144 紅花翁草ー5
「クラスではグレビールの甲斐甲斐しさに、もはや慣れつつありますよ」
昼食時、ふと学院生活でも弟がしっかりとディアティア様のサポートを行っているかゲオルグ殿下に尋ねたところ、苦笑してそう返されてしまった。
「最初、ディアティア嬢はクラスの女生徒にサポートしてもらうと遠慮していましたが、グレビールが自分の責任だからと譲らず、リャンシュ殿もグレビールに加勢して押し切られましたね」
流石にトイレや女生徒だけの授業は傍について回る事はないそうだが、逆を言えばそれ以外では常に傍にいるという。
「グレビールの姉好き度合いは有名ですが、流石に婚約なさったのを機に姉離れをしようとしているのかと、そう言う意味でも話題になっています」
「姉離れできるといいのですけれども」
わたくしが苦笑すると、あの様子だと大丈夫なのでは? とゲオルグ殿下が笑った。
確かに我が家でも弟の献身ぶりは素晴らしいと思える。
自分の事を後回しにしてでもディアティア様の足に負担がかからないように行動し、可能な範囲で移動は常に横抱き。
わたくしやお母様がディアティア様をお茶に誘えば、部屋やサロンまでの移動は弟が抱き上げて行うという徹底ぶりだ。
『誘惑のサイケデリック』では遊び人キャラだったのだが、実際は重度のシスコン(演技である可能性はまだ捨てきれていない)で、今度はディアティア様への献身。
かといってシスコンの態度や行動が無くなったかと言えば一概にそうは言えない。
一緒に帰宅できなくなったため、朝は必ず一緒に登校しようとしているし、馬車の中ではディアティア様を差し置いて熱心にわたくしに話しかけてくる。
ディアティア様が滞在して最初の数日は、お客様であるディアティア様を置いてきぼりにするようなことをしてはいけないと諭したが、他でもないディアティア様が、この態度こそ弟だと笑い、気にしなくていいと言ったため最近では注意することはなくなっている。
弟とディアティア様が恋人になるのではないかなど、そう言う関係の噂が出ているのではないかとも探りを入れてみたが、治療中とはいえディアティア様の怪我の見た目の事もあってそう言った噂は本当にないらしい。
ただ、弟にあのように甲斐甲斐しく世話をしてもらえるのなら、ぶつかって怪我をしても全然かまわないと言い出した女生徒はいたらしく、そういった女生徒に対して弟は、故意的に演出された事故にはむしろこちらが賠償して欲しくなります、とはっきりと、尚且つこれ以上なく冷たい声で言ったそうだ。
弟は我が家の跡取りなので、当然妻の座を狙う令嬢も愛人の座を狙う令嬢もいる。
ようするにモテるのだが、今まではわたくしへのシスコンが度を越していたためアタックしていなかった令嬢たちが、今回のディアティア様への対応を見て手を出そうとしたのかもしれない。
正直、方法を間違っているとしか言えないので、気の毒とも思えない。
「僕としてはグレビールはベティの弟なので重臣や側近に迎える事は出来ないが、あの才覚をただの公爵家当主としてだけに活用するのはもったいないと思っている」
「まあ、あの子をそのように評価してくださいましてありがとうございます」
黙って話を聞いていたティオル殿下が不意にそう話に割り込んだ。
「とはいえ、叔父であるリゼンは魔術師団の総帥。義兄のジェフリーは騎士団第四師団長。これを継続させるのも叔父と義兄だからと他の貴族を半ば強引に納得させている手前、シャルトレッド公爵家にこれ以上の権力を集めるわけにもいかない」
「そうですわね」
王の正室や側室、愛妾の親族は重要役職には就けない。これは法律で決まっている部分と、暗黙の了解の部分が存在している。
叔父と義兄に関しては直系ではない事と、わたくし自身への後見ではないことを建前に継続することを押し切ったそうだ。
これが実父や実兄であれば法律的に容赦なく退職することになっていたのは間違いない。
「本当に惜しいな。ゲオルグの方でなんとかならないか?」
「ぼくは婿入り先すら決まっていない状態ですよ。それにクラスメイトとしてそれなりに親しくしているとはいえ、グレビールはリャンシュ殿やディアティア嬢と一緒に過ごす方が多いですからね」
「側近候補として名前が挙がっていただろう。相性が良くないのか?」
「そう言うわけではありませんね。兄様もわかっていると思いますが、当初ぼくは王太子候補でしたから、ベアトリーチェ嬢の兄弟とあまり親しくすることも出来ませんでしたよ」
確かに側近候補に選んでおきながら、いざ王太子になってわたくしが婚約者になった途端に側近候補を外されてしまえば、最悪その恨みがわたくしに向かう可能性がある。
弟に限ってそれはないとは思うが、そう言ったことも考慮したうえで王太子候補達は側近候補を選んでいるのだろう。
「なるほどな。僕の側近候補も有力な王太子妃候補に近しい人間は避けていたし、しかたがないか」
「それに、グレビールは学院を卒業したらベアトリーチェ嬢の事業の一端を手伝う予定なのではありませんか?」
「そうですわね。S.ピオニーの運営の一部を任せるつもりでおりますわ。流石に王太子妃になってからも今までのように運営を一手に引き受けるのも難しいと思いますもの」
わたくしの言葉にゲオルグ殿下が頷いた。
「公爵家当主の仕事にS.ピオニーの運営を一部とはいえ任されるのでしたら、十分に国に貢献していると言えるのでは?」
「まあ、そうだな」
そこでなんとか納得しているのかそれともしていないのか、微妙な返事をしたティオル殿下が食後の紅茶を飲む。
「エメリア、ジョセフ。その後クラスは問題ないか?」
同じように食後の紅茶を飲んでいたエメリア殿下とジョセフ様が、ティオル殿下に声をかけられて視線を合わせて微妙な顔をした。
まるで言う事を押し付け合うような沈黙の後、エメリア殿下が溜息を吐いた後に言葉を発する。
「ロクサーナ様とミンシア様の事をおっしゃっているのでしたら、状況は悪くなっていると言えますわね」
「ほう?」
「ミンシア様は最近ではロクサーナ様に対して厳しい発言を控えるようになりましたが、今度は逆にロクサーナ様に対して怯えるような態度を取り始めておりますわ」
「怪我を負わせられて恐怖心が芽生えた……というわけでもないだろう。印象操作の一環か」
「そうだと思いますわ。実際に、怪我を負わせたのに責任を取らないロクサーナ様の態度に、クラスメイトの間では評判は下がる一方でしてよ」
校内で弟のディアティア様に対する甲斐甲斐しさが話題になっているため、怪我を負わせたミンシア様に対してなにもしないロクサーナ様に、貴族の義務などと普段言っているくせに、と批判が集まっているそうだ。
「それに……」
そこでエメリア殿下が言いよどみジョセフ様を見る。
しばし2人が目で会話をした後、諦めたようにエメリア殿下が口を開いた。
「ロクサーナ様は態度を変える事もなく、何もなかったように振舞っておりますの」
「まあ、怪我の責任を取らないのだからそうだろうな」
「今まででしたら、ミンシア様が率先してロクサーナ様を咎めておりましたので他の生徒も沈黙することが多かったのですが、最近ではそれもありませんので、なんというか不満のはけ口がなく、ファルク様への接触過多というところからアーシェン様に注意するよう求める生徒もおりますわ」
「アーシェン嬢は気弱だからな。それは難しいだろう」
「そうですわね。何度かは注意なさっておりましたが、教師に質問をすることは生徒としてなにもおかしくないと言われてしまって、それ以上は……」
ふむ、アーシェン様が悪役令嬢になった場合、口頭注意で効果が出ないことにいら立ちを募らせ、次第に精神的に追い詰めていくようになるはずだ。
しかしそれはゲームでのジョセフ様の助言も関係していたはずなので、そういった行動をとっていないためアーシェン様がいじめを行わない可能性は十分にある。
「ファルク様がロクサーナ様を拒絶してくださればそれが一番なのですが、教師に質問しているだけと言われますし、質問を行うのは必ず人目がある場所だそうで、頻度が高すぎと言えても常識の範囲外とは言えませんので拒絶することが出来ないようですわ」
本人がマナー違反などしていないと言うだけの事はあるとエメリア殿下は疲れ気味に言う。
「男子生徒に馴れ馴れしく接しているという部分も改めておりませんの?」
「そちらに関しては、わたくしのクラスではそのように接された生徒が、周囲に誤解されたくないので気安く接さないでほしいと主張することで、まあ、多少は抑えられておりますわ」
「多少……」
「友達なのに誤解はおかしいと思うけど、そういう気分の時もありますよね。だそうですわ」
「それは、念のために確認しますが……本当に友人でして?」
「いいえ。ただのクラスメイトですわ。むしろ、同じクラスにロクサーナ様の友人はいませんわね。誰かと一緒にいるように見えても、彼女が一方的に傍に近寄っているだけですわ」
ヒロインなのになんというか、痛々しすぎないか?
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。