、お前ならうまくやれるだろう。アナシアとは違うのだからな」
お父様のその言葉に、あたしはよくわからないけど無性に不安が押し寄せてきた。
そしてその不安が解消されることがないまま、帰ってきたお兄様に結婚の真意について尋ねれば、「最善の事をするだけ」としか答えが返ってこなくて、味方がいない状況にあたしは眠れない夜を過ごす羽目になってしまった。
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