152 紅花翁草ー13(ダリオン視点)
正直、ここでダリオンの視点を持ってくるか一週間ぐらい試行錯誤しました(; ゜Д゜)
だがしかし、彼女を逃がすにはこのタイミングしかなかったんやぁ(´;ω;`)
女に惑わされて大局を見失うのも一興……とは、兄上の考えではあるが、大切な女だからこそ守るべきだろう?
ましてやアナシアは俺の子供を身ごもっているんだしな。
幸いなことに安定期に入ったアナシアを連れて移動するのは、少し前と違ってさして難しくはない。
父上は敷地内に別邸を用意してくれているが、この泥船に愛する女と子供を乗せ続ける気にはならないんでな。
「アナシアもそう思うだろう?」
ベッドに座って焦点の合わない目で前方を見るだけのアナシアにそう話しかける。
ロクサーナが兄上を寝取ったと知った時はあんなに荒れたのに、兄上との子供が流れてからはほとんどこの調子だ。
たまに気力が戻ったように暴れるが、そんな時はたいていロクサーナがいる時。
あとは俺を含めて男を認識した時ぐらいか。
可哀そうなアナシア。
この家に嫁いできたのが、いや……ロクサーナが兄上の子供を産むなんて言い出したのが運の尽きだったな。
もう少し妊娠するのが早ければ、この家はこれほどまでに狂わなかったのに。
それとも、ロクサーナはきっかけに過ぎず、バスキ伯爵家の男はもともと狂っていたのか?
だが、沈む泥船に乗り続けるのは父上達だけでいい。
騎士団で働いていた時の給料はずっと貯めこんでいる。
やめてこの家に雇われてからの給料だって手を付けていない。
平民の家族としてなら、十年は余裕で暮らせるぐらいはちゃんと貯える事が出来た。
本当は、アナシアを忘れてこの家を出て遠くで暮らすために貯めていたんだが、この家にアナシアを残していくわけにはいかない。
「恨むなら、俺にお前を差し出した兄上を恨んでくれ……いや、恨みの感情でも兄上に向けるのは気に入らないから、やっぱり俺を恨んでくれ」
そう言ってからアナシアの荷物をしまい込んだ大きな鞄を見る。
メイドのほとんどはアナシアに同情的だが、それでも雇用主に忠実なメイドや使用人が居ないわけじゃない。
元から平民になる予定で騎士団に入っていた俺は、兄上と違って自分の身の回りの事や簡単な家事なら出来るようにしつけられている。
貴族令嬢・貴族夫人としてしか生きてこなかったアナシアのために、使用人を雇うぐらいの貯えはあるし、泥船に乗ってそのまま沈むよりはいいだろう?
部屋の中に待機させていた使用人に鞄を運ばせ、俺はお腹が大きくなっているアナシアを抱きかかえて部屋を出る。
もともとアナシアの部屋の周りに人気はないが、今はあえて人払いもしているため余計に誰かと会う事はない、はずだった。
「……流石にばれるか」
「まあ、お前が予定外の金を渡しているとはいえ、本来の雇用主はわたしだからな」
そもそもそこまで隠す気がなかっただろう、と言われてその通りだと頷く。
「隣国はやめておけ。今のアナシアの体では海は渡れないだろうが、2つぐらい国を挟む移動なら耐えられるだろう。ゲーホラウ国ならお前の実力があればすぐに職に就ける」
「身重のアナシアを連れて行くにしては距離がありすぎないか?」
「この国の神殿とさして連携がとれておらず、しかしながら魔法と剣の腕を買ってもらえる。離されないようにすることを念頭に置くなら、距離は我慢するしかないだろうな」
「そうか」
兄上が言うように、この国の神殿との連携が密に取れる場所であれば、アナシアの状況をすぐに知られ俺から引き離される可能性が高い。
かといって、貯蓄があっても移住先で職にありつけなければ未来はない。
兄上が指定する国が妥協点なんだろう。
「兄上はいいのか?」
「わたしは女に溺れる愚か者だからな。泥船で共に沈むさ」
「子供はどうするんだ?」
「手配済みだ。ちゃんと神殿が動いてくれる」
「父上やロクサーナは了承しているのか?」
「あの2人は何も知らないさ。とくにロクサーナは言ったところで理解しないだろうからな」
「あの子をあんな風にしたのは兄上と父上だろう」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。ロクサーナの気質は生来のものも大きいからな」
それでも、ロクサーナを止めずに受け入れたのは父上と兄上だ。
気づかないように誘導されていた俺や母上と違い、父上と兄上はちゃんと気づいていたのに止めなかった。
ロクサーナが何もしなければ、この家はありきたりなただの伯爵家として過ごせた。
俺だって、アナシアへの未練を断ち切って平民になり1人で国外に出ていただろう。
すべては、兄上たちがロクサーナを肯定したからおかしくなった。
アナシアの意思を無視して無理やり手に入れた俺が言うのもおかしな話だが、この家は気が付いた時には静かに歪んでいる最中だった。
「わたしからも幾らか用意させてもらった。手切れ金、というのもおかしいがアナシアは妻だし、お前は弟だからな」
「貰えるものはもらっておく」
「お前達については、神殿に安産祈願に行った途中で、事故にあったことにしておく。用意は済んでいるから安心しろ」
「そうか」
つまり、この家の敷地から出た瞬間、全ての縁を切って俺たちは死者になるということだ。
代わりの死体も用意されているんだろう。
「アナシアだけなら、神殿が保護しただろうがな」
「そうだな。だが、その後は? 子供を産んでこの家との縁が残ったまま、アナシアは一生このままか? それとも実家にまた使われるのか?」
「それが貴族と言う生き物だ」
「ああ、だから俺は平民を選んだ」
「……今となっては、お前がよその家への婿入りの話しを断って、わざと実力を抑えて騎士団に勤めていたことは正解だったな」
苦笑する兄上に俺は溜息を吐く。
「最後に教えてくれ」
「なんだ?」
「どうしてロクサーナを選んだんだ?」
兄上にはちゃんと家族がいたのに。
言葉を飲み込んでもしっかりと伝わったらしく、兄上は自嘲気味に笑う。
「初めからわたしにとってロクサーナはただの女だった。それだけだ」
「じゃあ、どうしてこの状況を受け入れたんだ? 方法はほかにもあっただろう」
「そうだな。だが、他の誰でもないロクサーナがこの状況を望んだのだから仕方がない」
「……は?」
「あの子は自分のためにただ愛される伯爵令嬢であることを望んでいる」
「それなら順番を守って愛人になったってよかったじゃないか」
「それは違う。伯爵令嬢と伯爵家の愛人は立場が違う。だが同時に、ロクサーナは貴族夫人になる事も無意識に拒絶している」
「どういうことだ?」
「高位貴族としての権利は維持したい。だが責任はとりたくないんだよ、あの子は。その証拠に、何をするにしても必ず父上やわたしに許可を求めるだろう?」
それはつまり、何かあった時の責任を2人に取らせることができるようにするため、か。
「全部無意識での行動だが、あの子は建前を隠れ蓑に自分の事しか考えていない。いや、正確には他人の感情に興味がない、そして考えようとしない」
この家に何かあれば、何も知らなかった、自分は許されたことを、言われたことだけをしただけだと神殿に逃げ込むだろうと兄上は笑う。
おそらくその通りなんだろう。
ロクサーナはアナシアに対して「代わりに子供を産んであげたけど、母親はお義姉様です」と笑顔で言ったのだ。
そのくせ、使用人がアナシアを母親扱いすれば、「何もしないのに妻だとか母親として扱われるって贅沢ですよね」と本人の目の前で笑って言う。
「それでも、兄上はロクサーナを選ぶのか?」
「わたしぐらいは、あの子の傍に残ってやらないと気の毒だろう」
「父上は……」
「貴族であるあの人にとって、わたし達は道具でしかない」
ロクサーナの暴走で予定は狂ったようだが、それでも最後は切り捨てられるようにしているみたいだと笑う兄上に、自分達だけが逃げる事に罪悪感を抱いてしまう。
「祖父母と母上は逃がせた。子供達もちゃんと対処済みだ。だから、あとはお前達が逃げればどうにでもなる」
だから捨てて逃げろと言って兄上は立ち去っていった。
腕の中のアナシアを一度も見る事がなかったのは、兄上なりのけじめなのかもしれない。
この家の狂気に巻き込んだ妻に対してのせめてもの償い……。
「結局、俺も含めて自分勝手だけどな」
自嘲して玄関に向かって歩き出す。
もうこの家に戻る事は二度とないが、残すべき思い出も捨てた方がいい。
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