150 紅花翁草ー11(ロクサーナ視点)
「ロクサーナ、王家から今回の騒動に対する提案書が出されてしまった」
「どうして王家が関与してくるんですか?」
お兄様の言葉に首をかしげてしまう。
ミンシア様の暴言のせいで確かにあたしも感情が高ぶって、思わず軽く叩いてしまったし、そのせいでミンシア様が怪我をしてしまったけど、悪いのはあっちだもの。
バスキ伯爵家がその責任を取る必要なんてまったくないわ。
「カーロイア辺境伯令嬢の治療に使用したのが正式に登録された治療院だからな。不払いが発生した場合、王家に申請して代理で取り立てをしてもらえるんだ」
「それは知ってますけど」
「今回の騒動は、双方の主張に正当な理由があると考えられるため、治療院への支払いは折半とすると提案を出された」
「意味が分かりません! そもそもミンシア様があんな暴言をしなければ問題は起きなかったのに、どうして我が家が責任を取らなければいけないんですか?」
「王家としては、きっかけが何であれ、実際にカーロイア辺境伯令嬢がロクサーナの行動により被害を受けた事実がある以上、貴族としてその責任を取る必要があると判断したようだ」
「そんなの酷いじゃないですか!」
あたしがそう言い募った時、執務室の扉が開いてお父様が入ってきたから、あたしはすぐに駆け寄った。
「お父様、聞いてください!」
「大丈夫だロクサーナ。事情はちゃんと聞いている」
「そうなんですか?」
「ああ、お前は何も心配することはない」
「お父様!」
その言葉にほっと胸をなでおろす。
やっぱりお父様は引退したとはいえ経験豊富な伯爵だっただけあって、こんな時にすぐに対応できるのね。
うん、時間をかけたら状況が不利になっちゃう可能性があるから、このことに対して抗議をするなら早い方がいいわよね。
最初にカーロイア辺境伯家から抗議文と治療の請求書が来た時だって、お父様が迅速に行動してくれたからお兄様が助かったって言ってたもの。
「これはちょうどいい機会だと前向きにとらえた方がいいだろう」
「どういうことですか?」
お父様の言葉に首をかしげると、あたしを抱きしめて頬にキスをしてくれたあと、「処理は終えておいた」って言ってお兄様に持っていた封筒を投げ渡した。
封筒を受け取ったお兄様が中身を確認すると、少しだけ眉を寄せた後、仕方がないというように深くため息を吐き出した。
「まあ、S.ピオニーへの賠償もあるし妥当と言うところですか」
ああ、前にベアトリーチェ様が言ってたやつね。
抗議文とか損害賠償とか大袈裟な事を言ってたけど、それの対応が終わったらバスキ伯爵家が経営してる喫茶店にアドバイスをしてくれるっていう約束なんだから、大したことはないやつよね。
「あのまま出資していても見返りはほぼなかったからな、切り捨てるにはちょうどよかっただろう」
「まあ、そうですね」
「我が家が出資しなくなったことで、あの店はつぶれるが、最近の売り上げ報告を見るに時間の問題だっただろうな」
「それなら大丈夫ですよ、お父様。あたしがちゃんとベアトリーチェ様に経営のアドバイスをしてくれるように約束しましたから」
「ロクサーナの心遣いはとてもありがたいが、その必要はなくなったんだ」
「へ?」
お父様の言葉にきょとんと首を傾げてしまった。
「あの喫茶店への出資はやめる事にしたからな」
「どっどういうことですか!?」
「S.ピオニーへの損害賠償額が出資したことで得た利益とほぼ同額だったからな。よく調べたものだ。売り上げも驚くほど下がっているし、このまま出資し続ける意味を見出せない。ロクサーナに意見を貰って立ち上げた喫茶店ではあるが、今後何の利点も見いだせない事業に出資するのは無駄だからな」
「そんな……」
「ああ、そんなにがっかりしないでおくれロクサーナ。お前が我が家のためを思って提案してくれたことだとわかっているが、なんであれ初めての試みは失敗しがちなんだ」
慰めてくれているのか頭を優しく撫でてくれるお父様を見てからお兄様を見ると、同じような優しい視線をあたしに向けてくれている。
「父上の言う通りだ。それに、所詮は平民。貴族風のサービスは分不相応だったんだろう」
「……そう、ですね」
お兄様の言葉に少しだけ落ち込んじゃうけど、初めての経験だし仕方ないのかも。
平民向けにサービスもあたしなりに改良してみたんだけど、やっぱり平民には良さが分からないのね。
「でも、ベアトリーチェ様はどうして今までの利益分と同じぐらいの賠償を求めたんでしょうか? あたしとの約束があるのに、お店を手放すようなことを誘導するなんておかしいですよね」
「まあ、遊びで経営している店とはいえ、公爵家の令嬢としてのプライドがあるんだろう。よく調べたうえでこちらの利益を奪う事で制裁しようとしたんだろうが、かえって手を引くきっかけを貰ったようなものだ」
何の問題もないと笑うお父様に、そういうものなのかと頷いた。
「それならいいんですけど……。でも、えっと、領地経営の方もあんまりうまくいってないんですよね? 喫茶店の経営まで手放しちゃって大丈夫なんですか?」
「確かに高位貴族関連との取引がうまくいっていないから厳しい状況ではあるが、下位貴族関連との取引は変わりなく続いているから、無駄を省けば問題はない」
「そうなんですね、よかったです」
お父様の言葉に安心する。
そうよね、伯爵家とはいえ無駄遣いはよくないもの、質素倹約、節約するのって領民へのいいアピールになるかも。
「でも、お店の事はわかりましたけど、あたしはやっぱりミンシア様の治療費を払う事に納得できません」
「だが王家に逆らうわけにもいかないだろう」
お兄様の言葉にあたしは頬を膨らませてお父様の袖を引っ張った。
「かわいいロクサーナ。我々のような貴族にとって王家の言葉はある意味絶対だ。下手に反抗して目をつけられたらどうなるかわかったものじゃない」
「王家ってそんなに乱暴なんですか!?」
なんの罪もないあたし達のような善良な貴族に対して酷い命令をして、従わなかったら処罰するってことでしょ?
なんて横暴なのかしら!
◆ ◆ ◆
「エメリア殿下、お聞きしたいことがあります」
王家の命令で仕方がないからミンシア様の治療費の半額を支払う事になった翌日、あたしは王家の思いあがった行動を諫めるために登校してすぐエメリア殿下に声をかけた。
「……ロクサーナ様。あたくしに声をかけるのは控えるように言ったと思うのですが、忘れてしまったのでしょうか?」
「それとこれとは話が別です。あたし、エメリア殿下に……いいえ、王家のためを思って言わなくちゃいけないことがあるんです」
「……一応お聞きいたしますわ」
周りの女生徒があたしを睨みつけてきたけど、何も言わないでいるから発言を認められたってことよね。
この機会にはっきり言っておかなくちゃ。
これも貴族として王家を正すためよ。
「昨日、ミンシア様の治療費をバスキ伯爵家に半額支払うように王家から命令されました」
「命令、でして?」
「そうですよ。理不尽な命令に従わなかったら処罰するなんて、あまりにも横暴じゃないですか! そんなことをしていたら人心が離れていきますよ!」
「……確かにそのような行動をとれば人心は離れますわね」
「わかってくれましたか? 今回はしかたがないから命令に従ってあげますけど、うちがこんなに妥協するのは今後ないですよ」
言い切って「いいですね!」と念を押すと、エメリア殿下はにっこりと笑みを浮かべてあたしをまっすぐに見てくれた。
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