ホラー少女
ホラー少女。
俺の通う高校で、この言葉を知らない生徒はいない。
2年3組の教室の、窓際後方の席。そこに座る女子生徒こそが、俗に言うホラー少女だった。
市松人形を連想させる黒髪は、長い前髪で目の下まで隠してしまっている。色白の肌は、さながら丑三つ時に現れる幽霊のようだ。
そして何より「黒川花子」という彼女の名前は、ホラー少女というあだ名にぴったりだった。
黒川に関する怪談は、いくつも存在する。
例えば友達のいない彼女は、休み時間はいつもトイレの個室にこもっているらしい。まさしく「トイレの花子さん」だ。
あとは放課後の理科室で人体模型と会話していたりとか、家庭科室で呪いのスープを作っていたりとか。身の毛もよだつような噂話は、あとを絶たない。
そんなホラー少女と、好き好んで関わる必要はない。積極的に避けたり嫌ったりするつもりは毛頭ないけれど、基本は不干渉を貫くとしよう。
そう思っていたんだけど……
『桧山琥太郎くんへ
あなたをずっと見ている。放課後、屋上に来られたし。もし来なかったら、私は……』
どんな恨みを買ったのか、俺は黒川から呪いの手紙を受け取ってしまった。
何だよ、この文面? 普通に怖えよ。もし俺が屋上に行かなかったら、どうするつもりなんだよ?
恐怖を感じさせるのは、文面だけじゃない。無駄に上手い毛筆が、手紙に更なるおぞましさを付加させている。
……俺、黒川に何かしたっけ?
隣の席だから、そりゃあ人より彼女と接する機会は多い気はするけど、特段怒らせるようなことはしていない筈だ。
わからない。どうして呼び出されたのか、皆目見当もつかない。
しかしながら、わからないからと言って放置出来る件でもない。だって黒川の呼び出しを無視したら、間違いなく呪われるし。
「……仕方ない。屋上に行くとするか」
席を立つ前に、俺は日頃鞄の奥底で眠っている御守りを引っ張り出す。
交通安全の御守りだけど、ないよりはマシだろう。
そして俺は満を持して、屋上へ向かうのだった。
◇
屋上に到着すると、既に黒川が俺を待っていた。
俺は黒川に声を掛ける前に、彼女を凝視する。
夕陽を背景に、屋上から校庭を見下ろす女子生徒。はたから見たらそんなシチュエーションなのに、その対象が黒川だと全然青春ラブコメ感が出ない。
「ホラー」×「屋上」といえば、自殺が付きものだ。
「え? これから自殺するつもりじゃないよね?」と、別の意味でドキドキしてしまう。
……って、いかんいかん。いくらホラー少女といえど、確証のない妙な妄想をするのは失礼だ。
「黒川」
俺が名前を呼ぶと、彼女は振り返った。
「……ゴニョゴニョゴニョゴニョ」
「え? 何だって?」
声が小さすぎて、黒川が何を言っているのか聞き取れない。
その後黒川は若干声量を大きくしたものの、依然として俺の耳には入ってこなかった。
黒川の声が大きくならないのなら、俺が近付くしかない。一歩、二歩と、俺は彼女の声が聞こえる位置まで接近する。
「〜っ!」
俺が距離を詰める度に、黒川は挙動不審になっていった。
「で、さっきから何て言っているんだよ?」
「それは、その……来てくれてありがとうって伝えたくて」
どうやら黒川はお礼を言いたかったみたいだ。
「ありがとう」くらい、相手に聞こえるようにはっきり言えよ。だけど交友関係のろくにない黒川には、どだい無理な話か。
会話に慣れていない者は、挨拶を交わすだけでも緊張してしまう。現に黒川のやつ、顔が真っ赤になってるし。
「ありがとうって言われてもな。呪いの手紙なんて受け取ったら、そりゃあ来ないわけにはいかないだろ。だって俺、呪われたくないもん」
「そうですよね。……って、え?」
黒川が、驚いたような声を上げる。俺、何か変なこと言ったか?
目が隠れてしまっているので、表情から黒川の思考を読み取ることが出来ない。
俺は彼女の次のセリフを待った。
「呪いの手紙って……それのことですか?」
黒川は俺の持っている手紙を指差した。その手紙は、勿論彼女が書いたものだ。
「そうだけど……違うのか?」
「それは呪いの手紙じゃなくて……ラブレターなんですけど」
……はい?