登校
黒川と友達になった翌日。
俺は親友の日高巽と一緒に登校していた。
「ふあーあ」
歩きながら、俺は盛大に欠伸をする。
「どうした、寝不足か?」
「まぁな」
「夢にホラー少女が出てきて、怖くて眠れなかったとか?」
ホラー少女が寝不足の原因に違いないが、夢に出てきたわけでもましてや怖かったわけでもない。……昨日偶然目撃した彼女の瞳が、一晩中頭から離れなかったのだ。
……本当に、綺麗だった。
「考え事をしていて、眠れなかっただけだ。……ていうか巽、今朝はえりなと一緒じゃなくて良かったのか?」
えりなというのは、巽の彼女だ。
フルネームは愛坂えりな。巽とは美男美女カップルとして有名である。
いつもなら二人で朝からイチャイチャしながら登校しているというのに、今朝はそのえりなの姿がなかった。
「えりなの奴、今日は日直だから先に行ってるよ。だからたまには男友達との登校を楽しもうと思って。……ところで」
巽が突然話題を変える。
「琥太郎、気付いてる?」
「……何がだ?」
「何がって……視線を感じない?」
わざとすっとぼけてみたが、当然俺も把握している。後方数メートルの位置から、黒川が俺たちを見ているのだ。
電柱や塀に体を隠して(全身は隠れ切れていないが)、ジーッとこちらを観察している。
陰から顔を覗かせているので、長い黒髪が両目だけでなく顔全体を隠してしまっていて。徐々に接近する度に、某有名映画の音楽が聞こえてきそうだ。
……あいつ、何やっているんだよ?
俺を悩ませたドキドキはどこへやら。正直言うと、あまり関わりたいと思えなかった。
「……背後から視線なんて感じないぞ?」
「誰も背後からだなんて、言ってないけど?」
しまった。うっかり口を滑らせてしまった。
「昨日まではホラー少女が僕たちを見るなんてことなかったのにね。琥太郎、彼女と何かあった?」
告白されて、友達になっただけだ。
しかし黒川の許可なしに告白のことを話すわけにもいかず、俺は巽に「何もない」と嘘をついた。
「巽を見てるんじゃないか? ほら、お前ってイケメンだし」
「黒川さんは、そういうのに興味ある風には見えないけどねぇ」
ふと、巽は俺から離れる。
それでも黒川の視線は動くことなく、まっすぐ俺を向いていた。
「ほら、やっぱり琥太郎を見てる」
「……」
都合が悪かったので、俺は巽に沈黙で返した。
「本当のところ、何があったんだい? そういや昨日の放課後は珍しくすぐには下校しなかったけど、そのことが何か関係あるのかな?」
そこまで掴んでいるのなら、隠し通すのは無理そうだな。俺は観念して、巽に全て話すことにした。
「実は……黒川に告白されたんだ」
「本当!? まさかあのホラー少女がラブコメするなんて、驚きだよ」
「それな。しかもその相手が俺なんだぜ? 信じられないだろ?」
「そこはまぁ……琥太郎と黒川さんはお隣さんだし、あり得なくもないのかなーって。琥太郎が黒川さんを助けているところ、僕も何度か見たことあるし」
「だから俺を好きになったんだとよ。……そこがイマイチわからないんだよなぁ。困っている人を助けるなんて、普通のことだろ?」
俺は黒川に何も特別なことをしていない。そう伝えたのだが、巽は共感してくれなかった。
「そこは捉え方の違いだと思うよ。琥太郎にとって普通なことも、黒川さんからしてみたら特別なことだったのさ」
「捉え方の違い、ねぇ」
「まだピンときてないみたいだね。それじゃあ、試しに一つ例を出してみようか。……琥太郎は、どうして僕と友達でいてくれるんだい?」
「はあ?」
当たり前の質問すぎて、思わず聞き返してしまった。
「そんなの、気が合うからに決まってるだろ。一緒にいて楽しいから、友達やってんだ」
「うん、そうだね。でもそれは、琥太郎にとっての当たり前の回答だ」
「……何だよ、その言い方? まるで他の人は違うみたいだな」
「きっと違うだろうね。皆に同じ質問をしたら、こう答える筈だ、「巽はイケメンだから」って」
「イケメンだと、友達になるのか?」
「イケメンの周りには、女の子たちが集まってくるからね。皆それを狙っているのさ」
気が合うからではなく、自分の利になるから友達をやる。それは正しいことなのだろうか?
黒川の場合、巽とは逆だ。
ホラー少女は付き合っているだけで不利益を被るからという理由で、皆話しかけようとしない。
俺にはその考え方が、どうにも納得いかなかった。
「やっぱり俺にはわからないや。俺はイケメンじゃなくて、お前が日高巽だから友達をやっている」
「……黒川さんが好きになったのも、きっとそういうところだよ」
僅かに口角を上げながら、巽は呟いた。
「因みに黒川さんには何て返事をしたんだい? 晴れて恋人同士になったのなら僕にそう報告するだろうし……もしかして、フった?」
「いいや、保留にしてある。俺は今までホラー少女のことばかり見ていて、黒川花子に目を向けていなかった。だからきちんと黒川のことを知ってから、答えを出そうと思っている」
「琥太郎らしい、良い考え方だ。……となると、今の二人の関係は友達ってことになるのかな?」
「まぁ、そうなるな」
「すると黒川さんが現在進行形でとっている不可解な行動は……琥太郎と一緒に登校しようと思っているとか?」
「……多分な」
初めての友達と、二人きりでの登校。しかもその友達というのが想い人ならば、恐らく色々準備した上で登校に誘おうとしていた筈だ。
何て言って誘おうかな? どのタイミングで誘おうかな? 何度も何度も熟考と練習を重ねて、いざ本番になった時緊張しないようにする。
しかし俺の隣には先約・巽がいた為、出るに出られなくなってしまったのだ。
結果、ホラー映画のワンシーンのような状況が出来上がってしまったのである。
「僕、呪われたりしないかな?」
これが本物のホラー映画なら、巽は間違いなく明日の朝変死体で発見されているな。不審死扱いで、事件は迷宮入りだ。
結局登校中、黒川は一度も俺に話しかけてこなかった。
だけど下駄箱で靴を履き替えている最中に、ヌッと後ろから肩を掴まれる。
「……おはようございます」
「あっ、あぁ。おはよう」
一言挨拶だけ交わして、去っていく黒川。
……びっくりした。ジャンプスケアかと思ったぞ。
黒川は満足そうな顔をしていたが、決して俺を驚かしたことに対してではないことを、ここに記しておく。