121 洛神珠ー2
挨拶を望んでいる貴族の列が終わると、やっとゆっくりと会場を見渡すことが出来るようになった。
「伯爵家以上の家が招待されているからか、あからさまに自分の娘を側妃に推薦してきたり、愛妾にさせようとしたりする視線は想定より少なかった」
「そういう望みを持つ家は既にオル様に申し込みをしておりますもの。本日そのような視線を向けてきたのは諦められないか身の程をわきまえない家の者ですわ」
「側妃はベティとの相性と能力重視なのに、今の時点で声がかからないなら望みが薄いと理解して欲しいものだ」
「社交界デビュー前のご令嬢が居る家もありますし、望みは捨てられないのかもしれませんわ」
「迷惑な事だな」
ティオル殿下はそう言うと侍従から渡されたグラスに口をつけた。
「まあ、側妃になりたいと言う者は能力不足と切って捨てられるが、面倒なのは愛妾希望の者だな。人の金で贅沢をしたいという根性が気に入らない。ただでさえ僕はベティとの番の魔術を実行するのに、無駄な私財を使う気はないのだがな」
「過去には負担をかけないよう、実家の財産をそれなりに受け継いだ後に愛妾になった方もいますが、ほとんどの方は生活全般を王太子や王の私財で賄いますわよね」
「困ったものだな。正室はもちろん、側室にもできない。子供も作れないが私財をなげうってでも傍に置きたいなど、古典恋愛小説の中だけにして欲しいものだ」
ティオル殿下は心の底からそう思っているようで、わたくしとの婚約が決まってからも、特に下位貴族の令嬢から送られてくる秋波にうんざりしているらしい。
そういった令嬢はわたくし経由でティオル殿下に言い寄らない分、余計にしつこかったりするのだ。
自分の立ち位置と損得勘定を主に考えて、わたくし経由で愛妾になろうとしていた高位貴族令嬢は綺麗にいなくなっている。
それはティオル殿下の発言で、これ以上愛妾の座を狙うよりも、他の高位貴族子息の正妻を狙った方がマシだと思ったからだろう。
下位貴族の令嬢の中には、本気でティオル殿下に恋をしていて、傍にいることが出来るだけで満足だと言う者も居るらしいが、そういう令嬢に限って持参金はろくに用意できなかったりする。
前世で、お金で愛は買えないという人がいたが、わたくしはお金がなければ愛を貫くことは難しいと思っている。
推し活にだって資金は必要だったのだ。
それが愛し合う家族となっての生活ともなれば、お金が無くては始まらないだろう。
財布の余裕は心の余裕なのだ。
「側妃候補はわたくしが推薦した方々で決まりましたが、大丈夫でしたかしら?」
「問題ない。ベティも気心が知れているだろうし、王家の調査でも問題はなかったからな」
「最低5人と言われておりますが、どこか気になる家はございまして?」
「特にないな。貴族のパワーバランスに関しても、今のところ余程おかしな所でなければ気にせずにいてくれていい」
つまりは、能力がありわたくしとの相性がよい身元のしっかりした令嬢ならよいということだろう。
しかしながら、高位貴族と下位貴族はそもそも学ぶ内容の基準が異なるため、下位貴族の令嬢が側妃になる確率はほぼない。
なれたとしたら余程才能のある者だが、改めて行われる側妃教育はより厳しいものになることが予想される。
まず国に対する考え方、貴族としての在り方が高位貴族と下位貴族では異なっているのだから、学び直すのは苦労するだろう。
「しかし予想の範囲内とはいえ、僕達の婚約披露に合わせて自分の子供の婚約を広めたり、話を進めたりする家が多いな」
「それは仕方がありませんわ。今まで話を止めて居た家が一斉に動き始めたのですもの」
正室や側室、愛妾になる事が出来ないと早々に判断した家は、以前より水面下で進めていた婚約の話を一気に表にだし本格的に動きだした。
初動が遅ければ優良物件はどんどん埋まってしまうのだから当然だろう。
家長は家のために跡取りに指名している子供に優秀な伴侶を探し、まだ跡取りに指名されていない野心の強い子供は、自分が跡取りに指名されるように優秀な相手を探す。
選ばれる方だって相手を見定めなければいけない。
跡取りに指名されたからと言って、性格がいいとは限らないし、その家族に問題がないとは断言できない。
また、家督争いをしている者と伴侶になる場合、もし家督を継げなかったあとはどうなるのかも考えておく必要がある。
それに、自分の実家にとってその婚約が有益なのかも考慮しなければ政略の意味が無い。
また、魔術学院に通っている者は、多少の遊びに目をつぶる度量も重要視するかもしれない。
婚約をしない令嬢の中には元々わたくしの専属メイドの座を狙う者もいるし、婚約を決めている者の中には、出産の時期を合わせて子供の乳母の座を狙っている者もいる。
親が引退すると、例外を除き跡取り以外は平民となるが、騎士爵を得たり実家に所属したりして立場を守ることが多い。
その他にも平民となったとしても王城勤めになれば給金はよいし寝る場所にも困らず、身分だって保証される。
平民になった者から見ても良い就職先なのだが、元々の平民から見ても憧れる職場だ。
なんと言っても、上手くすれば貴族に見染められて愛人になれる可能性だってあるのだから、夢を見たい者にはちょうどいいのだろう。
純粋な平民が働く場所はほぼ下働きで、下位貴族とですら出会いがほぼないというのが現実だが、彼らにとっては平民が貴族と結ばれたという事実が重要らしい。
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