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ラブレター

『桧山琥太郎くんへ

 あなたをずっと見ている。放課後、屋上に来られたし。もし来なかったら、私は……』


 俺はもう一度、受け取った手紙の文面を読み返してみる。……うん、やっぱり呪いの手紙だ。少なくとも、ラブレターとは思えない。

 その旨を伝えると、黒川は両手をブンブン振って全力で否定した。


「呪いなんて、桧山くんにそんなものかける理由がありませんよ! 本当にラブレターのつもりで書いたんですって!」

「そう言われてもなぁ……。普通ラブレターって、可愛い便箋にボールペンで書くものだろ?」

「それは……単に家に可愛い便箋がなかっただけです! 毛筆で書いたのも、その……お恥ずかしい話、私ボールペンやシャーペンで書く字が凄く下手でして」


 ……あぁ。言われてみたら、前に黒川のノートをチラッと見た時、とんでもねぇ字を書いていたな。一瞬象形文字かと思ったのを覚えている。


「好意を伝えるわけですし、少しでも綺麗な字の方が印象も良いかと思って、筆で書きました」

「いや、全くの逆効果だよ」


 達筆だから、余計にそう思わせる。


「毛筆で書いた理由については、理解出来た。だったら、この文言は?」


 俺は「もし来なかったら、私は……」という最後の一文を指差す。


「「もし来なかったら、私は……お前を呪ってやる!」って書こうとしたんだろ?」

「違いますよ! 「もし来なかったら、私は……夜通し泣いちゃう!」って書こうとしたんです!」


 何だよ、それ? 可愛いな、おい。


 呪いの手紙かと思われたが、黒川の説明を聞くと、成る程、ラブレターに見えなくもない。そしてラブレターだとわかると、不思議と心の中にすくっていた恐怖心が消えていった。


 …………ちょっと待てよ。


 呪いの手紙じゃないと判明したのは良かったが、ここで新たな問題が発生する。

 この手紙がラブレターだということは、つまり――


「黒川は……俺のことが好きなのか?」

「!」


 好きでもない相手に、ラブレターは渡さない。

 罰ゲームの嘘告白ということはあるかもしれないが、黒川に関して言えばその可能性は皆無だ。なぜなら彼女に友達はいないから(Q.E.D.(証明終了))。

 

 それでもあのホラー少女が俺なんかに好意を寄せているなんて、正直信じられなかった。


「なぁ、黒川。どうなんだ?」


 俺が答えを催促すると、彼女はコクッと頷く。そして蚊の鳴くような声で、


「……はい、好きです」


 言質を取った以上、俺は黒川の好意を認めないわけにはいかなかった。


「どうして俺なんかを好きになったんだよ? 俺たちの接点なんて、隣の席同士ってことくらいだろう?」

「そうですね。ただ私の場合、それが唯一のクラスメイトとの接点なんです。……私が教科書を忘れた時のこと、覚えていますか?」

「覚えているけど……いつの話をしているんだ?」


 覚えているフリをしているわけじゃない。本当に覚えている。

 ただ俺たちが隣席同士になってからというもの、最低でも3回、黒川は教科書を忘れている。その中のどれの話をしているのかわからなかったのだ。


「全部ですよ。私には友達がいません。だから教科書を忘れてしまっても、別のクラスの人に借りることが出来ないんです。結果授業についていけず、困っていた私を……桧山くんが助けてくれました。「一緒に見るか?」って」

「隣で困っていたら、普通助けるだろ?」

「普通は、ね。でも私は普通じゃありません。ホラー少女です」

 

 校内の誰もが知っているということは、当然黒川自身もホラー少女という呼び名を知ってるわけで。そしてホラー少女が周囲からどう思われているのかについても認知していた。


「私は完璧な人間じゃありませんから、前にも何度も忘れ物をしました。だけど困っている私に手を差し伸べてくれる人なんて、一人もいなかったんです。桧山くんが初めてでした。桧山くんだけが、私を普通の女の子として見てくれた。だから、好きになったんです」


 黒川の吐露を聞いた俺は、素直に嬉しい気持ちになった。

 しかしそれと同時に、罪悪感が押し寄せてくる。


 確かに俺は黒川を露骨に避けたりしなかった。でも、彼女を「ホラー少女」と呼んでいたのも事実で。

 だからこそ、こう思う。黒川の気持ちに応える資格が、果たして俺にあるのだろうか?


 ……答えは決まったな。俺は静かに目を伏せる。


「ごめん」


 まずは一言、黒川に謝った。


「俺はまだ、付き合おうと思える程黒川のことを知らない。でもそれは、俺が黒川のことをきちんと見ていなかったからであって」


 彼女はホラー少女である前に、黒川花子という一人の女の子だ。そんな当たり前のことを、俺はきちんと理解していなかった。


「今の俺じゃ黒川とは付き合えないっていうか。いや、付き合うとか付き合わないとかっていうのも、すぐに決めて良いことじゃないっていうか。……あれ? 俺、何言っているんだろう?」


 頭の中がパニック状態になってしまい、自分が今何を言っているのかわからなくなってきた。


 こんな俺を見て、黒川はどう思うかな? 情けないと失望するかな?

 凄く勝手な話だけど、それはそれで嫌だった。


 当の黒川の反応はというと……クスクスと笑みをこぼしていた。


「桧山くんって、真面目ですよね。……あっ、良い意味で言っているんですよ? そういうところも、好きですし」

「……俺の言いたいことがわかったのか?」

「はい。まとめると、こういうことですよね?」


 そう言うと、黒川は俺に手を差し出してきた。


「お友達から、始めましょうか」


 次の瞬間、俺たちの間を風が吹き抜ける。

 黒川の前髪が風になびき、それまで覆い隠されていた彼女の瞳が露わになった。


「……」


 白状しよう。

 俺は黒川の瞳に見惚れてしまった。


 黒川の目を初めて見たけど、意外と大きいんだな。どちらかと言うとタレ目気味で、あとまつ毛が長い。

 ……流布している噂のせいで気付かなかったけど、黒川って実は物凄く可愛いんじゃないか?


「エヘヘヘヘ。初めての友達です」


 黒川は、嬉しそうに笑う。

 俺は自身の顔が熱を帯びるのを自覚した。


 どうやら俺は、彼女に本当に呪いをかけられてしまったのかもしれない。

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