115 釣浮草ー7
陛下の宣言通り、わたくしとティオル殿下の婚約が正式に結ばれたことは、翌日には貴族中に広まっていた。
いったいどんな情報網を使ったんだと問いただしたいが、王城に出仕している噂大好きな貴族を使えば簡単なのかもしれない。
流石に地方を拠点にしている貴族に情報が伝わるのは少し時間がかかるだろうが、少なくとも王都にいる貴族全員に話は伝わっていると考えていい。
その証拠に婚約をしたのは昨日なのにも関わらず、今日は朝から友人を始めとしたさまざまな生徒や教師からお祝いの言葉をかけられた。
正直気疲れしてしまうのだが、こんなことで笑顔を崩すわけにもいかず、様々な人からかけられるお祝いの言葉に対して笑顔でお礼を言い続けた。
そして昼食の時間。
迎えに来たティオル殿下と一緒に王族専用スペースに行くとやっと一息つくことが出来た。
「大変そうですね、ベアトリーチェ嬢」
ゲオルグ殿下が気の毒そうにそう言うので、わたくしは力のない笑みを浮かべた。
「兄様は側近候補がガードしているのでそれほどではないでしょうけど、ベアトリーチェ嬢はまだ正式な側近というか、ガードに回る側妃候補が決まっていませんからね」
「そうですわね。いつも一緒にいる友人達も婚約したことがおめでたいと浮かれておりまして、ガードするというよりも祝われることに喜びを感じているようですわ」
「しばらくはこの騒ぎは続きそうですし、早急に対策を取るべきでしょうね。ベアトリーチェ嬢がいつもいる友人に早めにガードをするように指示を出したほうがいいかもしれません」
「そうですわね」
彼女達なら事情を話せば喜んでガードに回るだろうが、お祝いの言葉をかけられすぎて疲れると言ってもいいものなのだろうか?
一応相手は好意の表れとしてわたくしを祝っている手前、何でもかんでもガードしてもらうのは申し訳がないような気がしてしまう。
「祝いの言葉が迷惑ならそのように言えばいい」
「いえ、迷惑と言うわけではありませんの。ただ、絶え間なく頻繁にかわるがわる声をかけられて気が休まる時がないのですわ」
「なるほど」
ティオル殿下は納得したように頷くと、急に席を立って王族専用スペースを出て行ってしまった。
驚いたものの、わたくしとゲオルグ殿下が慌てて後を追っていけば、ティオル殿下は食堂で食事をとる生徒をじっと見据えていた。
当然ながら食堂にいる生徒はいつもよりも早く王族専用スペースから出てきて、食堂から立ち去るわけでもなく自分達を眺めているティオル殿下が気にならないはずもなく、あからさまに見るものやチラチラと視線を投げる者など様々な反応を見せている。
「皆、聞いてくれ」
ティオル殿下が突然大きな声を出したので、流石に全員がティオル殿下に注目した。
「僕とベアトリーチェ嬢の婚約を祝い、声をかけてくれるのは大変うれしく思っている。しかしながら、ここは学び舎である魔術学院だ。個々に祝いの言葉をかけられそれに応えきる事は難しい。その気持ちはありがたいが、祝いの言葉を送りたいと考えてくれるのなら、その気持ちは僕達を穏やかに見守る気持ちに変えて欲しい」
いきなり何を言い出した!?
わたくしも隣にいるゲオルグ殿下も驚いてティオル殿下を凝視してしまう。
「祝いの書状を送ろうと考えている家も多くあるだろう。だが、それも遠慮してもらいたい。僕とベアトリーチェ嬢の婚約に文句のある者の意見は聞くが、賛同してくれる者はどうか穏やかに見守って欲しい」
ティオル殿下の言葉に食堂には何とも言えない空気が流れた。
祝いの言葉をかけたいのはやまやまだが、ティオル殿下の言葉によりわたくし達の婚約に関して何かを言う場合は文句があるとみなす可能性があると言ったのだ。
それがたとえ純粋なお祝いの気持ちからの言葉だとしても、この宣言により遠回しな嫌味を言っているととらえられる可能性が出てくる。
確かにこの言葉により、今後簡単にお祝いの言葉をかけることは出来なくなった。
うーん、お祝いの言葉をかけられるのに気疲れをするとは言ったが、こんな宣言をして大丈夫なのだろうか。
心配になっていると、言ったことに満足したのかティオル殿下は改めて食堂にいる生徒を見渡し、この事を他の生徒や教師にも広めるようにと言って、わたくしをエスコートしながら王族専用スペースに戻った。
「これでいたずらにお祝いの言葉をかけてくる者はいなくなるだろう」
自慢気な顔で言うティオル殿下に、わたくしとゲオルグ殿下はどう言葉を返せばいいのかわからず、微妙な表情を浮かべてしまう。
「兄様、確かに無用に祝いの言葉をかけてくる者はほぼいなくなるでしょうが、その……あのように宣言をすると、祝いの言葉を煩わしく思っていると受け取られる可能性があります」
「実際迷惑しているのだから間違っていない。僕だって側近候補のガードがあるとはいえ朝からもの言いたげな視線を寄こされて鬱陶しかったからな」
そう言ってティオル殿下は席に着くと食事を再開した。
わたくしとゲオルグ殿下は何とも言えない気持ちのまま視線を交わした後、お互いに諦めたように息を吐き出して同じように席に座って食事を再開することにした。
「それにしても、王妃様ではありませんが側妃候補の選抜は急いだほうがいいかもしれませんね」
「そうだな。側近候補と同じ扱いになるのだから、側妃候補になれば心構えも変わってくるだろう」
いや、わたくしの友人達はすでに側妃候補としてやる気満々なのだが、正式に側妃候補になったとして何が変わるのだろうか?
ともあれ、異例ともいえるティオル殿下の宣言により、昼休み以降わたくしに対して婚約祝いの言葉をかけてくる人はいなくなったのは確かだ。
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