131 洛神珠ー12
エメリア殿下と話している間にも、新入生の何人かがわたくし達に挨拶にやってくる。
その中にはティオル殿下の側妃候補に推薦してもらおうと考えている令嬢もおり、自分がどれ程優れているのかをアピールしてくる。
ここでアピールされても、わたくしとの相性を見た後、魔術学院での成績や周囲からの評判、密かに行われる執務能力試験、王家による調査を行ったのちに側妃候補になるかが決まるのだが、わたくしに気に入られれば側妃になれると勘違いしている令嬢は一定数いるようだ。
ティオル殿下の側妃は、公務をするだけの臣下という意味合いしかほぼないのだが、そんなにもなりたいものなのだろうか?
確かに側妃を出したというのなら貴族社会で実家はそれなりの地位を築けるが、側妃となった娘を通して政治になにか絡めるというわけではない。
むしろ、正室や側室になった者の実家は他の家よりもそういった事に口を出す場合、厳しい目を向けられ、意見を出しても採用されるのに幾重もの審査を必要とされる。
重要役職に就くこともほぼ出来ないのだから、実家としては正室や側室を輩出することはただの名誉でしかない。
……まあ、貴族にとって名誉は重要なので、欲する家が多いのは確かだ。
「皆様、ごきげんよう」
新しく声をかけてきた令嬢を見れば、それはロクサーナ様だった。
「エメリア殿下、ですよね。これから同じクラスの仲間としてどうぞよろしくお願いします」
「はじめまして」
エメリア殿下の言葉にロクサーナ様は驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。
「新年祭でご挨拶をさせていただきましたが、改めて名乗らせていただきますね。バスキ伯爵家が娘、ロクサーナ=ジャルジェ=バスキです」
「そうですの。貴女の挨拶を受けるのは初めてですわ。名乗らなくともあたくしの事は知っていると思いますが、エメリア=クレトル=ウェザリアでしてよ」
「あの時あたしに話しかけてくれた方がエメリア殿下だと思ったんですけど、家に帰ってメイドに王族の方々の特徴を聞いて勘違いだってわかったんですよ」
なぜ自分の失態をこのようなところで楽しそうに話すのだろうか。
自国の王族の容姿を事前に把握しておくなんて、高位貴族なら当たり前に出来ていなければいけないだろうに。
「ゾフィお姉様が貴女に話しかけた記憶はございませんわね。それで、ご挨拶はお済でしょう?」
「そうですね」
暗にとっとと立ち去れと言っているエメリア殿下なのだが、ロクサーナ様は通じていないのかニコニコと笑顔を浮かべて立ち去る気配がない。
先日の新年祭でも思ったが、貴族言葉の嫌味や暗喩が通じないのは困る。
「そうだ、エメリア殿下。お兄様に聞いたんですけど、高位貴族クラスに所属している令嬢は、入学した記念に同じ学年の令嬢を招待してお茶会を開くそうですね」
「そうですわね」
「あたし、お茶会に参加したことってバスキ伯爵家の代表としてばかりで、個人的なお茶会に参加したことがなくて、今からとっても楽しみです」
自分が誘われると信じきっている姿に、ロクサーナ様以外が微妙な気分になる。
「どなたかのお茶会にご招待された時は、節度を守って存分にお楽しみになればよいと思いますわ」
「そうですね。エメリア殿下はいつお茶会を開く予定なんですか?」
「……ご招待する方には招待状を送る予定になっておりますわ」
「そうなんですか、楽しみです」
これは、貰えると思っている顔だな。
「エメリア殿下、先日のお茶会で出されたケーキはおいしゅうございました」
「私はスコーンに添えられたベリージャムがおいしくて、はしたなくもたくさんいただきそうになってしまいました」
ロクサーナ様が離れないと察したエメリア殿下の友人が話を始める。
「あら、そんなに気に入っていただけたのなら、また提供させていただきますわ。皆様が気に入ったと知れば料理長も喜びますわ」
「まあ、嬉しい」
「次のお茶会が楽しみです」
ロクサーナ様が分からない話を始めたのは、関係ないのだから立ち去れという意味なのだけれど、果たして通じるだろうか?
「そんなにおいしいんですか。流石王家の料理人ですね、あたしもますます楽しみになっちゃいました」
うん、通じてない。
「……お菓子と言えば、最近S.ピオニー系列の喫茶店を模倣した店が平民向けに出店されているそうですね」
不意にわたくしに話を振られたのでにっこりと微笑んで頷いておく。
「うちのブランドを模倣するところはいくつもございますので、大きな問題がなければ特に気にしてはおりませんのよ」
「流石はベアトリーチェ様ですね。寛大でいらっしゃいます。けれど、その店は平民向けと言うだけあって扱っている内容が模倣とは思えないほど粗悪だと聞きます」
「我が家のメイドが一度行ったそうなのですが、S.ピオニーの類似品と言うのも烏滸がましいとか」
「そうそう、提供している食品も低レベルなら、従業員の質もよくないと聞きます」
「まあ! そのような低級な店がS.ピオニーの系列と誤認されるようなことがあったら大問題ですね」
困ったように言う令嬢達だが、ロクサーナ様はそれがバスキ伯爵家が出資して経営されている店だと理解していないようだ。
一応出資して経営に口を出しているのだから気づいてもよさそうなのに、気づかないものなのだろうか?
うーん、ヒロインってこういう嫌味に敏感だったりするはずなんだが……。
いや、鈍感系なら嫌味に気が付かないのかもしれない。
「でも皆様、そのお店に出資しているおうちは現在厳しい経済状況にあると聞きますわ。中途半端な慈善活動にお金を使うことはそのうち出来なくなるのではなくて?」
エメリア殿下がクスリと笑う。
「資金不足で著しく品質が下がり、S.ピオニーの評判にまで影響を及ぼすようなら、こちらとしても対策をとる事になりますわね」
「早めに対処したほうがいいですわ、ベアトリーチェお姉様。思いあがった貴族には見せしめが必要ですもの」
エメリア殿下の言葉に周囲にいる友人達も頷く。
ただ、ロクサーナ様は意味が分からないのかキョトンとした顔をしている。
「ベアトリーチェお義姉様はいずれ王太子妃になられる御方。その御方が経営しているS.ピオニーの名前に泥を塗るような真似をする者を放置するのはよくありませんわ」
「そうですわね。けれども模倣する方々は後を絶ちませんので、一定の被害が出るまでは様子を見ておりますのよ」
「話題の店は直ぐにでも問題を起こすと思いますわ。そもそも、貴族や裕福な平民向けのサービスを、一般の平民向けに展開しようとすることに無理がありますのよ」
「エメリア殿下のおっしゃる通りです、ベアトリーチェ様。S.ピオニーの従業員は貴族出身の方ばかりなのに、例のお店は平民を雇い、悪い意味で適当に教育して接客や調理をさせているそうですよ」
その事についてはもちろんわたくしの方でも情報を得ているが、皆詳しいな……。
「平民向けなんですから、貴族と同じものを提供する方がおかしいですよ。身の丈に合った内容を提供されるのは当たり前ですよね」
ロクサーナ様が不思議そうに言う。
確かにその通りなのだが、それならわざわざS.ピオニーの模倣をする必要はない。
問題なのはS.ピオニーの模倣をしておきながらその品質を下げていることなのだ。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。