141 紅花翁草ー2
「貴女、いい加減にしたらどうなの」
「どういうことですか」
ミンシア様の傍に駆け付けた女生徒だけでなく、幾人かの女生徒が集団になってロクサーナ様と対峙している。
「いつもはミンシア様がおっしゃるから私達は控えていましたけど、貴女の行動はいい加減目に余ります」
「意味が分からないんですけど? あたしの何が悪いって言うんですか」
「わからないのですか? 貴女はこの学院に何をしに来ているのかと疑問を抱く行動をなさっているではありませんか」
「何言ってるんですか? 学院には勉強をしに来てるに決まってるじゃないですか」
「あら、てっきり殿方と遊びに来ているのかと思っていましたけど?」
「はあ?」
ロクサーナ様が意味が分からないとばかりに声を出した。
男漁りに来ていると言われて不快な気分になるのはわかるが、大勢の前でその反応は高位貴族の令嬢としてあまりよくない。
「ああでも、ロクサーナ様にはもうお相手がいらっしゃるんでしたね。ごめんなさい? けれども貴女の男性への態度はなんというか、お相手を探しているようにしか見えませんから、ついそう思ってしまうんです」
令嬢の言葉に他の令嬢も同意するように頷き、事情を知っているであろう他の生徒も苦笑を浮かべたり、頷いたりしている。
「あたしの何が悪いって言うんですか」
「わからないんですか? 不特定多数の異性に過度の接触を取ろうとしたり、ファルク様にあからさまに気のあるそぶりを続けている事が問題だって言っているんです」
「そんなっ! あたしは貴族としてのマナーを破ってるつもりはありません!」
「どうだか」
ロクサーナ様が呆れたように視線を向ける女生徒に対して、きっと視線を向けた。
「嫌がる男性に無理に話しかけたりしてませんし、過度の接触って言われても肩を叩いたりするぐらいじゃないですか! ファルク様に気があるとか妄想もいい加減にしてください!」
そう言い切るとロクサーナ様は「不愉快です!」と言って食堂を出ていったので、精霊に音を集めさせるのをやめた。
「エメリア殿下、ロクサーナ様が男子生徒やファルク様への態度で女生徒から責められているようでしたが、実際のところどうなんですの?」
同じタイミングでティオル殿下も精霊に指示を出すのをやめたようで、エメリア殿下の反応を待っている。
「そうですわね、ファルク様への接触と言いますか、個別質問の頻度はあからさまに多すぎますわ。そのことでアーシェン様の気が立っているのは事実ですわね。男子生徒への接触も、当学院は婚約者がいても恋愛は自由と言う校風ですので微妙ではありますが、まあ……友人でもない男子生徒へのスキンシップといいますか、接触は多めですわ」
「接触と言うのは具体的には? 腕を組んだりもたれかかったりするわけではありませんわよね?」
「それは流石にありませんわ。けれどもそうですわね、気安い友人としての距離を取ると申しますか、相手がただのクラスメイトもしくは知っている人という関係性を無視していますわね」
微妙なところだ。
学生でいる間は自由恋愛を楽しむものだと考えている貴族がほとんどのため、婚約者がいる異性と親しくなったとしても咎められることはない。
けれども、友人ですらない関係なのにまるで友人のように接触するのは、馴れ馴れしいと忌避される行動だ。
まあ、マナー違反ではないのだが……。
「もっとも、クラスの女生徒がロクサーナ様を気に入らないのはそれだけではございませんの」
「と、言いますと?」
エメリア殿下が疲れたように溜息を吐き出してから言葉を続ける。
「彼女、自分は家族仲がいいとおっしゃっているせいもあって、まあ、その……頼んでもいないアドバイスをなさいますの」
それは何とも迷惑な話だ。
「特に貴族で政略結婚で結ばれた家族だからって、仲良くしないのはおかしいとおっしゃって……。貴族たるもの家の繁栄を第一に考えいついかなる時も行動をしなければいけなく、そこに自分という存在は矮小なものであり、なによりも大切な事は家のためにどれだけ貢献できるかなのだと、それはもう何かしらにつけてお話になりますの」
「まあ……」
それは純粋にウザイな。
言っている事は間違っていないが、それは家族に指摘されたり家庭教師に指摘されたり、自分で気づいて行動すべきことであって、赤の他人に言われたいとは絶対に思わない。
「それだけではなく」
「まだございますの?」
「ええ、婚約者がいらっしゃる方に対して、恋人を作るのは仕方がないですけど、だからって婚約者への義務を放棄するのは間違ってますから気を付けてください、とか、やっぱり義務で結ばれる相手より愛がある相手の方が大事なのはわかりますけど、まずは家の事を考えるべきだ、なんておっしゃいますわ」
「……有難迷惑ですわね」
「ええ」
いやぁ、本当にウザイな。
そんな行動をしていたらクラスメイトに受け入れられなくて当然だろうし、そんな中で男子生徒に親しい友人のように接したら男目的と勘違いされてもおかしくはない。
何と言っても、ロクサーナ様がバスキ伯爵の愛人になるために、今は平民になった次兄のダリオンと結婚するという事が、高位貴族の中では当然のように伝わっているからだ。
つまり彼女には婚約者がいると見做されているわけで、婚約者への義務だの家の事を考えるべきと言われても、お前が言うなと言う気分になるだろう。
下位貴族はまだバスキ伯爵家の醜聞を知らないかもしれないが、高位貴族は自分を守るために情報を集める精度と速度は優れていなければならない。
もちろん、死亡したと届け出が出ているバスキ伯爵家の子供たちの母親がロクサーナ様であろうことも、確定は出来ないといいながらほぼ確実な事として噂が出回っている。
その結果、現在バスキ伯爵夫人が妊娠している子供こそが正当な嫡子であり、無事に生まれればその子が次期バスキ伯爵になるのではないかと言われている。
まあ、正当かはわからないがバスキ伯爵家の子供であることに間違いはないので、次期バスキ伯爵になる可能性がないわけではないし、夫人の実家との関係性もあるため実際のところはどうなのだろう。
実家は腹の子供の父親がダリオンだと聞いているようだが、生まれればバスキ伯爵夫妻の正式な子供として届け出る事で引き下がっている。
そこには庶子として登録しなおされた先の2人の子供よりも、バスキ伯爵家の継承権が上になり、家同士の繋がりが続くことも念頭に置かれているのだろうから、バスキ伯爵家としても蔑ろには出来ないはずだ。
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