126 洛神珠ー7
あの後は特に問題もなく花祭の舞踏会は続き、側妃候補ではない友人達も挨拶回りを終えて合流した。
「仕方がありませんが、最近はティオル王太子殿下がベアトリーチェ様を独占していて、私達はなんだか寂しいですね」
「これほど仲睦まじいのだから仕方がありませんが、少しは私どもにもベアトリーチェ様を譲っていただきたいですよね」
クスクスと笑って揶揄う友人に、ティオル殿下の側近候補も便乗を始めた。
「それについては我々も賛成ですね。側近候補である我々よりもベアトリーチェ様に真っ先に意見を聞くのですから、なんというか立つ瀬がありませんよ。ねえ、シャルル様」
「はは、自分はティオル王太子殿下がそれでよいと判断し、ベアトリーチェ様が困っていないのならいいと思いますけどね。ただ、たまには自分達の存在を思い出してほしいとは思います。こちらとしては婚約者も恋人もいないのですから、目の前であまり仲が良すぎる行動をされると困ってしまいます」
「シャルルも恋人か婚約者を作ればいいじゃないか」
ティオル殿下の言葉にシャルル様が肩をすくめる。
「婚約者については両親がそのうち決めるでしょう。恋人は今まではティオル王太子殿下と一緒にいたため機会がありませんでしたが、ご婚約なさったことによって自分達にも自由時間が増えますし、作るのもいいかもしれませんね」
おや? これは攻略対象者としてのフラグだろうか?
でもロクサーナ様とシャルル様はダンスを踊っていないから多分ルートには入っていないはず。
もしくは、アーシェン様が悪役令嬢になるというのが既定路線なのだとしたら、逆引き的にシャルル様かファルク様のルートに入るという事なのだろうか?
うーん、法則が分からない。
「シャルル様の場合、婚約者はともかく恋人を作ったら妹のアーシェン様が泣くんじゃないですか?」
「確かにアーシェン様はシャルル様が大好きですからね。兄君を取られたくないって泣く可能性はありそうだ」
『誘惑のサイケデリック』では泣くどころか悪役令嬢になって、ヒロインに陰湿ないじめを行うんだが、流石にそれを言うわけにもいかない。
「確かにアーシェンは自分に甘えていますが、うちの両親は子供には優秀な家庭教師、上質な寝床、おいしい食事、生活に困らない衣料品、世話をする使用人を準備していればいいと思っていますから、愛情に飢えているんでしょう。ああ、アーシェンこそ恋人を作ったほうがいいかもしれないですね」
心の底からそう思っているようで、シャルル様は名案だとばかりに微笑んだ。
そんなことを本人に言ったら捨てられるかもしれないと勘違いをする可能性があるので、出来れば言わないでおいてほしい。
「アーシェン嬢は優秀だが人見知りが激しいだろう? 僕にですら怯えるようでは恋人は難しいんじゃないか?」
ティオル殿下が首を傾げた。
そう、その人見知りのせいでアーシェン様はティオル殿下の婚約者候補から外れている。
優秀なのだが社交に難が出る可能性がある令嬢では無理なのだ。
他にも優秀ではあるものの、家の事情で早々に王太子の婚約者候補から外れた令嬢はそれなりにいる。
ディアティア様もその1人だ。
彼女は両親が王家に嫁ぐよりも、他の有力貴族に嫁いで縁を結ぶことを望んでいるため、早い時期から王太子の婚約者候補を辞退している。
結婚後は嫁いだ娘について口出しをすることは出来なくなるが、結婚することで家の繋がりが出来るため、政略結婚はいまだに貴族の間では当たり前に行われている。
感情を伴わない政略結婚の緩和剤として、学生時の自由恋愛などもあるわけなのだが、学院時代の関係がそのまま婚約に結びつくこともあるし、愛人契約になる場合もある。
真実の愛なるもので契約をせずに愛人になる人もいるが、そういう場合の多くはのちに問題が発生することは、過去の歴史からわかっている。
「その人見知りを直すためにも、アーシェンには学生時代に恋人を作って欲しいですね」
「妹想いの優しい兄君は大変だな」
困ったように言うシャルル様に、ティオル殿下がそう言って笑った。
「そういえば、話題のアーシェン様は今どちらにいらっしゃいますの?」
「もうすぐ一緒に学院に通う事になる友人達と話すと言っていました。…………ほら、あそこにいますよ」
言われてシャルル様が見た方向に目を向ければ、確かにそこには令嬢たちが集まっている華やかな一団の中にアーシェン様の姿が見えた。
仲が良い友人なのか、人見知りのアーシェン様が楽しそうに話をしている。
「一緒にいるご令嬢はうちの家門に所属する方なのですが、家の跡取りとして既に才覚を発揮しており、人見知りのアーシェンをいい意味で引っ張ってくれるご令嬢なんですよ」
「そうでしたのね」
うん、仲が良い友人がいるのはよいことだ。
なんだか穏やかな気持ちでアーシェン様達を見ていると、その近くに艶やかな黒紫の刺繍が入ったドレスを纏ったロクサーナ様が見えた。
思わずそちらを見ていると、視線に気づいたティオル殿下も目を向ける。
「あれは、バスキ伯爵令嬢か? パートナーはどうした?」
「近くにご家族はいらっしゃいませんわね。あの家は最近難しい立場にありますから、あえて彼女を置いて挨拶回りに出ているのかもしれませんわ」
「ふん。自業自得だし、問題児を野放しにしないで欲しいものだ」
ティオル殿下はそう言って興味をなくしたように視線を外した。
わたくしも視線を外そうとしたが、入ってきた光景に思わず見続けてしまう。
なぜ、ミンシア様がロクサーナ様に近づいているのだろうか?
問題児で結託されると、ただでさえ要注意人物なのに、危険度が上がってしまう。
なんだか嫌な予感がして見続けていると、話しこんで喉が渇いたのか、通りがかりの給仕から飲み物を貰おうとしたロクサーナ様が手元を狂わせ、グラスを取り損なって落としてしまった。
「キャァッ」
離れた場所から小さな悲鳴が聞こえた。
よろしければ、感想やブックマーク、★の評価をお願いします。m(_ _)m
こんな展開が見たい、こんなキャラが見たい、ここが気になる、表現がおかしい・誤字等々もお待ちしております。