139 洛神珠ー20
「ベアトリーチェ様ならいい助言をくれるって期待したのに、なんだかがっかりです」
溜息と共にロクサーナ様がそう言うと、同席している友人達が目を細めて一斉に口元を扇子で隠した。
あからさまに不快であると示したのには流石に気が付いたのか、ロクサーナ様が慌てたように目を泳がせた。
「お力になれないようで残念ですわ。ああ、そういえば噂に聞いたのですがS.ピオニーの模倣をした平民向けの店があまりにも品質が悪く、貴族が利用している店は大したことが無いなどといわれているそうですの」
「へえ、そうなんですか」
「確かに貴族の生活の豊かさを知りすぎて、自分達の生活の質との落差に不満を貯めこまれるのも困りものですが……貴族の生活を侮られるようなことをされるのはもっと困ってしまいますの。どうしてかお分かりでして?」
ニコリと微笑んでロクサーナ様に尋ねると、ロクサーナ様はきょとんと眼を瞬かせて首を傾げた。
「平民が貴族を侮るとかありえませんよ。だって、そもそもの基準が違うんですから」
「あら、お分かりになっていますのね」
意外だと言わんばかりに声を強めた。
「おっしゃるように貴族と平民はその生活の基準が違いますの。もちろん平民の中にも階級はございますが、それよりもより貴族と平民の基準は区別しなければいけないものだとはお分かりですわよね?」
「そりゃそうですよ。だって平民は貴族に養われる側なんですから」
いや、その考えは間違っているんだが、ここで丁寧に説明してあげる義理はない。
「貴族が侮られては権威が揺らいでしまいますの。それは我が国の階級制度、すなわち貴族制度を脅かすことになりますわ」
「はあ……」
だから何だという顔をするロクサーナ様に、わたくしは微笑みながらも冷たい視線を向ける。
「貴族の生活の質が低品質なものだと平民に誤解されるのは困りますの。わたくしの言いたいことはご理解いただけまして?」
「え?」
「S.ピオニーの模倣をする店の多くは短い営業期間でつぶれていきますのよ。だって、品質を落としたものをあたかもS.ピオニーの品質だと誤解されても困りますし、高品質なものを維持するのはそれなりの維持費と才覚が必要ですもの」
「えっと?」
「わたくしもS.ピオニーの品質と評判は守らなければいけませんの。だって従業員の生活を背負っておりますもの。ロクサーナ様も経営者とご自身で名乗ったのですから、わたくしの気持ちはわかってくださいますわよね?」
「あの、よくわからないですけど、えーっと、はい……?」
よくわからないまま頷いたロクサーナ様を確認して、わたくしはカップを持ちあげてゆっくりと紅茶を一口飲む。
「ご理解いただけて嬉しいですわ。皆様もロクサーナ様がS.ピオニーの品質と評判を守る事にご理解いただけたことはお聞きになりましたわよね?」
わたくしの言葉に友人達は扇子を下ろして笑顔で頷く。
「ではロクサーナ様」
「はい」
「後ほど正式にバスキ伯爵家に対して抗議文と損賠賠償の請求をさせていただきますわね」
「は? え? なんで?」
「だって今ロクサーナ様もS.ピオニーの品質と評判を守る事にご理解をしてくださいましたでしょう」
「それと抗議とか損害賠償とか関係ないじゃないですか」
「まあ! バスキ伯爵家が経営している喫茶店はS.ピオニーのサービスの劣化版、平民向けに品質を落として提供していると評判ではございませんか。さきほどロクサーナ様もS.ピオニーを参考にしていると明言なさいましたし、模倣されて被害が出ているのなら抗議と被害によって出てしまった分の損害賠償の請求を行うのは当然ですわ」
「被害って、なんですかそれ」
ロクサーナ様が怒ってます、と言わんばかりにほほを膨らませる。
うん、見てるだけなら可愛いが、男性には効果絶大そうなその仕草も、同性の女性にはあまり効果は期待できない。
「おわかりになりませんの? バスキ伯爵家が出資している……、ロクサーナ様のお言葉で言うと経営している喫茶店で提供している品質程度のものがS.ピオニーの品質だと誤解されておりますの」
「被害妄想じゃないですか?」
「そのような事はありませんわ。S.ピオニーを利用している平民のお客様が、ご自分が雇用している従業員が、高いお金を払ったのにあの程度の食事内容とサービスって、正直がっかりしました。とか、貴族の食事を体験できるって期待したのに、貴族って平民と変わらないとか夢が無くなりそう。なんておっしゃったとか」
「そ、それがうちの店のせいだとは限らないじゃないですか」
「バスキ伯爵家が出資している喫茶店を利用しての感想だとはっきりおっしゃったそうですわ」
「で、でも……平民が利用するお店なんだから品質が落ちるのは当然じゃないですか」
「そうですわね。けれども問題はあたかもS.ピオニーの支店、もしくは監修のもと経営されていると言われている事ですわ」
「そん、なのお客が勝手に言ってるだけでっ」
「開店時の宣伝文句に、『貴族御用達S.ピオニー提供の食事がついに平民街に!』というものがあったそうですわね。まあ、ついになんて枕詞を使って模倣した店を出店されるのは初めてではございませんが、なんとも安っぽいと思えてなりませんわ」
その宣伝文句がなければ風評被害として抗議文と店を潰すだけで許したが、はっきりとS.ピオニーと言っているので損害賠償はしっかりもらわなければ他に示しがつかない。
「そ、それは従業員が勝手に」
「従業員の行いは管理者が責任を取るものですわ。まさかとは思いますが、貴族にも拘らず平民を制御できずに暴走させたなどと言い訳をして、取るべき責任を取らずに逃げるなどという無様な真似はなさいませんわよね。だって先ほどロクサーナ様ははっきりとバスキ伯爵家が経営していると口になさいましたもの」
「あっで、もっ」
「ふふ、でも安心しましたわ。発案者のロクサーナ様がS.ピオニーの品質と評判を守る事にご理解を示してくださいましたもの。ご家族も抗議文を素直に受け取り、損害賠償も即座にお支払いくださいますわよね」
にっこりと微笑んで言葉を重ねていけば、ロクサーナ様の顔色がどんどん悪くなっていく。
ずりっと音を立てて一歩下がったロクサーナ様。
「あ……そ、うだわ! 今後正式にベアトリーチェ様に助言を貰えればいいんだわ!」
いいことを思いついたと言わんばかりに嬉しそうに声を出したが、わたくしは変わらない笑顔でロクサーナ様を見る。
「抗議文をしっかりと受け止め、損害賠償を払い終えたのなら考えてもよろしいですわ」
「やった! あたし早速お兄様に伝えてきますね!」
「ええ、家族とのお話合いは重要だと思いますわ」
「はい!」
元気に返事を返して去っていくロクサーナ様を見送って、わたくしはもう一口紅茶を飲んだ。
「ベアトリーチェ様もお人が悪いですね」
「あら、話を全て聞き出さなかったロクサーナ様が甘いのですわ」
「彼女は損害賠償にお店の廃業が含まれるとは考えていないのでしょうね」
「諸悪の根源を潰すのは基本ですけど、自分に都合の悪いことは考えないタイプなのかもしれませんわ」
「流石は非常識な失敗作ですね」
クスクスと笑う友人達に、わたくしもクスリと笑った後、なんだかまるで悪役令嬢のような行動をしている気がするとも思ったが、S.ピオニーを守るためなのだから仕方がない。
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