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第四話 司

 4

 白く艶めかしい肌が露になったが、女は見向きもせず、腕に捕まった。

 その女の体も引けを取らず、無機質な白さがあった。普通女なら赤味掛った血の気の良い色合いをしているはずである。


 其処(そこ)に不信を感じながら、秋冷が手を握りかえすと、冷たく、触りごこちの悪い、角張った感じがする女の手に違和感を覚えた。すぐさま払い除ける。


 女は身をよろっかせながら座り込んだ。体を起こす事無く、倒れた体勢が可笑しい。その状態であり続けた。


 秋冷は、其の様を見ると余計怒りが込み上げて来た。


「何奴!?出て来い。小賢しい真似をしおって……。」


 風貌とは段違いな声と、秋冷の怒りに満ちた形相があった。


 正しく鬼の形相。

 少しの沈黙。


 数メートル離れている茂みから、踏み分けて出て来る人影が見えた。その足取りからしても、手練であるとは云えない。


 誰かが迷い込んだとも思えた。だが、目の前に現れた男は、今迄動いていた女の体を抱き上げると、被害の及ばない様な草むらへ隠していた。


 其の行動を黙って見ている秋冷だが、何の返答もない男に苛立(いらだ)ちを感じて、呶鳴(がな)る。


「お前…。その人形をどうする? 」


 一瞬手が止まると、直ぐに体を正面に向け、風貌が女の様にシナヤカである事が分かった。男であるとは体格で分かるが、顔付きだけでは、長い眉も、長い首も似つかわしくない。


 黒髪を一本に後ろで縛り、首元はしっかりとしていて見苦しくなく、(すそ)も煤けている訳ではなく、(たもと)も小奇麗になっている。男物の着物を此処までシャンと着ているのは珍しかった。


(つかさ)と申す。私は人形師。この人形を使い貴方様に取り成そうと思いました。流石お見事、私の人形をこうもあっさり見抜いたのは貴方が始めてで御座います。私の人形は、魂が込められております故、普通の人間では見破る事は出来ますまい。」


 続きそうな勢いの司を止めるため、秋冷が話を戻した。


「鳥居を跨いだのは、女の人形が始めか?俺が木の上から眺めているのは知っていたな……。遠隔操作でこの人形を操っていたと云う訳か…。」


「えぇ……。まぁ。女の人形を操り、遠くで糸を引きながら、貴方様が祠の前まで連れて来てくださいました。」


「女と勘違いをさせて、油断させ祠まで案内させたのか? 」


 司は頷いた。

 岩の上から見下ろした形になる秋冷は、腕を組んだ侭、司を睨んだ。


「では、人形師。この様な周りクドイ事をしたのは何故に?」


 この男が操っていた人形を、昔の思い人の生まれ変わりだと考えてしまった自分を恥じた。


 偽りの命を受け、(つかさ)の手によってだけ動ける人形を……。だが、彼女と同じ様な事を人形の()の口は云った。

 彼女も自分を愛していない男を救うため、秋冷の元にやって来た。そして、泣くでもなく、叫ぶでもなく、岩の前で座り続けた。


「願いを聞き入れられるまで、動かない。」と云ってから一言も喋らない、意志の強い女子だった。


 其の人形も同じ様に、泣くでもなく、叫ぶでもなく、座っていた。人形だからかもしれないが、普通、化け物が、目の前に居たら逃げ様とするが、この人形も、秋怜の思い人も同じ様にしていた。男が遠くで操るのなら、人形が下手に動かなかったのも理由になった。


「周りクドイ?そうでしょうか……。」


 司は疑問を持った様な素振りを見せた。そして二三言葉飲み込んでから、平然とした表情で口を開いた。


「貴方様はこの様な女がお好きと聞きいたしまして……。喜んで頂けます様……。」


 司が最後まで云う前に頭に血が登った。


 自分の思い人を侮辱された思いと、それでいて、小憎らしい笑いを見せている司に余計、腹がたった。彼女が侮辱(ぶしょく)され、美しい思い出が砕かれた様な気分になった。


「お前。昔の事を調べて、この人形を操作したのだな……。俺が誰を待っているのかも知って……。」


 空気が秋冷の周りから巻き上がったかと思うと、大きな瞳から瞳孔が失われ、鋭く黒い一本の線が眼球に現れた。それは、爬虫類独特の目である。

 口の八重歯が急速に伸びて、顎の(あご)下まで来ると、頑丈な爪がどす黒い赤に変わった。


 人間が昼は天狗が蔓延(はびこ)る山で、夜になると鬼が出歩いて人間を食べると云われた所縁(しょえん)が、秋冷の変身であった。彼は自分の身の危険や怒りで自分の体を多様に変化させられる。


 その形相で、蛙の様に跳躍すると、頭目掛けて着地しょうとしたが、司に避けられたため、大きな音を立てて、大地に深い穴を開けた。

 土に埋まった下半身秋冷を、ゆるりと起こすと、破壊力の(すさ)まじさに身震いを起こす司。


 通常の人間なら、避ける事も叶わず、秋冷の足と大地の隙間で外見を留める事無く、潰されていただろう。

 だが、司は避けられた。まぐれでもなく、秋冷が予測した通りに、司は左に動いたのである。


 秋冷は避けられるのを承知であった。今侭で(いままで)の事から、そこまで、鋭敏な人物とも思えず。だが、司は最初の一撃を避けると直感的に、秋冷が判断しただけであった。少し驚くが、怒りが収まる訳がなく、にじり寄る。


「話を聞いて下さい。」


 次は逃げられないと踏んだ、司が後ず去る様に半径を放し、大声を出した。


 だが、秋冷が聞く耳を持つ訳がなく、細い眼球は余計鈍い光を放ち、久しぶりに魔物としての野生が蘇って来た秋冷は、人間の断末魔が聞きたいと欲求が出て来た。



 彼女の死後、全く血を流していない秋冷には、祠の奴等を(いさ)め、脅して、でも、それをしなかったのだ。



 二人の間に一瞬の空気が裂けた。気が付くと、秋冷が司の肩を掴んでいた。


 避け様とはしたが、幾分(いくぶん)秋冷の方が早い、握力と爪で骨が(きし)む。


 渾身の力を込めた一撃で其の腕を振り払うと、肉が抉れる様な傷みと、薄っすらと血の跡が肩に残った。秋冷は、体を羽の様に翻し、着地した。


「利き腕で無くて良かった……。」と小声が聞こえる。


 しかし、秋冷には届いていない。深々(しんしん)とする音の中で、杉が始めの頃と変わらずに立っていた。


 ゴオォォォと地鳴りがする。


 司は人間の自分では、勝ち目がないと、分かっていた。だが、悲鳴(ひめい)を上げて逃げ帰る村の人間でもあるまいし、己の意志で此処(ここ)まで来たのだから、それだけは誇りに掛けてしたくなかった。


「仕方ない……。こちらも本気で行きますよ。」


 司が、カッと目を見開く。

 走り出して数歩、息を止めて加速する。


 もう人間の風貌(ふうぼう)ではない秋冷が、四本足で獲物を狙い、彼の直線状に()いつくばっている。


 普通の人間なら、近距離で熊に狙われた様な恐怖があった。その上、祠の中から呻き声か、風なりか、分からない音が鳴り始めたので、余計、恐怖心を(あお)る。


 だが、司は冷静だった。

 秋冷に、加速を付けて拳を向ける。さっきの攻撃で、左肩は骨が砕かれているので、左腕全体、使えない。

 不格好な構えをした。



 司本人は分かってやっているが、妖怪に素手で挑みかかる人間を、始めて見たと後に秋冷は、思い出す。


 秋冷は一対一の接近戦を好み、傷められた所をを容赦無く攻撃して来るのは目に見えていた。案の定、又、空中に飛び上がると、鷹の様に垂直に落下して来て、司の肩に噛み付こうとした。


 司は、其処(そこ)を庇うでもなく、秋冷の顔を叩き落とした。人間の力とも思えない俊敏さと腕力で、秋冷がなぎ倒されて、地面に叩き付けられる。


 だが、背中から落ちたのに、数秒後では体勢を立て直している。ひっくり返された百足が、身を守るためにすぐ元に戻る様に似ている。


 だが、司がその仰向けになっている秋冷の腹筋に圧し掛かり、首根っこを捕まえた。


 次に備えて体を立て直す前に司が、秋冷の上に乗ったのである。生白い腕で秋冷の喉仏を掴んでいる。足で肩と胸を押え付けて、尻で両腕を動けない様にした。


 化け物の力で安定は悪い物の、形勢は逆転し、一分も懸からない内に決着を見せた。


 だが、まだ動こうとする秋冷は、獣の鳴きに似たケタタマシイ叫びを発した。本能からの叫びである。


 普通の人間なら不意を見せると確信していたが、彼はビクリともせず。

 そして、又静かになり、手に込められた力は徐々に強くなる。そうしなければ、逆に司の身が危ない。


 司は喉を絞めた様な声で

「秋冷!」

 と森の中を木霊させる。杉が下手に澄み切った声を余計反響させた。


 ビクリと身震いをさせたのは、秋冷だった。

 彼は今迄この名で呼ばれたのは、もうこの世にはいない少女でもなく、唯一人誰も知らない名前だったから……、錯乱していた。


 見た目が化け物であるが、心は元の秋冷に戻り始めていた。


読んで頂き有難う御座いまず。宜しければ酷評でもよいので感想下さい。自分でも見ていますが、誤字脱字も大歓迎です。

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