11 翁草ー3
「王妃様は当分このテーブルには来ないからのんびり話でもしていよう」
「そうなのか?」
「あそこのテーブルが最初で、ここのテーブルは最後だそうだから」
「序列はいいのか?」
「本来ならここを最初に、最後の締めをあそこならわかるんだが、王妃様の中ではエメリアの婚約も早めにまとめたいらしい」
ふーん? でも『誘惑のサイケデリック』ではエメリア殿下に婚約者なんていなかったから無理だと思う。
隣のテーブルは王妃様を中心に和気あいあいとした雰囲気。
王妃様は社交が上手だから場を盛り上げるのがうまいんだよね。それでいて周囲に迷惑にならないように調整も出来る。
お母様もそうだけど純粋にその技術はすごい。
王家の方々が着席した後すぐにメイドや侍従によって各席にお茶が提供されているので、それを一口飲むと僅かな渋みと程よい甘さが口の中に広がっていく。
バーレンチ国の特産品のお茶の一つだ。確かルーンセイとの国境とは逆側の国土で栽培される物で、こちらにはあまり流通していない。
参加するたびに思うけど、やっぱり王家ともなると珍しいお茶も気軽に飲んでいるものなんだろうな。
わたくし個人としてはハーブティーが大好きなので、タウンハウスの庭にハーブ園を作って自家製ハーブティーを作ったり色々なところから買い付けたりしている。
「ベアトリーチェ嬢、先日話したお茶会の招待客の件は進んでいるか?」
まだに決まっているだろうが。
「申し訳ございません、本日のお茶会でご相談しようとしているご令嬢もおりますので、まだ何も決まっておりませんわ」
「そうか、アーシェン嬢には今日言う予定だったか」
「はい」
「僕としたことが楽しみすぎて気がせいでいるようだ」
「お茶会を開くのか?」
「うん、今度僕個人でお茶会を主催しようと思って、女性側の招待客のリストをベアトリーチェ嬢に作ってもらうよう依頼したんだ」
そんな話だったか? 物は言いようってこういう事を言うんだろうな。
「ティオルがお茶会を主催なんて珍しい。王妃様に何か言われたのかい?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱりお茶会のほうが令嬢は参加しやすいのかって思って」
「それはそうだろうが、狙いがベアトリーチェ嬢なら抜け駆けなんじゃないか?」
「僕の他にも子息は来るし、令嬢だってベアトリーチェ嬢以外にも来るよ」
「兄様、ボクは誘われていないけど?」
「私も誘われていないな」
誘ってないのか。こっちはジョセフ様含めて来るんじゃないかと覚悟して引き延ばし作戦しているのに。
まぁ来ないなら来ないでいいけど、この状況からして誘わないっていうのは無理そうだ。
あーあ、ティオル殿下のおっちょこちょい。
「わかった、2人と仲間外れはかわいそうだからジョセフの成人祝いが終わったら開催予定という事でジョセフも誘うよ」
結局そうなるんだよなぁ。でもわたくしが令嬢のリストを作らなければ開催できないってわかっているのだろうか。
どこか諦めたような表情になったティオル殿下と、機嫌を直した様子のゲオルグ殿下とアルバート様。
納得がいかないのはわたくしたち姉弟だけか。
というか、グレビールはわたくしの隣で微妙な顔をしているけど、参加したいのか?
今なら言えば多分参加させてもらえるから言えばいいのに。
「グレビール、貴方も参加したいのかしら?」
「え、いや…………いえ、そうですね。参加したいですティオル殿下」
「ゲオルグも来ることになったしもちろん構わない。ベアトリーチェ嬢、令嬢の数は15人ぐらいにしてもらえると助かるよ」
「わかりましたわ」
そういえば何人に絞るとか言われていなかったな。
最初から引き延ばすつもり満々だったから聞いてなかったわ。
絞り切れないから知り合い全員に声をかけてみましたでも悪くなかったかもしれない。
ある意味わたくしの存在が霞むような令嬢もいるしな。
絞る人数を聞いてしまった今となってはその方法は流石に取れないか。
エメリア殿下とアーシェン様を連れて行くなら、残りの悪役令嬢ディアティア様も連れて行かないとのけ者にした感じで嫌だし、参加確定。
ちらっとしっかりこのお茶会にも参加しているのを確認して後で声をかけに行こうと心に決める。
「それじゃあ、開催時期はさっきも言ったようにジョセフの成人祝いの後という事でいいかな?」
「むしろ早いと思いますわ。そんなに早くメンバーが絞れるとは思えませんもの」
にっこりと笑ってくぎを刺しておく。
開催時期を決めるのはこのわたくしだから。
お茶会は魔術学院での様子や、卒業後に官吏として働いているアルバート様の話を中心に進んでいく。
ここにいる全員がしっかり社交術を学んでいるから、特に大きな失敗もなくつつがなくという感じだ。
王妃様は各テーブル5分ぐらいで移動しているらしく、タイミングを見計らって侍従かメイドが合図を送っているのが確認出来る。
伯爵家以上の未婚で婚約者のいない子女が集められたこのお茶会。
参加人数は約………………150人と言ったところだろうか。各テーブルに大体5人座っているから30席王妃様が移動するのを待たなければいけない。
それだけで約2時間半かかる。これはもうお茶会というか軽食会でよくないか?
しかし、これだけの子女がいまだに婚約者を作っていない当たり年って色々な意味で怖いな。
でもまあ、この中の半分以上は内々に婚約話を進めていたりするのだろう。
先日改めてお父様に確認したところ、送られてきた釣り書きのうちいくつかが静かに回収されたと言われたし。
「ベアトリーチェ嬢、こちらの焼き菓子を食べてみないか?」
そう言われてアルバート様に勧められたのは一口サイズのカヌレ。
今ではすっかり馴染みになったお菓子だけれども、前世の記憶を思い出してからわたくしがパティシエに指示を出して作らせ、S.ピオニーで販売して流行らせたものだ。
王家にはレシピを渡しているので、王宮のパティシエならもちろん作れるだろうから出ていても不思議ではないし、過去に王妃様が主催したお茶会にも出されていた。
「そうですわね、いただきますわ」
そう言うと小姓がスッと取り皿にサーブしてくれる。
S.ピオニーで売っている物よりも一回り小さく本格的に一口サイズで、それを口に入れると外側の部分がカリっとしており、中はしっとりと優しい味が広がる。
伝えたレシピに手を加えているようで、味は通常のバニラ味ではなくこれはイチジクをフレーバーとして使っているようだ。
咀嚼してからお茶を一口飲んで口の中に水分を取り戻すと、にっこりと微笑む。
「とてもおいしいですわ」
「ああ、この味付けは初めて食べる。S.ピオニーではない味だよね」
「そうですわね。季節もののフレーバーは取り扱っておりますけれどもイチジクは取り扱っていませんわね。今度研究してみますわ」
「それがいい。この時期に登場するバナナというフレーバーの物もおいしいがこちらもきっと人気が出る」
バナナ味は南に隣接している国からの輸入品で作っているため、少々通年の品よりも値は張るが、独特の風味が気に入られていて期間限定フレーバーとして人気の商品だ。
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