153 紅花翁草ー14
「バスキ伯爵から主家に対して内密に家督の移動の相談があったようだ」
「前伯爵に戻すのは難しいと思いますが、領地にいる先々代に戻すと言う事でしょうか?」
「いや、バスキ伯爵家に籍があるのは3人だけだから、家督を移動すべき子女を斡旋して欲しいということらしい」
「3人、でして?」
わたくしが聞き返した人数に、ティオル殿下が静かに頷く。
「先日事故死した夫人はもちろんだが、先々代伯爵夫妻、先代伯爵夫人も既に籍を抜いているらしい」
「お子様が2人いますよね? 庶子と登録されているとはいえ、正式に引き取っているはずです」
「既に神殿に登録を変更したそうだ」
「……親族のどこかではなく、神殿に登録ですか」
「今後主家がどう動くかにもよるだろうが、いったん完全に縁を切ったのだろう」
正式な嫡子としていた子を庶子に登録しなおしただけでも醜聞なのに、その子供を捨て子として神殿に登録するなんて、バスキ伯爵は何を考えているのだろうか。
そもそも、次兄とバスキ伯爵夫人の事故死も駆け落ちしたことを誤魔化すためにそういう事にしたと社交界では有名だ。
死体は確認されたそうだが、本当に本人かは不明のまま、身内だけで急ぎ葬儀が行われている。
葬儀でのロクサーナ様の動揺ぶりと嘆きぶりは相当なものだったが、その分バスキ伯爵の冷静な態度が印象的だった。
「急いで家督を移動しなければいけない状況にまでなっているのでしょうか?」
「夫人の死によって彼女の実家系列で繋がっていた高位貴族が離れたようだ」
「残っている高位貴族の繋がりは主家頼りという事ですのね?」
「それに関しては、バスキ伯爵が直々に距離を置いた」
このタイミングで? と不信感を抱く。
「前バスキ伯爵も当主の仕事に関わっているようだが、あくまでも主体は今のバスキ伯爵だ。うまく采配すれば気づかれにくいだろう」
「このまま事を進めて、バスキ伯爵になんの得がございましょう?」
「ないだろう」
「では、なぜ……」
「これはあくまでも噂だが」
「はい」
「バスキ伯爵は、家族思いの良識人と学生時代は有名だったそうだ」
妻を粗雑に扱い、貴族の常識を守らないと評価されている今とは大違いだったようだ。
「探ってみたが、バスキ伯爵の目的は正しい形に戻すことのようだ」
「そのために現状を捨てると? なぜそのような事をなさるのでしょう?」
「僕が視た判断だが、貴族として選んだ行動のように思う」
ティオル殿下の言葉に思わず眉間にしわを寄せてしまう。
「つまり、残した者は貴族に相応しくないと判断したということですか? 今更?」
「ベティの思っている事は僕も同意するが、結果はそのようだ」
これだけやらかしておいてなぜ今更、と疑念がどんどん湧き上がってくる。
しかしながら行っている事の着地点はどう考えても、現バスキ伯爵家の消滅。
そもそも現状へ繋がる選択肢を望まなければ平穏な貴族であったはずなのに、これでは敢えて今を選び取ったように感じてしまう。
ロクサーナ様への監視はつけていたけれど、バスキ伯爵家の者への監視は行ってこなかった。
けれども視た部分ではおかしな行動は……、本当になかったのだろうか。
「オル様は、バスキ伯爵家についてどの程度ご存じですの?」
「公式の情報と探った情報だけだな」
「その中で、バスキ伯爵に不審なところはございまして?」
「問題は多少あれども、普通の貴族だと判断できる行動をとっているように感じたな」
「なるほど?」
あえてそう見えるように行動をしていたというのであれば、バスキ伯爵の真意は別のところにあると言える。
「これも噂だが……死んだバスキ伯爵夫人と平民になった弟は、学院時代に恋仲だったそうだ」
「それは、初耳ですわね」
ロクサーナ様が2人は愛し合っているというような事を口にしていたが、事実だったという事なのだろうか。
「時間も経っているし、実際に婚約して結婚したのは兄の方だ。話が混ざっている可能性もある」
「当時の事を覚えている方がいらっしゃるのでは?」
「居るぞ。弟と恋仲と噂のあった令嬢がその兄と婚約したというのなら、面白おかしく噂をされてもおかしくはない」
クスリと笑ったティオル殿下にわたくしは思わず呆れたように息を吐き出してしまった。
「お調べになった結果を教えてくださいまし」
「……弟は家のために身を引き、令嬢は家のために心を殺し、兄はそんな家族を受け入れた美談となっていたようだ」
「当時、すでにロクサーナ様は引き取られておりますわよね?」
「そうだな」
なにかが引っかかる。
見落としてはいけないことを見落としているような、そんな気分だ。
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