103 蒲桃ー16(ロクサーナ視点)
簡易人物紹介
◆ファルク=リャンドル=アンダーソン
伯爵家子息。魔術師団第五師団長(21)攻略対象
一人称:俺。朱金色の髪に黒紫色の瞳。
シャルル・アーシェンの従兄妹。
ダンスを踊る社交が出来ないまま、お兄様と一緒に色々な貴族に挨拶をしていく。
当主が交代したばかりだから、こうして顔をつないでいかなくちゃいけないらしく、つくづく当主になるって大変なんだって思う。
うん、あたしも出来る範囲の事でがんばらなくちゃね。
でも、やっぱり高位貴族の人とか、ご令嬢が居るところはなんだかよそよそしい感じなのが気になっちゃう。
別に何か言われるとか嫌な目を向けられるわけじゃないけど、なんだかこちらとはあまり親しくしたくなさそうな感じ。
なんだろう、やっぱり当主交代したばかりで信用度が低いのかな。
それとも神殿の調査が入ったことが変な風に噂になってるのかも。
そういう噂って、普通なら女性の社交で打ち消したりするものなのに、バスキ伯爵家は今までそれが出来なかったから、好き勝手な噂が流れてるのかもしれないわ。
だめだめ、そんなの間違った情報なんだからこれからはあたしが訂正して回らなくっちゃ。
それに令息のいる家とはそれなりに会話が続いてるし、あたしが話しかけても嫌な顔をされない。
やっぱり笑顔で会話をするって大事よね。
「へえ、ロクサーナ様がバスキ伯爵家の女主人の代わりをしてるんですね」
「あたしなんてまだまだですけど、皆に協力してもらってなんとかがんばってます」
「すごいですよ。俺より年下なのにしっかりしてますね」
「皆のおかげです」
男爵家の子息と会話をしている横で、お兄様はそのご両親と話をしている。
えっと、バスキ伯爵家も所属している家門の人なのよね。
あたしの実家も男爵家だから、なんだか親近感がわくな。
「それにしても、デビュタントが今日だなんて、何か事情があったんですか?」
「それが、体調を崩していて社交界デビューするタイミングを逃していたんです」
「えっ、それは……今は大丈夫なんですか?」
「お父様やお兄様が気を使ってくれて、今は何の問題もありません」
「それはよかったですね」
「はい」
お父様とお兄様のお相手はずっと続いてるけど、少なくとも魔術学院を卒業するまではまた体調が悪くならないように、気を使ってくれるし、ちゃんとお薬を飲んでいるから問題はないのよね。
2人も跡取りがいればあとは急いで増やす必要もないから、魔術学院を卒業した後に女の子でも生まれれば最良って言ってたから、それまでにあたしも頑張らなくちゃ。
それにしても、なれない挨拶周りって疲れるものなのね。
家では皆が協力してくれて何とかなってるけど、こうした場所では流石にみんなの力を頼ることは出来ないし、あたしが頑張るしかないわ。
うーん、これをもっと年下の子がこなしてるって考えると、すごいなって思っちゃう。
あたし達の年代は、王太子選抜があってそれに合わせて教育を受けるから当たり年って言われてるみたいだけど、全員が全員ちゃんと出来るわけじゃないのよね。
あたしは他の人より少しだけ魔力量が多いけど、それだけだもの。
出身も男爵家の庶子で、今のあたしがあるのはバスキ伯爵家の人達のおかげ。
明日帰ったら皆に改めて感謝を伝えたほうがいいな。こうして無事に社交界デビューできたのは皆のおかげだもの。
「ロクサーナ」
「はい、お兄様」
「少し疲れただろう? 飲み物を取ってくるからあそこのバルコニーの横で待っていてくれるかな」
「わかりました。えっと、それでは失礼します」
「ああ、魔術学院で会った時はよろしく」
話していた男爵子息と離れると、お兄様に指示されたバルコニーの出入り口の壁付近に立って会場を眺める。
初めての社交界だけど、この新年祭は王家が主催するものであって通常の社交行事よりもすごいっていうのはあたしにだってわかる。
お兄様がバスキ伯爵家主催のパーティーで当主交代をアピールしつつあたしのデビュタントを行わなかったのは、この新年祭があったからなのよね。
色とりどりのドレスや正装のなかで、全身に白を纏ってるのはあたしと同じデビュタントをした人。
今夜だけはこの色で周りの人に守られるんだってお父様とお兄様が言ってくれた。
夜通し行われるこの夜会では、交代で休憩をとるのが暗黙の了解で、ドレスもちゃんと着替えることが出来るように準備しておくものだってレディ・サマンサが教えてくれた。
2着は最低限必要で、高位貴族は何かあった時のためにもっと準備しておくらしい。
でもそんなことをするのは客室が特別に用意された家の子息令嬢ぐらいで、伯爵家以下の子息令嬢は2着あればいい、だったかな。
でも、着替えを用意できない下位貴族のために、王家が予備の服を用意してくれているらしいから、実際はそこまで気にすることはないとも言ってたな。
うーん、やっぱり社交界って色々と難しいのね。
マナーの先生には伯爵家の令嬢であれば及第点だって太鼓判を貰ったけど、習うのと実践じゃ勝手が違うわ。
「今宵デビュタントのお嬢さんがこんなところで1人なんて、家族はどちらに?」
「えっ」
声をかけられてそちらを向くと、朱金色の髪の男性が居て思わず頭を下げる。
よく見えなかったけど瞳の色は黒……いえ、黒紫かしら?
どちらにせよあたしのような伯爵家の令嬢なんかよりもずっと高位の家の人に違いないわ。
だって着ている正装だってお兄様のものよりもずっといい仕立てだもの。
「ああ、驚かせてしまったかな? どうぞ顔を上げてお嬢さん。俺は魔術師団第五師団長のファルク=リャンドル=アンダーソンという」
「魔術師団の、団長様でしたか」
ひぇっ、本気で偉い人じゃないのっ。
なんであたしになんか声をかけてきたのかしら?
……あ、このドレスのせいかな? デビュタントなのに1人でここにいたから気を使って声をかけてくれたのかも。
「えっと、お兄様と一緒に来ているのですが、今は飲み物を取りに行っています」
「そうなのかい? それでも1人でいるのは感心しないな」
「す、すみませんっ」
「謝らなくていいさ。そんな時にお嬢さんのような子を守るのが先に社交界に出ている俺達の役目だからね。デビュタントでその色を着ている限りお嬢さんは守られる存在だよ」
「ありがとうございます」
デビュタント当日が嫌な思い出にならないように、周囲が気を使ってくれるって聞いたけど、本当なのね。
なんだか今夜だけの魔法にかかっちゃった気分。
「そういえば、お嬢さんのお名前をお聞きしても?」
「あたしはバスキ伯爵家の娘、ロクサーナ=ジャルジェ=バスキといいます」
「……ああ、君が噂の」
名乗った瞬間面白そうな顔をされてそんなことを言われてしまった。
「噂ですか?」
「ああ、先日バスキ伯爵家に神殿の調査が入っただろう。そのすぐ後に当主が交代したからね。なにかあったんじゃないかって噂になってるのさ」
「そんな……た、確かにお父様の当主引退は突然でしたけど、我が家に変な事なんてまったくありません」
「へえ? 次男が詳しい事情を説明せずに騎士団を辞めたのに、まったくないんだ?」
「はい、ありませんよ。ダリオン兄様が騎士団をやめたのはロベルト兄様の補佐をするためですから」
「ふーん。まあ、平民になった次男を雇って家に残すんだから、それが事実なのかな」
「そうですよ」
誤解はしっかりとといておかなくちゃ。
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