105 蒲桃ー18(ロクサーナ視点)
「やぁ、シャルルにアーシェンじゃないか。叔母上達と一緒に居なくて大丈夫なのか?」
「問題ないですよ。それにしても、ファルク兄さんこそこんな可愛らしいご令嬢と一緒だなんて、どうしたんですか?」
「こちらのお嬢さんの保護者が麗しの女性陣に捕まってしまっているから、その間の仮の保護者を名乗り出ているだけだよ」
ファルク様の言葉に男の子が「そうですか」と言って頷いたけど、女の子は男の子の後ろに隠れながらあたしのことをじっと見てくる。
もしかして友達になってくれるのかな?
でも、紹介されるとか特別な場合を除いたら名乗り合っていない相手に格下の人間が名乗っちゃいけないのよね。
この2人はファルク様同様に仕立ての良い服を着ているから絶対に高位貴族だもの、あたしから名乗るなんて出来ないわ。
名乗ってくれないかしら、と思って2人を見ていると女の子と目が合ったのでにっこり微笑むと、なぜか目をそらされてしまった。
なんで?
「ああ、妹は人見知りが激しいんですよ。気分を害してしまったら申し訳ありません」
「えっそんな……あたしこそぶしつけに見てしまってごめんなさい」
慌てて頭を下げた。高位貴族の人の機嫌を損ねたらバスキ伯爵家に何をされるかわかったものじゃないわ。
「……ファルクお兄様はいつまでそちらのご令嬢と一緒にいるんですか?」
「こちらのお嬢さんの保護者が戻ってくるまでだね。デビュタント当日の子供を守るのは先に社交界に足を踏み入れている者の義務だよ」
「それはそうですけれど……」
女の子はあたしをじっと見つめてきて、胸元で視線を止めると一瞬眉をしかめて男の子の袖を引っ張った。
「アーシェン、どうしたんですか?」
「デビュタントの日に、白以外を身に着けるご令嬢なんて、ファルクお兄様が気に掛ける必要があるんですか?」
その言葉に驚いて女の子を見てしまう。
白以外を身に着けるって、ドレスはちゃんと白で差し色もいれてないのに何を言ってるの?
「……ああ、なるほど。……まぁネックレスぐらいは大目に見てもいいとは思いますよ。そうですよね、ファルク兄さん」
「まあ、ギリギリルール違反ではないね」
ネックレス? それって出る時にお父様とお兄様がデビュタントのお祝いってくれたこのネックレスの事?
バスキ伯爵家の色を身にまとって欲しいって言われたからつけてるのに、だめだったの?
それなら2人がつけて欲しいなんて言うわけないし、ファルク様が言ったみたいにルール違反じゃないのよね?
女の子が厳しすぎるんじゃない?
「2人がそういうなら……」
女の子は渋々という感じにそう言ったけど、視線は相変わらずあたしをじっと見ている。
そんなに嫌われるようなことした覚えはないけど、なんでなのかな?
「妹が心配させるようなことを言って申し訳ありません。自分はザクトリア公爵家の息子で、シャルル=リャンドル=ザクトリアと言います。こちらは妹のアーシェン=リャンドル=ザクトリアです」
「あたしはバスキ伯爵家の娘のロクサーナ=ジャルジェ=バスキです」
そう自己紹介を返すと、シャルル様が「ああ、噂の」と呟いた。
やだ、やっぱり変な噂が広まってるのね。
もしかしてアーシェン様があたしを良く思ってないのも噂のせいかもしれないわ。
「噂がどんなにひどいものかは知りませんけど、全部嘘ですから! バスキ伯爵家は何の問題もありませんよ」
「そうですか」
笑顔で噂を否定するとシャルル様はにっこりと微笑んで頷いてくれた。
よかった、これで誤解がとけたわ。
「えっと、あたしは来年度から魔術学院に通う事になっているんですけど、お2人は魔術学院に通っているんですか?」
「ええ、自分は今2年生です。妹は同じく来年度から通うようになりますよ」
「そうなんですね。アーシェン様、同学年として魔術学院ではよろしくお願いします」
にっこりと笑みを浮かべて言うと、アーシェン様は驚いたように目を瞬かせた。
「……関わることがあれば」
なんだか微妙な返事……。
噂は誤解だってわかってもらえたはずなのに、あたしと仲良くしたくないのかな?
うーん、公爵家のご令嬢はやっぱり伯爵家の娘なんて格下と付き合いたくないのかもしれない。
でもバスキ伯爵家のためにはそんなこと言ってられないわよね。
「はい! 同じクラスになれるといいですね」
ニコニコと笑みを崩すことなく言うと、アーシェン様だけじゃなくてシャルル様も驚いたようにあたしを見てくる。
な、なに? あたしが何か変なこと言っちゃった?
「ロクサーナ嬢は伯爵家のご令嬢ですから、アーシェンとは同じ高位貴族クラスになりますよ」
「えっそうなんですか? そうなんだ……よかった、知り合いが同じクラスにいるなら安心です」
高位貴族クラスに入ることが出来るなら、他のクラスメイトも高位貴族になるのよね?
うん、それってすごくいいことだわ。
バスキ伯爵家の事をいっぱいアピールしなくちゃ。
「わたしは全然安心できませんけどね」
「え?」
「あんな噂がある家のご令嬢と一緒のクラスなんて、今から憂鬱な気分です」
「そんなっ噂は嘘だって言ったじゃないですか」
「当事者が否定したって、信憑性に欠けますよ。相手が何も言えないことをいいことに、好き勝手に言えますものね」
「何のことですか?」
相手って何? 噂がどんなものなのかは知らないけど、どうせ家族仲が悪いとか、当主交代でもめたとか、神殿の調査が入ったことが大げさに広まってあたしがひどい扱いを受けてるっていうぐらいでしょう?
このあたしがそれを否定してるのに、信じてくれないのはひどくない?
「前バスキ伯爵夫人や今のバスキ伯爵夫人の権利を奪って、女主人として大きな顔をしていると聞いています。ご家族ともとても仲がいいと聞きますし、バスキ伯爵夫人はさぞかし辛い思いをしているんじゃないでしょうか?」
「何を言っているんですか?」
本当にアーシェン様は何を言っているのかしら?
お義姉様が辛い思いをしているなんて、そんな妄想を持たれるとは思わなかったわ。
「確かにお義姉様は妊娠もあって体調を崩して、女主人としての仕事が出来ないので、あたしが代理をしていますけど、それの何が悪いんですか?」
「……蔑ろにしておいて何が悪いのかなんて、よくいえたものですね。バスキ伯爵夫人が本当にお気の毒です」
「意味が分かりません。あたしはお義姉様をちゃんと尊重してますよ。でも、お義姉様はなにもできないんだから仕方がないじゃないですか。バスキ伯爵家の当主になったお兄様の奥さんで、子供までいるのに、大切にされてるのに、蔑ろとか気の毒とか言わないで欲しいです。うちは仲のいい家族なんですから」
必死に伝えると、アーシェン様はあたしをじっと見つめた後に扇子で口元を隠してシャルル様の後ろに隠れてしまった。
え? もしかして自分が悪いって気づいたけど、謝りたくないから隠れたの?
なにそれ。格下の伯爵家の娘に下げる頭はないって言いたいの?
公爵令嬢だからってあんまりだわ。
「お兄様、話しても実のない会話しか出来なさそうです。もう行きませんか?」
「そうだね。それじゃあロクサーナ嬢、失礼するよ」
「あっはい。またお会いした時はよろしくお願いします」
アーシェン様とは仲良く出来なさそうだけど、シャルル様は次期公爵家当主なのよね?
仲良くしておいた方がいいに決まってるわ。
「ファルク兄さんはいつまでお守をするんですか?」
「あー……いや、ちょうど保護者が戻ってきたようだから俺も一緒に行くよ」
その言葉にお兄様が居るほうを見たら、確かに早足でこちらに向かってきているのが見えた。
「それでは、本物の騎士が来たみたいだから俺たちは失礼するよ」
「あ、はい。ありがとうございましたファルク様。またお会いできるといいですね」
にっこりと微笑んでそう言うと、ファルク様も微笑み返してくれてシャルル様とアーシェン様と一緒に離れて行った。
ふう……アーシェン様は嫌な感じだったけど、ファルク様とシャルル様はいかにも優しい高位貴族って言う感じだったわね。
挨拶をした高位貴族の人ってなんだか忙しそうですぐに離れて行っちゃったけど、本物の高位貴族ってやっぱり親切なんだわ。
「ロクサーナ、遅くなってごめんね。なんとも醜い野心をむき出しにした女性に捕まってしまったんだ」
「ご苦労様ですお兄様。ファルク様が傍にいてくれたので大丈夫でした」
「ファルク様? アンダーソン伯爵家の?」
え、ファルク様って伯爵家の人だったの? 魔術師団団長っていう事しか言われてなかったけど、そうなんだ……。
シャルル様が公爵家の人で従兄弟って言ってたから同じように公爵家の人なんだと思ってた。
「ダンスも踊ってもらっちゃいましたけど、だめでしたか?」
「いや、そんなことはないけど……わたしが居ないところでデビュタントの令嬢を勝手にダンスに誘うなんて感心できないな」
「そうなんですか」
なるほど、確かにちゃんとした保護者のお兄様に断りもなくダンスをするのはダメだったかもしれないわ。
これからは気をつけなくちゃ。
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