107 蒲桃ー20(ロクサーナ視点)
簡易人物紹介
◆リャンシュ=ホルレイ=スクナラ
隣国ホルレイの第一王子(16)攻略対象(1年)
一人称:吾。黒髪に金色の瞳。
両手を顔の横に置かれて閉じ込められて、そのままキスが降りてくる。
目を閉じてそれを受け入れれば、お兄様は満足そうにあたしとの口づけを楽しんでからゆっくり顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「可愛いロクサーナに惹かれて奪ってしまおうとする輩が現れないか、わたしは心配しているんだ。ダリオンは思い出を作るようにいったかもしれないが、あまり派手な遊びは感心できないな」
「そんな家名を汚すような真似はしませんよ」
あたしもにっこりと微笑んで言葉を返す。
「でも、何もできないお義姉様の代わりに社交はしないとだめでしょう?」
「まったく、アナシアがもっとうまく立ち回ればロクサーナの負担も少なくて済むんだけどね」
「仕方がありません。だって、お義姉様は可哀そうな人なんですよ。せっかく授かった子供を無事に産んであげる事が出来なかった、気の毒な人なんです」
「まあ、それに関しては同情するけどね」
「でも不思議ですよね。あたしがお義姉様の代わりになってあげたのに、お義姉様は何が気に入らないんでしょうか? 跡取りだって出来たし、家の事はあたしがちゃんとやってるんですよ? 心の病だからって、いつまでも悲劇のヒロインのように落ち込んでるなんて、あたし達家族に悪いと思わないのかしら?」
皆幸せなはずなのに、足りないって言わんばかりにふさぎ込んで部屋に引きこもってるお義姉様。
色々な人に気を使われているし、あんなに愛されているのに何が気に入らないのかしら。
でも、きっと心の病気だからしかたがないのかもしれないわ。
お腹の子供が無事に生まれてくれば、きっと心の病なんてどこかに飛んで行ってしまって、お義姉様は愛してくれる人や子供と一緒に幸せに暮らすんだわ。
「アナシアは貴族の貴婦人としての自覚が足りなかったのかもしれないね。その点、ロクサーナはしっかりと務めを果たしてくれている」
「当たり前ですよ。あたしは伯爵家の娘なんですから、少しでも家のためにお役に立たなくちゃ」
「偉いね、ロクサーナ」
そう言ってお兄様がまたキスをしてくる。
手はいつの間にか顔の両脇から離れていて、スルスルと体を撫でてあたしの気分を落ち着かせてくれる。
いつの間にか胸元のボタンが外されていて、お兄様の指が直接肌に触れた。
「お兄様、ここは王城ですよ?」
「休憩室はこういう目的で使用されることもあるから、何の問題もないよ」
お兄様の言葉にそうなのか、と納得した。
鎖骨に触れた唇の感触にトクンと心臓が高鳴って、思わずお兄様の服を掴む。
顔を上げて安心させるように微笑んだお兄様が何かを口に含むとそのまま深いキスをしてくれる。
押し込まれた薬をいつものように素直に飲み込んだのを確認して、お兄様の手が残ったボタンを外していった。
休憩室に備え付けのお風呂でお兄様と一緒に体を洗って、ガウンを身に着けたところでメイドと侍従を呼ぶ。
静かに入ってきた2人にそろそろ会場に戻るから着替える事をお兄様が伝えると、何も言わずにメイドがあたしに新しいドレスを着せてくれた。
最初のドレスと似たようなデザインだけど、スカートにボリュームが増えて、上半身の刺繍も変わっている。
とはいえ、白地に白の糸で刺繍されているから、気づく人はあんまりいなさそう。
でも、このドレスを着ている今夜は、あたしにお姫様の魔法がかかって色々な人に守られるのよね。
そうだ! 家に帰ったらお義姉様に今日のデビュタントがどれほど楽しかったか報告しよう。
長い間社交界から離れていたんだもの、話を聞いて社交界に戻りたいって考えるかもしれないわ。
その思いをきっかけに元気になってくれれば、これほどいいことはないわよね。
着替え終わってお兄様のほうを見ると、着替えはとっくに終わっていたみたいであたしの事を嬉しそうに見ている。
近づいてきたお兄様は仕上げと言って、プレゼントのネックレスをつけてくれた。
そのままお兄様にエスコートされて部屋を出たところで、タイミングが重なった何人かの貴族の人と会ったけど、皆なんだか意味深な顔をしてくるだけで何の挨拶もしてくれない。
会場に戻るまでは休憩中だから、挨拶をしないのが常識なのかしら?
不思議に思ったけど、会場に近づくにつれて意味深な顔をする人も少なくなったからその事を忘れる事にした。
再び入る事になった会場の中は幾分人が減っているけれども、それでも多くの人が踊ったりおしゃべりをしたり、おいしそうに料理を食べて過ごしている。
王家の人が居るほうを見れば、そこには誰の姿もなく、王家の人も休憩をするんだってへんなところで驚いてしまった。
そうよね、王家の人だって人間なんだもの。疲れることだってあるわよね。
お兄様が挨拶周りは一通り終わっていると言っていたように、特に大きく動くわけでもなく、積極的に話しかけるわけでもなくたまにダンスに誘われるぐらいでのんびりとした時間が過ぎていく。
そんな中、ふとバルコニーの出入り口を見てみれば、1人の男の子が出ていくのが見えた。
白い正装じゃないからデビュタントした子じゃないのはわかるけど、大丈夫なのかしら?
メイドがバルコニーは暗くて人目がないから1人で出るのは危険だって言っていたわ。
どうしよう、知らないのなら教えてあげたほうがいいわよね?
「お兄様、少し外の空気を吸ってきてもいいですか?」
「かまわないけど、危ないかもしれないから一緒に行くよ」
「はい」
そう言ってお兄様と一緒にバルコニーに出ると、そこにはやっぱり1人で佇む男の子が居て、不用心だなって思った。
「あの……」
声をかけるけど反応がない。
もしかして具合が悪いのかしら?
「あの、大丈夫ですか?」
もう一度声をかけてみる。
そうするとやっとこっちを向いた男の子と目が合った瞬間、その金色の目に囚われてしまったような気分になった。
「もしや、吾に声をかけているのか?」
「そうですよ」
「……お前は吾を知らないのか?」
「え?」
も、もしかして高位貴族の人? だとしたら許しもなく話しかけてしまったわ。
暗くてよく見えないけど、着ている服の仕立てもよさそうだし……どうしよう。
「申し訳ありませんリャンシュ王子。妹は本日社交界デビューをしたばかりで、世情に疎いのです」
お兄様の言葉に驚いて男の子、リャンシュ王子を見る。
王子って、王家の人? でもさっき壇上にはいなかったわよね?
「そなたは?」
「申し遅れました。バスキ伯爵家当主、ロベルト=オースキン=バスキです。こちらは妹のロクサーナ=ジャルジェ=バスキと申します。お休み中お邪魔して申し訳ありませんでした。わたしどもは直ぐにでも離れますので、ごゆっくりなさってください」
深々と頭を下げたお兄様の真似をしてあたしも頭を下げた。
王家の人の休憩を邪魔しちゃうなんて、とんでもないことをしてしまったわ。
「…………バスキ伯爵家、か。…………当主は戻ってよい。妹は残れ」
「は? いえ、しかし……」
「別にデビュタントしたての娘をどうこうするほど落ちぶれてはいない。ただ休憩を邪魔されたのは事実だからな。少し相手になってもらうだけだ」
その言葉に驚いているお兄様だけど、その顔はどうやってあたしをこの場所から話そうか必死に考えているんだって言うのが分かる。
でも、邪魔をしちゃったのは事実だし、あたしが悪いんだから責任を取るのはあたしだよね。
「大丈夫ですよお兄様。あたしがリャンシュ王子の相手をします」
「しかしロクサーナ」
「そんなに心配なら1時間後に戻ってきてその娘を引き取ればいい」
そこまで言われると流石に従うしかないと思ったのか、お兄様は頭を下げて何度もあたしを振り返りながらバルコニーから離れて行った。
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