114 釣浮草ー6
あのまま王城に両親と一緒に登城し、正式に婚約届と婚前契約書にサインをすると、立ち会っていた陛下と王妃様、宰相があからさまにほっとした顔をした。
わたくしはティオル殿下の気持ちを受け入れると言っていたのだが、本当に婚約するかそんなに心配だったのだろうか。
その場で陛下が許可の玉璽を押したため、正式にわたくしはティオル殿下の婚約者になったわけなのだが、何ともあっさりしているという感想だ。
もっとも、これからが忙しいのだが……。
「婚約披露の夜会の準備をしないといけないな」
「ティオルの王太子就任披露の夜会の予定を立てているのですし、そこで一緒に婚約披露もすればよいではありませんか」
「そうだな。まあ、2人が婚約したことは直ぐに広めるし、婚約披露の夜会を開いたところで今さら感がぬぐえないだろうな」
「それでもしないわけにはいきませんよ」
陛下と王妃様が最速で夜会を開かなければと意気込んでいる。
それにしても、今、広めると言わなかったか? 広まるではなく広めるって、王家側から噂をばらまく気満々なのか。
なぜだろう、絶対に逃がさないという意気込みを感じる。
「そうだわ! 夜会の前にお茶会をしないと! そうよね、ベアトリーチェ」
「え、お茶会を開きますの?」
別に夜会での婚約披露で十分なのでは?
「だって、側妃候補を選ばなくてはいけないでしょう? ティオルは意見を出さないのだから、ベアトリーチェが候補を選出しなければいけないわ」
「なるほど?」
「愚かな思考をもったご令嬢方は除くとして、ベアトリーチェが親しくしている友人がやはり最も有力よね? 彼女たちは側妃になる事を承諾しているのかしら? もちろん、年齢的にまだ社交界デビューをしていない優秀なご令嬢もいるでしょうから、開くお茶会で全ての側妃を決定することはないでしょうけど、それでも魔術学院卒業後すぐに結婚するのだから、王太子妃教育と並んで側妃教育も進めておくべきなのよ」
「……なるほど?」
「ベアトリーチェの友人なら問題はないと思うけれど、王家から対象のご令嬢に調査を入れる事は許してほしいわ。本人に問題がなくても家に問題があったら大変だし、側妃になってすぐに想い人が出来て降嫁するなんてことになったら、ベアトリーチェに負担がかかってしまうもの」
「…………なるほど?」
「そうそう、側妃の住まう場所だけれどやはり後宮エリアになるわね。陛下の持つ後宮エリアと王太子の後宮エリアは違うとはいえ近い場所にあるから、陛下の側妃とゲオルグ、エメリアが居るのは許してほしいわ。ゾフィは2人が結婚する前には公爵家に降嫁しているはずだから大丈夫よ。もちろん陛下の後宮にいる者が、王太子の側妃になる子にちょっかいをかけるような馬鹿な真似をさせるつもりはないから安心してちょうだい」
「……………………お心遣い痛み入ります?」
当人よりも周囲が盛り上がると、なんというか……置いてきぼり感が激しいな。
わたくしを気遣っての事だとわかるのだが、外堀をどんどこ埋められているような感じと言うか、包囲網を形成されているような感じと言うか……。
「そうだベアトリーチェ嬢」
「なんでしょうか、ティオル殿下」
「婚前契約書にもあるように、僕が必要以上に君以外の女性と接触を取った場合、多額の慰謝料はもとより、君からの婚約解消の申し込みを拒否することはない。この件に関してはなぜかジョセフが執拗なまでに念を押してきたんだが、僕はそんなに信用がないのだろうか?」
「まあ、そのようなことは……」
ヒロインのことがあるからジョセフ様は警戒してくれているんだろうな。
ジョセフ様も新年祭でティオル殿下とロクサーナ様がダンスを踊っていないので、そのルートはなくなった可能性が高いとは思っているようだが、ゲームとそもそもの設定が変わってしまっているので油断は出来ないと考えているのだろう。
リャンシュ様が本人から聞いた話によると、異性として好き合っている者同士が肉体関係を持つことは当たり前だと考えているようだし、ロクサーナ様がティオル殿下を好きになって、ティオル殿下も強制力で気持ちが傾いたらどうなるかわからない。
「まあ、ジョセフもベアトリーチェ嬢を諦めた側だし、僕に誠実であってほしいんだろう」
「そもそもジョセフ様とはそのような関係ではないのですが……」
「ベアトリーチェ嬢にその気がなくとも、ジョセフはベアトリーチェ嬢に想いを寄せていたさ」
いや、わたくし達は『誘惑のサイケデリック』という共通の知識で交流を深めているだけで、本当に心配されるような関係ではないのだが、まさかそのことを言うわけにはいかないからな、誤解を解くことは難しそうだ。
「まあ、番の魔術を施すのだから、僕がベアトリーチェ嬢以外と何かあるわけがない」
「それはそうですわね」
確かに、番の魔術を施せばティオル殿下はわたくし以外との性交渉は出来なくなるし、真偽は定かではないが口づけも出来なくなるとも聞く。
ふむ、その状況では確かにロクサーナ様がティオル殿下を好きになって、強制力でティオル殿下の感情が変わってもどうしようもないのか。
その点は安心だが、それこそ心の癒しとか言い出して愛妾にするなどということになったら、わたくしは即婚約解消をしてこの国を出そうだな。
ともあれ、わたくしとティオル殿下の婚約はこうして問題なく(?)整う事になった。
今後結婚するまでの間、わたくしは準王族として扱われることになる。
魔術学院での昼食も今までのように友人とではなく王族専用スペースでとる事になるし、学院が終わり次第放課後は王家が用意した馬車で王城に向かい王太子妃教育を受けるし、帰りはもちろん王家が用意した馬車で送ってもらう事になる。
王太子の婚約者ということで予算があてがわれ、ティオル殿下への贈り物や公的行事で着用するドレスや装飾品はその予算から捻出することになり、オーバーする場合のみシャルトレッド公爵家もしくはわたくしの私財を使用することになる。
とはいえ、公式行事でティオル殿下がわたくしをエスコートする場合、ドレスや装飾品はティオル殿下が用意するのが慣例なのであまり使用することはなさそうだ。
ちなみに、王太子には王太子が個人的に使用する予算とは別に婚約者用の予算が組み込まれている。
これは婚約者に使用する事のみが許されており、主に贈呈品に使用されるのだが、デートや旅行などの外出の際に使用する細々とした費用としても使う事が許されているが、これに関しては王太子の個人予算で支払われることが多いらしい。
ちなみに、王太子にあてがわれる個人予算とティオル殿下の私財は別物だ。
婚前契約書にはわたくしにあてがわれる予算の他、ティオル殿下に割り振られた婚約者に使用するための予算もしっかり記載されていたが、結構な金額とだけ言っておこう。
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