137 洛神珠ー18
入学式も終わり、新年度が始まって数日。
わたくし達の学年は昨年と変わらず平穏が続いているけれども、1学年はそうは言っていられないようだ。
「お聞きになりました? 1年のロクサーナ様がまた騒ぎを起こしたそうですよ」
「まあ、そうなのですか?」
わたくしはそう言って新しく一緒に行動するようになった1年の友人、クラリス=アーヴェン=ロッテンマイヤ様に視線を向ける。
彼女は侯爵令嬢であり、当然ながら高位貴族のクラスに所属している。
本来ならエメリア殿下のご学友として行動してもおかしくはないのだが、側妃候補として有力のためわたくしの友人の一人として行動を共にしているのだ。
他にも入れ替わりで1年の友人が行動を共にするが、常に一緒にいるようになったのは彼女である。
「ええ、あの方がクラスでも浮いているのは言うまでもないのですが、他のクラスメイトと仲良くしようと一生懸命行動なさっていて……それが余計に周囲との溝を産んでしまっておりますの」
「はっきりおっしゃってよろしいのですよ。男女問わずなれなれしく接していて不興を買っていると」
笑いを含めたオリビア様の言葉に、クラリス様が困ったように眉を寄せて頷いた。
「その通りです。エメリア殿下にも友人になるにはお互いを知るべきだと言ってなれなれしく接したり、他の女生徒にも気安く声をかけたり、もちろんそれは男子生徒にもそうなのですが……問題は婚約者が決まっている方や決まりかけている方にも同じように接して、言ってしまえば期間限定の恋人ごっこを楽しみたいのかと思われたのですが、あまりにも無節操すぎて恋人にするにしても興ざめだと言われております」
期間限定の恋人候補としても嫌がられるとか、それって本当にヒロインとしてどうなのだろうか。
放課後のお茶の時間は王太子妃教育のため登城するまでの限られた時間だが、昼休みは王族専用スペースで過ごすようになっているわたくしにとって、正式なお茶会以外での重要な情報収集の時間だ。
長い時間ではないが、この時間が重要であることは王妃様も理解しているため、王太子妃教育や側妃教育の時間は放課後にすぐに向かわなければならないということが無いように調整してくれている。
「そもそもあのような噂を持っていらっしゃいますし、期間限定の恋人を探している男子生徒も避けがちではあったのですが、悪化したと申しますか……」
「それだけではないでしょう? わたしが仕入れた噂ではファルク様にしつこく絡んでいるそうですね?」
「まあ、その噂も広まっているのですか」
リズリット様が指摘するとクラリス様が溜息を吐き出す。
「おっしゃるようにファルク様には授業の後に毎回質問に行っております。それだけなら、まあ……勉強熱心な生徒と言えなくもないのですが、質問に行くのがファルク様の授業でだけというのもありまして……」
「バスキ伯爵家の方々が居るのに、ファルク様に秋波を向けているように思われる行動ですわね」
思わずやっぱりファルク様ルートなのかと思い口にすると、クラリス様が頷く。
「そのせいなのか……いえ、そのせいだとは思うのですが、アーシェン様がロクサーナ様を目の敵にしていますね」
「ああ、アーシェン様はお兄様のシャルル様と従兄のファルク様が大好きですものね」
「兄を取られまいとする妹の可愛い行動だと思いますけれども、何か問題があるのですか?」
「ええ、アーシェン様がなんともうしますか突っかかるというか、ロクサーナ様が非常識な事をするたびに嫌味を言うので、クラス全体でロクサーナ様に嫌味を言っても構わない雰囲気が出来てしまっているのです」
「ああ、なるほど」
『誘惑のサイケデリック』でも序盤にヒロインに対して非友好的な雰囲気になる場面があったと思い出す。
ゲームではその状況の中でも努力を欠かさないヒロインの姿に、周囲が次第に認めていくようになるのだが、ロクサーナ様の場合はどうなのだろうか?
スタート地点があまりにもマイナス過ぎて認めるとか認めないとか、そういう問題ではないような気がしてしまう。
「もっとも、実際にロクサーナ様に文句を言っているのはアーシェン様とそのご友人なのですが、中には少々行き過ぎた言葉もありまして……」
「アーシェン様がそのような事をおっしゃっていますの?」
「いえ、アーシェン様は真っ当な事をおっしゃっているのですが、友人……と言っていいのでしょうか? よく一緒に行動しているミンシア様が特にロクサーナ様に対して嫌味を言っております。アーシェン様も止めないので、まるでアーシェン様の代理で言っているように振舞っているのです」
ふむ、ゲームではアーシェン様は序盤は嫌味を正面からぶつけ、物語が進んでいくと人を使って襲わせたりヒロインにだけ間違った情報を流すようにして恥をかかせたり、終盤には呪いの魔術を使用してヒロインを苦しめるようになる。
けれども、実際にはアーシェン様ではなくミンシア様が嫌味を言っているのか。
ゲームに登場している男性キャラクター全員の愛人の座を狙っているのだから、当然ロクサーナ様がファルク様に近づくのは気に入らないのだろうが、アーシェン様が尻尾切をしたら真っ先に被害を受けそうなことをよくできるな。
「ロクサーナ様はそのような雰囲気にどんな反応をなさっていますの?」
ゲームでは嫌味になんて負けない健気なヒロインなのだが、現実はどうなのだろうか。
「そうですね……あえて言うのであれば、正論のようなもので反論しているといった感じでしょうか」
「正論のようなもの、でして?」
意味が分からず首を傾げてしまったが、話を聞いた他の友人も同じように首を傾げたので意味が分からないのはわたくしだけではないようだ。
「そうですね、例えば婚約者のいる男子生徒に近づいて腕に触れるなどの接触をした際に、ミンシア様がそのような娼婦の真似事をする人が高位貴族クラスにいるなど品位が下がると言った時なのですが」
「ええ」
「ロクサーナ様はこう返したのです。腕に触れただけで娼婦なんて、想像力が豊かですね。でもその想像力だとダンスの誘いをしただけでもはしたないと言いそうです。それって貴族としてどうなんでしょう? と」
「正論、というか論点がずれていると言うか……」
「みだりに異性に触れてはならないとミンシア様は指摘したはずなのですが、ロクサーナ様の返しにムキになってしまったようで言い合いに発展してしまったんです」
心底困ったというように眉を寄せるクラリス様に友人達も同情をしてしまう。
「言い合いを止めたのはエメリア殿下とジョセフ様なのですが、何を勘違いしたのかロクサーナ様がお2人が自分の味方だと思ったらしく、やっぱり持つべきものは友人ですよね。などとおっしゃって周囲の雰囲気が悪くなったりもしました」
すごいポジティブな思考をしているんだな、ロクサーナ様。
まあ、それでこそヒロインと言えるのかもしれないが、エメリア殿下に友人と認識していないとはっきり言われたのを忘れているのだろうか?
いや、味方をしてくれたのだから友人という謎の方程式が彼女の中で成立しているのかもしれない。
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