119 釣浮草ー11
本日の王太子妃教育が終わるとティオル殿下とのお茶会の時間になる。
先ほど言われたように今日のお茶会は婚約披露の夜会でのわたくしのドレスに関しての話になるのだろう。
ティオル殿下の私室に行くと、顔パスで中に通される。
すでにティオル殿下は着席していてわたくしの姿を確認するとにっこりと微笑んできた。
うーん……いつものことだけど、トキメキが激しいから勘弁してほしい。
わたくしの精神年齢はおばあちゃんなのにこのトキメキは心臓に悪いんじゃないだろうか。
「お待たせいたしました」
「いや、時間通りだ。座ってくれ」
「はい」
ついティオル殿下の対面に着席しようと足を動かすと、一瞬だけティオル殿下の眉が動いたので慌てて軌道を修正してティオル殿下の隣に着席する。
まだ婚約者なのに隣合って座るのはありなのだろうか?
でもこれはティオル殿下の希望だからな、しかたがない。
うん、決して隣に座るとティオル殿下のコロンの香りにドキドキして心臓が痛くなるとか、距離が近くてふいに膝とか手が当たって心臓が止まりそうになるとか……そんなラッキースケベな事を期待しているわけではない。
うぅ、ティオル殿下の香りやっぱり好きだな。どこのメーカーのコロンを使っているのだろうか。
はあ、お茶を飲んで心を落ち着けよう……。あ、このお茶おいしい。
「今日の授業はどうだった?」
「いつも通り復習をしたぐらいですわ。なんだか教師の皆様に申し訳ない気分ですわね」
「それだけベティが優秀だという事だ。母上……王妃様も契約がなかったらすぐにでも公務メンバーにベティを組み込んだだろうな」
「多少の公務を請け負うぐらいでしたらわたくしはかまいませんのよ?」
「僕が困る。こうしてベティと過ごす時間が減ってしまうじゃないか。授業ですることがほぼないのなら、その分僕との時間を作って欲しい」
「は、はい……」
ああ、そんな言葉を恥ずかしげもなく言われたら、わたくしの心臓がお亡くなりになってしまいそうだ。
わざとか? 悪役令嬢断罪ルートではなく溺愛死ルートを狙っているのか?
「わたくしも、オル様とこうして過ごす時間を持てる事は嬉しく思いますわ」
「そうか。ベティもそう思ってくれると僕はとても嬉しい」
あぅ……そんな嬉しそうな熱い視線を向けられると恥ずかしいんだがっ!
だめだ、今まで必死に作り上げてきたベアトリーチェ像が崩れてしまう!
「あ、あのっ! ドレスの話し合いをするのですわよね?」
「そうだな。ベティには僕の色を纏ってもらいたいが、いいだろうか?」
「もちろん、オル様の色を纏えるのは婚約者であるわたくしの特権ですわ」
「ありがとう。それで、いくつかデザイン案を用意したんだが、ベティが気に入ったものを仕立てたいと思う」
「なんだか、王妃様とオル様からいただくドレスで衣裳部屋が埋まってしまいそうですわ」
「王太子妃用の衣裳部屋が狭かったか? 場所が無いようなら隣室を改造して衣裳部屋にしよう」
「いえっそこまでしていただかなくとも大丈夫ですわ」
本気だ。本気の目だぞ、これは。
確かに我が家の衣裳部屋は既に目いっぱい詰め込まれていて空き部屋を臨時の衣裳部屋にしているが、王城にまで衣装専用の部屋を構えるのはどうかと思う。
「遠慮はいらないぞ」
「本心から申しておりますわ」
「そうか……。まあ、必要になったらいつでも言ってくれ。王妃様もベティの衣裳を作るのが楽しみで仕方がないようだ」
「わたくしの衣裳を仕立てるぐらいでしたらゾフィ殿下の衣裳を仕立てればよろしいと思いますわ」
「姉上はもうすぐ嫁いでしまうし、あちらの家がすでに姉上のドレスを仕立て始めているからな。母上も遠慮しているのだろう」
「そうですの……」
エメリア殿下は王妃様の実子じゃないからドレスを仕立てるのは微妙なのかもしれないし、そうなるとターゲットになるのはわたくしというわけなのか。
でも、王妃様は今まで散財らしいことをしてこなかったはずなのに、なぜ急にわたくしにお金をかけるようになったのだろうか?
「通常ならドレスなどの装飾品は婚約者が用意するものなのだが、姉上の嫁ぎ先が娘が出来る事を思いのほか喜んでいるようでな、これでもかと貢いでいるんだ」
「はあ、そうですの」
「母上はどうもそれに触発されたらしい。もともと王妃予算を散々余らせているせいで大臣にせっつかれ、どこかに寄付をするかと悩んでいたらしいから、ちょうどいい使い道を見つけたと思っているのだろう」
想像以上にくだらない理由だった件について!
「まあ、夜会やお茶会を除く公式行事、僕がエスコートをする場面での衣装や装飾品は僕に任せてもらえる分、ましだろう……。姉上の婚約者はそれすらほとんど口出しが出来ないらしいからな」
「そうですの……」
それは嫁ぎ先に大歓迎されている事を喜ばしいと思うべきか、ゾフィ殿下の婚約者様が気の毒だと思うべきかかなり悩みどころだ。
「それで、ドレスのデザインだが」
「はい」
「まず肌を見せるものはやめようと思う」
「……はい?」
「体のラインを強調するようなものもダメだな」
「あの……」
「男の視線が装飾に向くようにしたいと思っている」
「いえ、ちょっとそれはどうかと思いますわ」
「なぜだ? ベティが他の男に肌を見られるなんて耐えがたいし、体のラインが分かるようなドレスを着てよからぬ事を考えるものが現れるかもしれないだろう。装飾を大げさにして注目をそちらに集めれば」
「デイドレスであってもそんな不恰好なものはお断りですわ」
「むっ」
だめだ、ティオル殿下にドレスのデザインを任せたら絶対にダメだ。
「よろしいですかオル様。お分かりかとは思いますがドレスには流行と言うものがあり、それ以前に婚約披露では夜会用のドレスを着用するのです。わたくしはオル様と婚約したとはいえ婚前の身、デビュタントでもないのに肌を見せないドレスを着れば笑いものになりますわ」
しかも体のラインを出さないのはまあギリギリデザイン次第で何とかなる可能性もあるが、装飾品を大げさにしてそちらに注目を集めるとか、それなんて道化。
絶対にありえない。
その後、話し合いと言う名の大修正を行い、なんとか双方納得のいく(言いくるめた)デザインが決まった。
「これでは肌が見えるのと変わらないではないか」
「肌が露出する部分にはほぼレースを使用しておりますわ。胸元までしっかりとカバーされておりますし、腕はロング丈のグローブを着用いたします」
「だが、胸は強調されているし、腰の細さだってわかってしまう」
「胸元はレースで隠れていますし、コルセットの都合上多少強調されるのはしかたがございませんわ。腰に関してはオル様のご希望通り大き目の花型のリボンをつける事で注目をずらしているではありませんの」
「むぅ……」
言いくるめたものの、ティオル殿下はよほどわたくしのドレス姿に注目を集めたくないらしい。
でも、ティオル殿下の希望通りのドレスを着たら別の意味で注目を浴びるし、S.ピオニーの経営者としての品格と評判がズタボロになってしまうから絶対に妥協は出来ない。
ドレスのデザインは決まったものの、ティオル殿下は今度マダム・スカーレットを呼び出して細かな部分を決めると言い出した。
これはあれだな、装飾品にいたるあれやこれやにも色々口を出すつもりなのだろう。
わたくしも付き添って注意してティオル殿下の暴走を止めなければ……。
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