122 洛神珠ー3
夜会と言っても様々な種類があり、楽団が呼ばれているからと言って必ずしもダンスをすることを想定されている訳では無い。
今回のような婚約披露の夜会であるのなら、ダンスがあったとしても主役が踊るだけというのがほとんどだろう。
わたくしたちの場合、婚約したことはほとんどの貴族だけならず平民も知っている事で、今回の婚約披露の夜会は形式的なものだ。
所要予定時間も通常の夜会より短く、もはや王家が主催する臨時の交流場になっている。
それは当然理解して参加しているはずなのだが、どこにでも想定外はあるようだ。
「まさかこの夜会で社交界デビューしただけでなく、ダンスを望むとは思いませんでした」
動けないわたくし達の代わりに会場内を動いていたゲオルグ殿下が呆れたように言う。
カーロイア辺境伯令嬢がパートナーとして連れてきてくれた父親にダンスを強請り、窘められたところまではまだ常識は無いがデビュタント当日であることから見逃されたらしい。
問題はその後に何を思ったのか様子を見ていたゲオルグ殿下に勝手に挨拶をし、あろう事か場所を移してもいいからとダンスに誘ったそうだ。
すぐさま慌てたカーロイア辺境伯が令嬢を引っ張り謝罪したそうだが、周囲からは完全に失敗作の烙印を押されたという。
まぁ、この夜会で社交界デビューしただけでもかなり厳しかったのだが、デビュー初日にここまでやらかす者はそうないだろう。
いや、ロクサーナ様もそれなりにやらかしていたか。
「あの令嬢はカーロイア辺境伯に連れられて強制退場する時、やっぱり花祭で改めてちゃんとデビュタントをしたいと言っていましたが、あのドレスが有効なのは今夜限りだとわかっているのでしょうか?」
「改めてと言うぐらいだから理解していないのだろうな」
ティオル殿下の言葉にゲオルグ殿下が「ですよね」と呆れたように頷いた。
本人や家族が何を言おうとも、彼女の社交界デビューは終わったのだ。
花祭で差し色のない白いドレスを纏ったとしても、今日のことを知っている貴族は保護する行動を取らないし、そういった行動に出ようとする者に事実を伝えるだろう。
事実を知った上でなお保護しようとするのなら、それは本人の勝手で、他人が口を出すことでは無い。
「ボクは一応挨拶を受け取りましたけど、兄様達も挨拶に応えたんですか?」
「カーロイア辺境伯が娘を連れてきたのは見たな」
そう、わたくしもティオル殿下もカーロイア辺境伯の娘が挨拶をしたのを見たが、それに対して反応はしていない。
当然見ただけなので顔見知りですらない。
見ただけで顔見知りが成立したら、学院の生徒全員が顔見知りになるし、お茶会や夜会で見かけた貴族全員ですら顔見知りになってしまう。
現在の状況は、カーロイア辺境伯のミンシアという名前の娘が、本日社交界デビューをしたことを聞いただけだ。
まぁ、ゲオルグ殿下は挨拶をしたことがある間柄にはなったようだが、その程度の貴族は山のようにいる。
「でもまぁ、カーロイア辺境伯が素早く撤収したおかげで無駄な騒ぎは起きなかったし、兄様とベアトリーチェお義姉様の婚約披露が無事に終わって良かったですよ。例の令嬢も参加していたから不安でしたが、バスキ伯爵と仲良く挨拶回りに忙しかったみたいですね」
「あら、あれは挨拶回りではなくゴマすりと言いうのではありませんの?」
エメリア殿下がバカにしたように笑って言う。
「バスキ伯爵家は出回っている噂のせいで貴族関連の取引先に苦労しているそうよ」
「ゾフィ殿下、これだけ噂が出回っているのですからバスキ伯爵家としても十分に予想出来たことではございませんの?」
「本人達の予想以上の反応なのでしょうね」
陛下と王妃様は大人の話し合いのためこの場にはおらず、婚約披露の夜会後、通常のドレスに着替えたわたくしは殿下達に混ざって両親が戻ってくるのを待っている。
「高位貴族が大きく関わっている取引先は、切られるか契約内容が厳しいものに変えられたようね。下位貴族のみが関わっているところはそうでも無いようだけれど、仮にも伯爵家だからそういった所とばかり取引するわけにはいかないでしょうね」
しかもここで平民が立ち上げ、主に平民に利用されている取引先に乗り換えようとすれば、バスキ伯爵家は落ちぶれたとか、没落寸前などと言われるようになる。
平民が利用するものが悪いわけではなく、高位貴族には一定の付き合いと貴族のブランドを維持する義務があるため、安易に切り替えることは出来ないだけだ。
特に今は切替えるにはタイミングが悪すぎる。
貴族に相手にされなくなったから平民のものに流れたと言われ、さらに高位貴族が関わっている取引相手に契約を切られたり、下位貴族の取引相手にも契約を切られたり厳しい条件に変更される可能性が高い。
貴族とは体面を気にするものなのだから仕方がない事なので、バスキ伯爵家も安易に切り替えず今までの取引先に取り入ろうとしているのだろう。
「バスキ伯爵家が持ち直すにはあの令嬢を切るのが一番でしょうけど、実家には断られて家門の他の家にも断られ、神殿が保護しようにも、本人がバスキ伯爵家にいることを強く希望して帰りたがるからどうしようも無い。ただの平民にするには魔力が高くて野放しが難しいから、本当に厄介よね」
「養子縁組を解除して正式に愛人にしてしまえばまだましと言えますわね。魔術学院にはそういった場合の特別措置がありますもの」
「その場合は下位貴族のクラスになりますわね。過去にその措置を受けた生徒は特に同性の生徒から孤立していたと聞きますわ」
「それは当たり前ですわ、ベアトリーチェお義姉様。デビュタントしたとはいえ、魔術学院を卒業してすらいないのに愛人になるなんて、節度がない証拠ですもの。魔術学院が自由恋愛の場所として許されているとはいえ、そもそもの基準が異なりますわ」
「確かにエメリア殿下が仰るように生徒である間の遊びと、正式な愛人は全く異なるものですわ」
「しかも今回はデビュタント前に子供までなしているもの。ただ愛人になったよりも風当たりは強いでしょうね」
ゾフィ殿下の言葉にエメリア殿下が当然と頷く。
今は伯爵令嬢というブランドで守られているが、愛人になってしまえばそれが無くなる。
身分の低いふしだらな魔力の高い女性として、下位貴族の子息にもふざけた態度を取られることが増えるだろう。
その時に守ってくれるのはあくまでもバスキ伯爵に寵愛されているという事実と、ロクサーナ様のために動いてくれるかもしれないという希望だけだ。
愛人となった際に、対象の身の安全の保障や精神的なものも含め尊厳を守る契約をしていれば別だが、愛人を専門の仕事にしている人でなければそこに気がつく事もあまりないと聞く。
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