第十話 橋
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場所は変わり、秋冷達は田舎の土手道を歩いていた。
「人の姿が見えないけど……。」
「ここいら一体の田圃は稲を刈るまで、後少しだ。見張りの者が居れば問題無い。だから、あそこの裏山に段段畑がある。働ける者はすべてそっちに行ってとるのよ。」
お天道様は高らかに空にあり、働けない老人が縁側で赤子の面倒をしているのがチラホラ見えた。
「そっか……。人を見に来たのに……。何処か名所みたいな所は? 」
人を見られないとなると、人間が作った建物でも見る気になる秋冷。
家は藁葺き屋根の農村で何処に行っても見栄えは同じであるが、此処には文明の臭いがする。
「そうですな。朱の橋は? 」
「じゃぁ。其処で良い。連れてってくれ。」
即答すると秋冷と老人は其の方へ向った。そして、其の侭、秋冷は言葉を続けた。
「この山中に橋なんて必要か?大きな川もないだろうに……。」
「いいぇ。橋を建てたのは、山神様のお達しでな……。山と村の堺に水のない橋を建てたそうで……。この村では一番大きな建物でね。朱色の外見に、大柱の上に青い化粧用石を置いてある。」
老人の話では山神様と主様は同一人物の様だった。そして、橋に近付くにつれ寒気が走った。
嫌な予感がする。だが、老人は異変を気づかない。
懐かしい体温が秋冷の体を包んだ。
心が、可笑しくなりそうだった。
目の前に大きな橋が見え始めると、余計気持ち悪くなる。
急に秋冷は足を止めた。
朱色の橋。金具もまだ新しい感じがした。だが、秋冷はその橋が相当古い物だと分かっていた。
老人が橋の目の前まで行くと、ゆっくりと体を前に進めた。
「この橋には、冷夏、故に飢饉に陥って、村の半数は死にそうになった時、主様が橋を建てるよう命じたのだそうで……。人々は、苦労を惜しまず働いたのですが、ある条件が乗り越えられず困っていました。その条件とは、村一番の娘を人柱としてこの橋の下に埋める事でしてね……。北村様の長女が犠牲になって今でも埋まっているそうです……。それからは、村は豊作が続いて、繁栄しましたとさ……。昔の言い伝え……、どうしました? 」
「いいぇ……。何でも……。」
「この橋は何があっても壊してはいけないと、聞いています。確か、橋を渡れるのは主様だけで、人間は渡る事を禁止されていると……。」
確かに橋の入り口には、細いしめ縄で封じてある。その言葉を聞いているのか、否か、封じを無視し、橋の半ばまで進んだ。
「’秋冷’! 」
悲痛な叫び声を上げて、それを見る事を恐れた彼は、直ぐに踵を返し、その場を後にした。
秋怜は、司がいる家に走りながら、嫌な気持で一杯だった。一目で人間とは違う格段の速さで、走り抜けた。
何故この村に来たのか。何故自分はあの橋を見たのか。後悔が請じた。見るべきではなかった。
記憶があるあの懐かしいまでの波長は、彼女の物。
彼女以外には考えられない。あの橋の下に埋まっているのは彼女。その実感があった。この場から離れよう……、直ぐにその考えに達した。
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