110 釣浮草ー2
「先日、フォーリン伯爵夫人が主催するお茶会に参加したのですが、噂のご令嬢も招待されていたんですよ」
放課後、帰宅する前に立ち寄った学院内のカフェで不意に友人が話題を提供してきた。
今噂の令嬢となると、わたくしかロクサーナ様であり、わたくしの話でないとなればロクサーナ様しかいない。
「フォーリン伯爵夫人は、バスキ伯爵夫人と学院時代に親しくしていたそうで、お茶会で会えるのを楽しみにしていたのに、妊娠による体調不良で代理が出席したことをひどく残念がっていました」
「あら、面白がっていた、の間違いではないんですか?」
「そうとも言いますね。だって、フォーリン伯爵夫人とバスキ伯爵夫人が学院時代に親しくしていたなんて、今まで聞いたことがありませんもの。そもそもご年齢的に学院時代に学友として親しくしていたというには無理がありますよ」
「社交界デビューを果たした学院生活中に行った社交活動で親しくしていた、ということならつじつまは合うのではありませんか?」
「ふふ、それなら普通に親しくしていた、でいいと思いますけどね」
こういった現象は、前世でいえば宝くじの高額当選をしたり、有名人になったりした途端、よく知らない親戚が接触してきたり、いつのまにか友人だと名乗って遊びに誘う人間が増える現象と同じだろう。
実際、自称友人達はバスキ伯爵夫人個人宛ではなく、バスキ伯爵家宛にお茶会の招待状を送っているのだ。
個人宛なら本人の体調により不参加とすることが容易だが、家宛に届けられており参加できる存在が居る以上、考えなしに不参加の返事を出すことは難しい。
まあ、わたくしのように初めから社交を徹底的に最低限にしているというのなら別ではあるが、それはわたくしの場合は公爵令嬢であり、王太子の最有力婚約者候補という肩書もあるから許されていることだ。
「でも面白いのはフォーリン伯爵夫人に、出席したのが代理のロクサーナ様で残念だと言われた本人の反応でした」
「もしかして嫌味を返しましたの?」
ロクサーナ様も貴族だからな。多少の嫌味に嫌味を返すぐらいの芸当は出来るはずだ。
「あれは嫌味といえるかどうか」
苦笑する友人に、話を聞いている全員が首をかしげる。
「代理で出席したロクサーナ様はこうおっしゃいました。『バスキ伯爵夫人の代理としてあたしが参加することになるけれど、それでもいいのなら招待をお受けすると返事をしたら快諾してくれたのに、どうして残念がるんですか? それなら最初からあたしの参加を認めなければよかったじゃないですか』と」
「それは……」
「正論ですわね。そのような事を言われてはフォーリン伯爵夫人も分が悪くなってしまいますわ」
「はい。参加していた他の方々もその言葉に困ってしまいました」
相変わらず言っている事は間違っているように聞こえないからすごいな、ロクサーナ様。
そんな正論を言われたら悪いのはロクサーナ様が来るとわかって招待したのに、文句をいったフォーリン伯爵夫人になる。
「他にも参加していた別の方が、ロクサーナ様とバスキ伯爵の親しすぎる仲について、あまりにも親密な兄弟関係にバスキ伯爵夫人は不安でしょうね、と言ったんです」
「ストレートな言葉ですね。まあ、流れている噂を聞けば誰もが気になる事ではありますけれど……」
「それにロクサーナ様は、『それについてはあたし達も困ってます。あたしがお兄様と仲がいいことは、歓迎すべきことなのに不安に思われたらどうしたらいいのか……。そもそも、お兄様はお義姉様をちゃんと尊重していたのに、部屋に引きこもってしまってお兄様を拒絶しているのはお義姉様なんですよ。思うことがあるのなら、部屋を出るかお兄様を呼んで話をするべきだと思いませんか?』とおっしゃったんです」
「それもまた正論ですわね」
ただ、どこか論点がずれているようにも感じる。
尊重していたのなら、そもそもロクサーナ様と肉体関係を持つことはおかしいのではないだろうか?
いや、同時期にバスキ伯爵夫人も妊娠していたのだから、彼女が妊娠することを諦めない姿勢を取り続けた事はある意味尊重していると言える……のだろうか?
もっとも、現状は部屋に引きこもっている妻を見舞わない状態なのでとても尊重しているとは言えない。
「なんでも勝手に不満を抱いて部屋に引きこもった上に、状況を良くしようと努力してお見舞いをしているロクサーナ様を邪険にあつかうのは、心の病が悪化していっている証拠で、世話をしている次兄がどれほど心を砕いているか理解してあげないのは、家族にとって幸せな事じゃなくてひどく残念だそうです」
無理やり犯してくる男に世話をされて喜ぶ女は少ないと思うが、ロクサーナ様の中ではそうではないらしい。
いや、もしかしたら薬を使って無理やり犯している事実を知らないだけかもしれない。
なんせ彼女の中では抵抗しなかったから、バスキ伯爵夫人は次兄を受け入れたという事になっているようだしな。
「ロクサーナ様のおしゃっている事は間違っていませんし、噂通りとても貴族らしいとは思えるのですが、私はお近づきになりたいとは思えませんでした」
「今の話を聞いただけで私もそう思います。古典恋愛小説の女主人公とはなんだか違いますが、それでもなんというか……住む世界がずれているように感じますもの」
その一言に尽きてしまうところが何とも言えない。
ロクサーナ様の考えは間違ってはいない。ただ、手順と順番を守っていないだけだ。
確かに手順と順番を守っていないことは問題なのだが、それでもバスキ伯爵家が行ってしまった子供の出生を偽る事以外は、取り立てて責められることではない。貴族にとっては、だけれども。
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