106 蒲桃ー19(ロクサーナ視点)
あのあと、挨拶がてらお兄様の許可を得て数人の子息や年上の男性と踊った。
幾人かのご令嬢や夫人ともお話をすることが出来たけれど、皆お義姉様の心配ばかりして、デビュタントをしたばかりのあたしの事はあまり興味がないみたい。
魔術学院に通っているご令嬢や、同じ学年になる令嬢にこれからよろしくとか仲良くして欲しいと言ったけど、ほとんど曖昧な返事しか返ってこなかった。
高位貴族のご令嬢からしたら、あたしは伯爵家の娘だからあんまり相手にされていないのかもしれない。
実際に子爵家や男爵家のご令嬢の何人かは笑顔で「仲良くできるならそうしたいですね」って返してくれたわ。
伯爵家は高位貴族だけど、高位貴族の中では下の方だし、領地経営に忙しいバスキ伯爵家は伯爵家の中でも歴史はあるけど、序列が高いわけではないからしかたがないのかしら。
「ロクサーナ、そろそろ休憩をとる時間だ」
「そうなんですね。わかりましたお兄様。皆様、それでは失礼します」
家門で決められた休憩の順番が回ってきたようで、お兄様と一緒に休憩室に向かう。
休憩室と言っても王城の休憩室は伯爵家のあたしの部屋よりもよっぽど豪華で、流石だって思えてしまう。
こんなに豪華な部屋を1人で使うなんてなんだか申し訳ないわね。
お兄様は隣の部屋に案内されたみたいだけど、一緒の部屋にしてもらえばよかったわ。
家から連れてきたメイドの手を借りて部屋着に着替えてベッドに腰かける。
数時間仮眠をとるように言われたけど、なんだか落ち着かなくて寝れそうにないわ。
そう考えていると、ドアがノックされてメイドが扉を開けるとお兄様が入ってきた。
お兄様はまだ正装のままだけれども、後ろに控えている侍従が着替えを持っているみたい。
「お兄様、どうしたんですか?」
「ロクサーナが心細い思いをしているんじゃないかと思ってね。迷惑だったかな?」
「まさか! その通りだったから嬉しいです」
「そうか。じゃあ、ここで休憩させてもらってもいいかな? わたしが使う予定だった部屋は別の人に回してもらおう」
「やった! 嬉しいです」
お兄様の言葉にベッドから離れて侍従から着替えを受け取る。
あとはあたしがやるからって言うと、いつも通りメイドも侍従も部屋から出て行った。
「お兄様、お着替えを手伝いますね」
「いつもすまないね」
「このぐらいどうってことありませんよ」
服を脱いでいくお兄様を見ながらそう言って、下着を残して裸になったお兄様が服を着ていくのを手伝う。
正式なドレスや正装と違って簡単な部屋着はあたしにも着替えを手伝う事は可能で、お父様にもお兄様にも何度もしているからすっかり手馴れてきたわ。
着替え終わったお兄様に手を引かれてベッドに一緒に座る。
1人で座った時よりも安心感があるのはお兄様が居てくれるおかげね。
「まだ終わっていないけど、社交界デビューの感想はどうだい?」
「なんというか、すごすぎて目が回りそうです」
「王家主催の新年祭だからそう思うのも仕方がないさ。でも家門の大体の当主や主だった貴族には挨拶周りが済んだし、休憩が終わったら少しはゆとりを持って新年祭を楽しむことが出来るよ」
「そうなんですね。それにしても、バスキ伯爵家の良からぬ噂が広まっていて驚きました。全部誤解なのに、信じる人が多くて困りますね」
「父上は当主交代で忙しく火消しに回れなかったし、わたしも噂の当事者だから否定してもあまり効果はないね。ロクサーナも大変だっただろう?」
「はい。特に女性には否定してもあしらわれてしまう事がほとんどでした。中にはお義姉様が出産したらお兄様と離婚するっておっしゃった方もいて、すごく驚きました」
「そんな噂まであるのか」
「ひどい話ですよね。お兄様がお義姉様と離婚するなんてありえないのに」
「アナシアが女主人としての役目を全く果たせていないからそんな噂が出ているのかもしれないね」
「その代わりあたしが女主人として頑張ってますし、これからは社交だって頑張ります。バスキ伯爵家は安泰なのに、皆で面白がるなんて……。そのせいでお義姉様が傷ついたら大変じゃないですか。おなかの赤ちゃんにだって悪い影響が出てしまうかもしれないわ」
お義姉様のお腹の赤ちゃんはバスキ伯爵家の大切な子供なのに、また死産なんてことになったらお義姉様はもっと心を傷つけてしまうわ。
確かにロベルト兄様にはもう子供が2人いるけど、お義姉様の子供が生まれるのをダリオン兄様だって楽しみにしているんだから、無事に生まれてくれなくちゃ困るわ。
「アナシアと離縁なんてしないよ。そんなことをしたらダリオンに怒られてしまう」
「そうですよね」
「せっかく別邸を建てるんだし、無駄にはしたくないさ」
そうよね、お兄様がお義姉様のために別邸を建てるぐらい尊重しているっていうのに、何も知らない人達は勝手に想像して楽しむなんてひどい話だわ。
「以前話したように、ロクサーナは魔術学院を卒業したら一度男爵家に籍を戻して、そのままダリオンと結婚するんだよ」
「はい、わかってます。それがバスキ伯爵家の為なんですよね」
「そうだよ。子供にも母親は必要だからね」
お兄様の言葉に笑顔で頷く。
お父様は子供や孫に囲まれてゆったりと執務を手伝いながら過ごすことが出来るし、ロベルト兄様はお父様とダリオン兄様に手伝ってもらいながら可愛い子供を見守って当主の仕事をしつつ平和な家庭を築くことが出来る。
ダリオン兄様だって、ずっと望んでいた自分だけの最高の家族を手に入れることが出来る。
お義姉様だって愛されて子供まで生まれて幸せな家庭を築くことが出来る。
領地に行ってしまったお母様は、確かに心の病があるかもしれないけど、かわいい孫に恵まれて守るべきバスキ伯爵家は安泰なのだから、幸せに決まってるわ。
子供達だって、優しい父親に世話をしてくれる乳母や使用人、それにあたしがいるんだから幸せになるのは約束されている。
「それにしてもロクサーナも社交界デビューしてしまったんだね」
「どうしたんですかお兄様」
「いや、なんだかロクサーナが大人になってしまったようで寂しくなってしまったよ。今日だってわたし以外の男性と楽しそうに踊っていたじゃないか」
「まあ! 社交は女主人として当然行うべきものですからしかたがありませんよ」
お兄様の言葉がなんだか拗ねているように聞こえて思わず笑ってしまう。
クスクスと笑っているとトンと肩を押されてベッドに押し倒されてしまった。
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