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149 紅花翁草ー10

「学院で暴力事件なんて、久しぶりに聞いたな」

「そうですわね」


 王太子妃教育が終わり帰宅する前、ティオル殿下とのお茶会でつぶやかれた言葉に、わたくしも苦笑して頷いた。

 ロクサーナ様がミンシア様に暴力を振るったことは、翌日には学院中に広まった。

 公の場での女生徒同士の暴力事件が珍しいという事もあるが、最大の理由はミンシア様の怪我の状態が女性同士の間の物とは言えないほど酷い状態になってしまったから。

 左目の網膜剥離に左耳の鼓膜破裂。

 保険医の診断では殴った時に無意識に魔力を乗せていた可能性があり、魔力攻撃への防御をしていなかったミンシア様はまともに影響を受けてしまったのではないかという事。

 当然保険医の治療で対処できるものではなく、治癒魔術の専門家に頼る事になった。

 カーロイア辺境伯家が裕福ではないことは噂でわかっていたが、治療費の支払いは暴力を振るった責任を取ってバスキ伯爵家が行うべきだと主張し、その場での支払いを断ったらしい。

 けれどもバスキ伯爵家も現在経済的に余裕があるわけではなく、怪我をさせてしまったことは悪いと思うが、そもそもの原因がミンシア様の暴言によるものだとしてこちらも支払いを拒否したらしい。

 怪我を負わせた側がその責任を拒否するという事は、その行為に正当な理由が必要になる。

 花祭でミンシア様のドレスを汚した時は、ロクサーナ様が家に報告しなかったことと、ミンシア様も家に報告しなかったことで、あくまでもロクサーナ様は無責任でやはり非常識だという噂が流れる程度で済んだ。

 しかし、今回は被害が大きいだけにカーロイア辺境伯家から即日バスキ伯爵家に対して、正式に抗議文と被害請求が届いた。

 もちろん帰宅したロクサーナ様から何も聞かされていなかったバスキ伯爵家は大混乱に陥ったが、ロクサーナ様から経緯を聞き出した後、バスキ伯爵家の名誉と尊厳を傷つけるような事を言ったミンシア様に問題があったという主張を肯定することになった。

 確かに自分の家の名誉と尊厳を傷つけられるような発言をされて黙っている事は、貴族として正しくない行動ではあるが、だからと言って安易に暴力行動に出る事もまた正しくない。

 婚約者も決まっていない令嬢を傷つけた事、それに対して一切責任を負わないと主張したバスキ伯爵家は、今までにも増してその非常識さ(・・・・)が話題に上った。

 そして……。


「カーロイア辺境伯令嬢は、最近学習意欲も出てきて多少の印象操作的な行動はあったとはいえ、おとなしくなっていたからと安心していたのに、全く関わり合いのない他貴族家の名誉と尊厳、挙句の果てにその存在を否定するような発言をするとはな」

「例の暴力事件以降、ミンシア様の常識外れぶりもかなり広まっておりますわ」

「だろうな」

「治療魔術への支払いも引き延ばされており、対応した治療院もどうしたらいいかと国に相談することになりそうだと聞きましたわ」

「ああ、最悪の場合は国が関与することになるな」

「それこそ家の恥ですわね」

「彼らは古典小説の中で生きているつもりなのかと思う事がある」


 ティオル殿下の言葉に、あながち間違っていないかもしれないと思ってしまう。

 前世での乙女ゲームの世界はまさしくこの世界、この国における古典恋愛小説の舞台のようなものだ。

 身分差をものともせず、淑女としての常識を忘れたかのような令嬢が周囲から好かれる。

 試練を乗り越え愛や絆を確かめ合ってハッピーエンド。

 政略結婚が主流の我が国ではなかなかできない事だし、過去にあった出来事をもとにしっかりと法律で結婚の条件や愛人の契約について決められているのだから、それこそ学生時代の自由恋愛という枠組みの中か、愛人というある意味自由な恋愛スタイルを選ばない限り難しい。

 まあ、ミンシア様は愛人狙いだからある意味自由な恋愛スタイルを目指しているのだが、最近は大勢の愛人の座を狙うのではなく、シャルル様1人に狙いを絞ったようだ。

 それに関しては問題はないが、その場合アーシェン様がどう動くのかも気になる。

 ただでさえロクサーナ様がファルク様に接触している事で悪役令嬢のフラグが立っているのに、ここでミンシア様がシャルル様に近づこうとすると、問答無用で悪役令嬢落ちしてしまうのではないだろうか?


「ベティ、確かに問題は多いが、僕達がそこまで悩む必要もないんじゃないか?」

「えっ、えぇ、そうですわね」


 沈黙してしまった事でわたくしがロクサーナ様達の問題を気にしていると勘違いしたのか、ティオル殿下がそっけなく言った。


「けれども、エメリア殿下やジョセフ様も在籍しているクラスですし、これ以上大きな問題にならないようにしたいですわ」

「それは確かに……。しかし、怪我を負わせた側に支払いをさせたいという気持ちはわかるが、カーロイア辺境伯家は治療費の立て替えもしないとはな。治療した側もいい迷惑だろう」

「貴族専門の正式な登録治療院を使用したそうですから、不払いの取り立ては国に代行してもらう権利があることがせめてもの救いですわね」

「過去にも不払いで国が仲介した事例はいくつもあるが、今回のような事例はあまり聞かないな」

「どちらも支払いを拒否していますが、このような場合国はどう対応させると思いまして?」

「問題のきっかけがカーロイア辺境伯令嬢の発言だとしても、実際に暴力を振るって怪我をさせたのはバスキ伯爵令嬢だからな。折半が妥当なところだろう」

「やはりそれが一番妥当だと思えますわよね」


 問題は、国からそう提案を出されても両家が納得するか不明という事だろう。

 ただ、ミンシア様はロクサーナ様の印象を悪くするという目的を持って行動しているようなので、ある程度妥協して印象操作の行動をする可能性もある。

 台本(シナリオ)としては、カーロイア辺境伯家は被害にあいながらも王家の言葉を受け入れ行動をしたが、バスキ伯爵家は非を認めず王家の言葉に従わないというところだろうか。

 流石のバスキ伯爵家でも王家から何か言われたら多少なりとも動くと思うのだが、ミンシア様の考えているようにいくだろうか?

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