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第五話 魔物の孤独

 5

 その名を呼ばれたのは、数十年前。

 彼女が死んで、誰一人として其の名を知る者はいなかった。そして現在まで続いている。


 秋冷(しゅうれい)は体を抗える事はしなくなり、体全身の力が抜けた。司に対する怒りはおさまっていた。


「昔を知っている人間に聞いたのか? 」


 秋冷が声を発するのを聞いてから、安堵の表情を浮べる司。だが、圧し掛かっている体を退ける事もせず、喉仏に(くわ)え付いている手の力を少し緩めただけだった。


 (つかさ)は、(秋冷は獣だ何時襲って来るかも分からないと……)内心考えている様だった。


「いいや……。お前等には名前がなかろう……。化け物とは呼ぶが、誰一人としてお前を名で呼ぶ事はなかった。どの村に行っても同じ事だった。」


 元来、魔物は名前が元から付いていない。親子の概念がない上、自分本意の希薄な情しか持っていない。人間界を(ぬどこ)としている者は、同族でも単体で行動する事が多く、その上、希少価値もので、(ほとん)ど存在しない。


 祠の中の門を通してしか、人間界と接点がないため、魔物は日の光を恋する。だが、秋冷は門の内部に入った事はない。


「人間は魔物を恐れはするが、愛着は持たない。」


 司は冷たい口調で言い放った。

 秋冷も十分にそれは分かっていた。だが、一度でも温かさを知ってしまったなら、人間が美しいと分かってしまったなら、もうとり返しが付かないほど、人間を愛らしく思えた。


 長い、長い気も遠くなる年月を一人で生きなくてはならない秋冷には、人に甘える事を覚えてしまった。一瞬の輝きに魅入られた化け物。だが、近付きたくても、人間が恐れる。


 故に、遠くから見守っている。自分が()の中に入れなくても、幸せになれた。


「秋冷……。こんな所で……、一人で居るな……。」


 司の冷たい一言の次に来る言葉にしては、優しい口調であった。


 同じ人物から云われた事には思えず、秋冷は目を白黒させた。


 司が、首筋から腕を取り除けると、ゆるりと体を持ち上げて、秋冷の隣に(ひざ)を立てた。


 呆然としている秋冷は、其の侭仰向けの体勢で司の動きを見詰ている。顔の左横に腰を下ろす司を見届けてから、横向きになって腹ばいの崩した感じの体位にした。


 当に、怒りは収まっていた。


「なら、私に着いて来ないか? 」


 魔物を従え様ととするのは、初耳な上、人間に操れるはずもなく、何時暴走して主となった人間を殺すかもしれない危うい面が、()る事を司は知っているのか……と疑問に思った。


 それより、秋冷がこの地を離れるのは、元より無理だった。


 彼女と約束した訳ではないが、彼女が生まれ変わって自分の元に帰って来てくれる事を望んでいる。だが、彼女との接点は、この始めて会った場所しかない。生まれ変わっても記憶があるとは限らない。数十年待っても現れなかった。無駄かもしれない。だが、長い時間を一人で生きるには、希望が必要なのだ。例え其れが嘘の様な事でも……。


 人間が俗世でしている(うわさ)話を鵜呑(うの)みにしている秋冷がいた。


 魔物の世界では生まれ変わりの概念がなく、人間の命も自分の命も、元より無い物と考えている。彼も、あの世を信じている訳ではなく、ただ彼女が自分の元に帰って来る手段がそれ以外なかっただけだった。


 彼女はもう死んでいる。この耳で聞いていた。数十年前に……。


「無理だね。俺は此処(ここ)を動かない。」


「お前も魔物の端くれなら、負けた男に服従するのは当たり前だろう。」


 人間に負ける様な魔物は、部族の恥じである。

 それ故に、魔物として生きる事が許されなくなり、人間と共に生きる事を強要するために、先祖が作った(おきて)である。


 だが、人間に負けたなら、誇りを持って自決せよと云う裏の意味もある。人間と魔物が共存出来る訳がないので、そう云った遠回しな言い方をされているのである。


「それにまだ負けてない。どちらかが死ぬ以外に負けはない。」


「首を獲ったのだから、お前は負けたのだ。負けを認めろ。」


 司が言い切ると、今迄変に静かだった(ほこら)が、負けた、負けたと単語を連発した。


 門の中の住人達は秋冷が、負けたのを認めている様だった。


 此の侭行くと数日後には、化け物の分際で人間ごときに打ち負かされたと流れるだろう。そして、生き恥を(さら)さない様に自決を(ほの)めかされる合図が連発されるのであろう。


 秋冷は、人間の下僕になる。自らの命を絶つのを、周りから仕組まれた様な気分になる。


 数十年であの人の元へ行けると、思うと嬉しくなるが、魂を持っていない魔物にとって死は本当の終焉(しゅうえん)でしかない。

 人格の消滅。

 それ以外には何も無い。人間の様に生まれ変わりと云う自分本意な考え方はない。


 それか、開き直って生き続けて下僕になる事を選ぶか……。そして彼女を待ち続けるか……、秋怜は悩んだ。


 悩むでもなく答えは決っていた。死んでも彼女に会えないのなら、生き恥でも待ち続ける方が遥かに良い。

 即決するより方法がなかった。渋々頷くと、秋冷は腹立たしそうにしていた。


「俺は此処を離れたくない。だが、俺の主人に今からなった。司とやら……。魔物は、信頼関係もない。何時寝首を()かれるか分からないのだぞ。其れでも良いのか? 」


「あぁ……。なら此方にも条件がある。」


 物々しい雰囲気で司が云うと、秋冷は息を呑んだ。人間にはない威圧感がこの男にはある。


「私の行く所、何時(いつ)でも着いて来い。」


「はい? 」


「人間の山里にも着いて来いよ。其の前に髪を染めないとな……。流石に其の色合いでは化け物だとばれてしまう。郭の樹があるか?それを使おう。黒い色が出来るはず。」


 人形があった方へ司が向かうと、荷物を、草から掻き分けて取り出した。人間が一人入れる位の大きさの手荷物を肩から掛ける。



 オタオタしている秋冷を尻目に、テキパキと行動する司。

 秋冷の意見を聞こうともせず、足を進めた。


「確かこっちに湖があったよな……。早く来いよ。秋冷。」


 コイツに言葉は通じないと感じる秋冷。

 仕方なく何も云わず、付き添った。司に呼び捨てにされるのを不快感に思ったが、其処(そこ)で拒絶しても無駄な事だと思う。


 始めて、秋冷は人間と横一列になって歩いた。


挿絵(By みてみん)

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