1 プロローグ
新作始めました!
良かったらご覧いただけると幸いです!
人物紹介は必要か悩んでいます!
「え、ましゃかのファンタジーちぇかい!?」
魔力測定を行って最初の一言目を発した時、付き添ってくれた神官は不思議そうにわたくしを見ていたことを今でも鮮明に覚えている。
それはそうだろう、3歳の子供が魔力測定が終わったと同時に突然そう叫んだのだから。
「ベアトリーチェ様、魔力測定は終わりましたがどこかご気分が悪いのですか?」
「え? いえ……なんでもありましぇんわ」
淡々と聞いてくる神官に必死に答えると、わたくしは自分の頭に浮かんだ知識というか記憶を必死に整頓する。
これはまさかではなく本当に異世界転生をしてしまったのだろう。
まるで小説か漫画、ゲームのような話なのだけれども、現実に起きているのだからどうしようもない。
だって生まれてからの記憶がなくなったわけでもなく、ちゃんとわたくしの中にあるのだから、これは魔力測定をきっかけに前世の記憶を思い出したと考えたほうがいい。
すっとわたくしの前に膝をついた神官がわたくしを抱えてふかふかの椅子に座らせてくれる。
流石は公爵令嬢に対する扱い。前世が庶民である今のわたくしにはもったいなさ過ぎてなんだか泣けてきそうだ。
「ちぇんかんしゃま、わたくちのまりょくはどうでしゅか?」
「とても素晴らしいですよ。数百年に一度の逸材と言えるでしょう。ティオル殿下も素晴らしかったがベアトリーチェ様はそれ以上です」
「ちょうでしゅか」
王子様のいる世界なんだよな。今までの暮らしから考えると魔術で補佐された中世ヨーロッパな世界観?
うーんここに来るまでは馬車だったし、お母様のドレスの感じからしてロココ時代ぐらいだと考えればいいかな。
でもお風呂もあるし、前世とそんなに変わらないのかもしれない。
「ご自分でどこか変わったところがあるようには何か感じますか?」
「えっと……とくにありましぇん」
前世を唐突に思い出しましたなんて言えない!
うーん、第二の人生、思いもよらない形でスタートしてしまった。
けれども3歳のわたくしは、これは始まりにすぎず、5歳7歳と魔力測定を重ねていくたびにどんどんと前世の記憶を思い出していくことになるとは思いもよらなかった。
そしてその思い出した記憶のおかげで人生が予定されているであろう物から激しくずれてしまう事も、まったく予想していなかったのだ。
これは言い訳になるかもしれないが、本当に予想していなかった。
◇ ◇ ◇
薔薇の花が国花となっている魔術大国ルーンセイ。
誰もが少なからず魔力を持ち、魔道具や生活魔術・属性魔術の発展が周辺諸国から抜きんでているこの国には、各国から技術を学ぼうと留学も盛んな魔術学院が存在している。
ただしこの学院は基本的に貴族籍にあるものか、余程魔力量の多い平民しか入学できず、一般的な魔力を持った平民は国の各所にある神殿で読み書きや基本魔術を学ぶのだ。
そして類い稀なる高い魔力を持ったものの中には、稀に魔術とは別に精霊と契約を交わし精霊魔法を使うものが居る。
それは魔術とは全く形態が異なるもので、発動方法も効果もすべて己で見極めていくか精霊に教えてもらうしかない。
極稀に平民や低い貴族籍の者に現れる高い魔力の持ち主はともかく、基本的に魔力の高さは貴族の爵位に比例していく。
その頂点は王家・王族だが、続く公爵家・侯爵家もまた高い魔力を誇っているところが多く、王族へ正室として嫁ぐ際の最低限の身分は伯爵家以上で片親が侯爵家以上の出身であることが条件づけられている。
従ってどんなに魔力が高く精霊と契約できた稀な子女でも、片親が侯爵家以上の者でない場合は側室もしくは愛妾となるしかないのだ。
これは過去にその魔力の高さを利用して、強引に下位貴族の娘と婚姻を推し進めた王太子が居た際の失敗をもとに法律が決められており、この法律は国王権限でも覆すことが出来ないとされている。
そしてさらに正室に認められた側室の子には王位継承権があるものの、王が自由に決められる愛妾の子に王位継承権は与えられないし、そもそも愛妾になる者には子供が残せないように処置が神殿によって執り行われるのだ。
すべては過去の失敗から決められた法律なのだ。
そして貴族たちは己の役割を自覚しており、王位継承権のある王子・王女の存在する年代の高位貴族は子供の教育に熱心であり、当たり年とも言われている。
もちろん下位貴族も子供をそれなりに教育するが、魔力量に差があればあるほど子供は生まれにくいため、あくまでもそれなりの教育になってしまう。
魔術学院で自分の子供が恥をかかないようにするための教育でしかないのだ。
神殿での魔力測定はこの国は孤児であっても平等に行われ、どんな者も3歳、5歳、7歳の3回魔力測定を受けることになっている。
これは7歳になるまでは魔力が安定せず、増減が激しかったり体が魔力に追いつかなかったりして死亡してしまう場合があるからだ。
大抵の子供は7歳で魔力増減の波のピークを迎え、体にその魔力を馴染ませていく。
かつては7歳を越えると婚約者を決める貴族が多かったが、最近では過去の失敗から魔術学院の在学中もしくは卒業してから決めることが多くなった。
早期に婚約を決めるのは余程の政略的な事情がある場合か、本能的に相性がいい場合のみと言われるようになっている。
もっとも、政略的な事情も年が経てば変わることもあるため今では慎重に見定めるようになり、本能的に相性がいい相手も滅多に見つかることはない。
だって、過去の失敗から基本的に成人して社交界デビューをする前の子供は他の家の子供との交流をすることが無いから、まず出会いようがないのだ。
自由恋愛とまではいかないものの、しがらみに拘束されすぎていた過去と違い、今では当人にとっても幾分余裕をもって婚約者を決めることが出来るようになっている。
この点は過去の失敗者たちに感謝をしたい若者たちだが、過去に失敗を犯した者たちとしては後世まで語り継がれる恥である。
少なくとも自分が当事者で後の世に悪い意味で自分の行いが語り継がれると知っていたら行動を改めるか、いっそ何もないうちに殺してくれと頼むだろう。
魔術大国ルーンセイは2千年の歴史があり、周辺国と戦争をしたこともあるが基本的には独自の文化を築き上げた中立国である。
だからこそ、内部の問題が長くそして色濃く語り継がれるのだ。
過去の過ち。時代は変われども人の心というのはそんなに簡単に変わるものではないのか、法律がしっかりと決められるまでは何度も同じ過ちが繰り返されたという。
そしてそれと同様に稀有な人物の歴史もまた残っている。
おとぎ話のようなものからしっかりと証拠がそろって研究がなされている事実まで様々だが、人間よりはるか長い寿命を持つ精霊の話を記録した物語は、歴史的事実としてしっかりと記録されるのだ。
精霊と契約をしなければ明かされない、そもそも精霊と契約できるレベルの魔力を持つものが誕生することが珍しいのだが、魔術大国ルーンセイの歴史を語れるほどの精霊とこの時代に契約を交わすことが出来る存在は稀少だ。
近年は特に年若い精霊との契約が増えていただけに、古い精霊と契約が出来た者を尊重する傾向がある。
実際、現在の魔術大国ルーンセイで精霊と契約している人物は4人。
3人は比較的若い精霊と契約しており、ただ1人が古い精霊と契約できている。
そのただ1人が実際にどのような精霊と契約しているのかは当人と契約している精霊しか知らないが、残りの3人は少なくとも自分が契約している精霊よりもだいぶ古い精霊と契約しているというのはわかるそうだ。
だからこそ、そのただ1人はより重要視される。それは本人が望む望まないに関わらず、そういうものだと周囲が認めそうであるのだと接してしまうのだ。
それだけ精霊というものが重要視されているという事なのだろう。
精霊は魔力そのもの。魔力がなければ精霊魔法はもとより魔術すら発動しないのだから、精霊を大切にすることは自分たちの地位を守る事と同意義なのだ。
地位が高いものほどそれは幼いころから刷り込み教育される。
国民の見本となるべき者としての常識として、国を導いていく者の常識として学ぶのだ。
そしてそれ故に、その道を外れた者への蔑視は激しいものとなっていく。
精霊魔法を使える者が神聖視されるのは、その清い心の在り方からだと言われるが、精霊としては確かに清い心のほうがいいのだろうが、人間の生活に興味がない精霊は契約者の心が汚れ周囲にどのような影響を及ぼそうが興味はない。
契約者の心が汚れ、精霊自身の手によって被害が出たところで精霊にとっては痛くもかゆくもないのだから。
過去には当然精霊魔法の使い手が悪に手を染めたこともあり、その者を処刑した事だって歴史上数え切れないほどに存在する。
人間とは過ぎたる力を持つと心が歪んでしまいやすくなるのだから。
だから精霊と契約した人物は、幼いころからその心の在り方を説き伏せられるようになっている。
正しい人間となるように。まっすぐな人間となるように。