104 蒲桃ー17(ロクサーナ視点)
「それにしても、君の保護者は戻ってくるのが遅いね」
「……確かにそうですね」
指摘されて不安になってしまう。
指定された場所ってここで間違いないわよね? 別のバルコニーの出入り口じゃないわよね?
キョロキョロとあたりを見渡すと、数人の女性に囲まれたお兄様が見えた。
あたしが視線を止めたからか、ファルク様もそちらを見て「ああ……」と納得したように息を吐き出した。
「女性陣に捕まってしまったみたいだね」
「そうみたいですね。あれも挨拶回りの一環なんでしょうか」
「似たようなものかな。彼女達が狙ってるのは主に愛人の座。運がよければ奥さんの座かな」
「何を言っているんですか? 愛人はともかく、お兄様にはお義姉様がいるんですよ?」
「だが、数年前から体調を崩して社交界から遠ざかっているっていう話だ」
「それは、妊娠があったからしかたがありません」
「それでも女の社交が出来ない妻は役者不足だ。女主人として働いているのかも怪しい。そうなれば、愛人の座を狙う女性が現れても不思議じゃないかな。後継ぎはいるんだろう? 気楽に当主の社交界での相手をすればいいし、うまくいけば今の正妻を追い出して自分が正妻になれるかもしれない」
「ひどいっ! そんなのお兄様やお義姉様が幸せになれないじゃないですか」
「女主人としての役目を果たせないなら、それも考えられる可能性だよ」
ファルク様の言葉にムッとしてしまう。
お義姉様の代わりにあたしがバスキ伯爵家の女主人としてがんばっているから、家の事は問題ないのに。
これからはあたしが社交界にでるから、女の社交だって大丈夫なのに。
そんなお義姉様を悲しませるようなことを言うなんてあんまりだわ。
「お兄様はお義姉様を追い出すような真似を許すはずがありません。お義姉様はバスキ伯爵家にとって大切な人です」
「……まあ、バスキ伯爵家の子供を妊娠しているんだから、今は簡単には追い出さないだろうね」
「今はじゃなく、ずっとです!」
「はは、そんなに怒らないで欲しいな。その可能性もあるって言うだけだよ。お嬢さんが思っているよりも社交界は意地汚い世界だからね。綺麗な夢だけを見るような若い子は注意しないと食べられてしまうっていう話をしたかったんだ」
「へ? あ……そうなんですか? えっと、なんだかすみません、あたしったらつい……」
「いや、こっちこそ意地悪をしてしまってごめんね。お詫びにダンスでもどうかな?」
差し出された手にどうしたらいいのか考えてしまう。
意地悪なことを言われたけど、きっとあたしがデビュタントしたばかりだから社交界の怖さを教えてくれただけなのよね。
そう考えたら悪い人じゃないんだろうし、こうしてお兄様が戻ってくるまで傍から離れずに見守ってくれてるし、いい人なのかな?
あたしだっていろんな人とお話をしたりダンスを踊って、人脈っていうのを広げないといけないのよね。
お兄様以外との初めてのダンスが魔術師団の団長っていうのは、なんだか緊張するけど、考えてみればすごいラッキーなんじゃないかしら。
お近づきになろうと思ってもなかなかなれないもの。
お兄様は……まだ女の人に囲まれてるわね。
「……えっと、それじゃあよろしくお願いします」
差し出された手に自分の手を重ねると、流れるような仕草でダンスホールに連れていかれる。
お父様やお兄様、ダンスの先生以外との初めてのダンス……うぅ、足を踏まないように気を付けないと。
曲が切り替わるタイミングでホールに足を踏み入れると、人の合間を縫って場所を取り向かい合ってポージングを取る。
うわぁ、お父様ともお兄様とも、ダンスの先生とも違う。なんていうか、見た目に反して体つきがしっかりしてる。
足を踏まないように必死にステップを踏んでいるけど、簡単なステップを選んでくれているおかげで今のところ醜態を見せずにすんでる。
デビュタントの日に魔術師団の団長の足を踏んだなんて噂が広まったら今後の社交に影響が出ちゃうかもしれないもの。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だけどね」
「だ、だって足を踏んだりしたら大変ですから」
「まあ、そんな高いヒールで踏まれたら確かに痛いけど、それを顔に出すほどやわじゃないよ」
「でも……」
「従兄妹のダンスの練習に付き合って踏まれなれてるから、気にしないで」
「ええ?」
ファルク様の従兄妹が誰なのかは知らないけど、高位貴族のご令嬢よね?
ダンスが苦手な人なのかしら。
「ダンスなんて楽しんだ者勝ちだよ。微笑んで堂々と振舞っていればそれが正しいことだ」
「そうなんですか?」
「もちろん。正しいステップを踏んでもしかめっ面で踊られたんじゃ興ざめだからね」
その言葉に「なるほど」と頷いた。
会話でも笑顔が大切なように、ダンスでも笑顔が大切なのね。
微笑んで堂々と振舞う事が正しい……難しいけど、それが社交界ならがんばるしかないわ。
必死に笑みを浮かべてステップを踏む。間違えないことよりも堂々と振舞うことが大事。
自分に言い聞かせながら踊っていると、だんだんとその気になって作り物じゃない自然な笑みを浮かべてステップを踏めるようになった。
もしかしたら緊張しているあたしを和ませてくれたのかも。やっぱりいい人なのね。
そうしているうちに曲が終わって離れて礼をすると、手を取られてダンスホールから連れ出された。
さっきの場所に戻ってきたけど、お兄様はまだ捕まってるのね……。
お兄様はお義姉様を追い出すような愛人は絶対に作らないのに、あの女の人達も早くそれをわかって諦めればいいわ。
お義姉様の代わりはあたしがいるんだから、これからの社交だって何の問題もないもの。
「ファルク兄さん、こんばんは」
お兄様のほうを見ていると、ファルク様を呼ぶ声が聞こえてそちらを見ると、かっこいい金髪の男の子と、その背後にとても可愛らしい同じく金髪の女の子がいた。
兄妹かな? それに、ファルク様を兄さんって呼んでるから、ファルク様の弟と妹?
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