第十五話 少女の願い
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司は最後まで嘘を付いた。
彼は真実を話し、秋冷を強く生き残る様にしようと考えていた。だが、それを止めた者がいた。
橋で絶命した’秋冷’である。彼女は、水が全てを飲み込んだ後の数分に現れた。
橋の外を空中に浮いていて、魔物の秋冷には見えなかったのか、気づきもせず反対を見ていた女。
「あっ……。」
司が声を発した。それでも秋怜は何も気づかずに、ただ辺りを警戒していて、魔物の秋怜はうろたえているだけだった。
体を横にした侭、下の惨劇よりも橋の外を見ていた。
遠い空を魔物の秋怜は見ていた。
「こんな事に巻き込んでしまって、申し訳なかったわね……。」
司が首を横に振ると、橋の上で魔物の秋冷が、司の頭を支えながら、「どうした?何処か、痛いのか?」と尋ねて来た。
その時点で、秋冷があんなにも会いたがっていた彼女が目の前に居るぞと、教えてやりたかったが、彼女は哀しそうな顔をして、
「知らせないでいて上げて……。彼は余計苦しむわ。」と小さい声で伝えて来た。
声が出せない司と、霊体である’秋冷’とは、意志の疎通が簡単だった。
「どうした?司。」
秋冷は、少し困り果てて云った。傷口が痛むのかと聞いて来た。だが、彼に申し訳なくて反応出来なかった。
出来る事なら、彼女の顔を見せて上げたい……。そんな気になった。だが、彼女は姿を露そうとしない。その上、司を口止めした。
『どうして……。今更、出て来る? 』
心の中で問い掛けた。
空も地面も紺碧の色だが、彼女は透けて宙に浮いている。後ろの景色が透けて見える。
「私は生まれ変わっても、この村の事だけが気がかりで貴方を呼び寄せてしまった……。貴方なら分かるでしょ。今迄、生きて来ても、心残りがあったのだから……。」
司は意味が分からず、聞き続ける事にした。それ以外言葉を発する事を諦めた。
「この碧い石が、全てを洗い流せば、門が開くわ……。そうすれば、死んだ者達も迷う事無く進む事が出来る。自分だけ生まれ変っても、死んだ事を直視出来ない者は生まれ変る事すら出来ない。彼等はそうなのよ……。」
‘秋冷’は、心の無念さだけで、実態を作っていた。
「彼等は記憶がごっちゃになっていただけ……。数十年前の自分の死を覚えている方が可笑しいのよ。」
魔物の秋冷は、水が段々退いて来たのを、司に教えた。彼女の周りが薄く為り始めた様な気がした司。
「本当の理由は彼に教えないで……。」
『なっ!この村が全滅したのは、秋冷の所為だろう。君が、魔物を使って助けようとした村人は、秋冷の放った魔物によって滅ぼされたのだろう。』
声が出ない分、思い切り心で叫んだ。
「私が山を降りた時には、橋が出来ていた。それが、彼が放った魔物だとは思わなかったの……。病を治してやる換わりに、橋を建てろと云われたらしいわ……。でも、何度も私が宥めても、村の人は聞かなかった。狂信的な人は、生け贄が必要だとか言い出して……。」
言い訳臭い事を言い出したので、怒り奮闘しだした司が、心の中で呶鳴った。
『秋冷は、魔物は出せても、魔界に返す事が出来ない。魔物を放つだけ放って、人間界では封じてないのだろう。それで、襲われた村や富を得た人間も多い。だから、人間の司がいるのでしょ。魔物の秋冷が出口なら、人間の司は入り口。秋冷が開放なら、私は禁忌。だが、’秋怜’の力が未熟だから、まだ司としてが産まれていなかったから、この村の悲劇は止められなかった。貴方が私を秋冷の元へと向わせた理由ですね。』
完全に人型になっていない’秋冷’は、ボオッとした光の侭、宙に浮いている。
「えぇ……。それもあるわ。それ以上に、貴方には魔物の秋怜が必要だからよ……。」
最後にのたまったのは、其れである。
彼女は消える前まで、自分本位だった様な気がする。我ながら腹がたつと思う。だが、自分が良かれと思った事でも、結果的に人を落し入れる事もある。
救おうと思った人間を己が放った魔物が殺していたと知ったら、彼女を村に帰してしまった事すら、後悔している魔物の秋冷には耐えられない。
その後村を壊滅に追い遣ったなどと知ったら、秋怜はどうなるのだろう。
事実を教えるべきか、嘘を突通すか……。
今の司なら前者だ。
だが、死んだ’秋冷’は、後者を選らんで欲しいと云った。彼女の最後の願いを聞いてやらないほど司は薄情でもなかった。
心が決ると、司は真剣な面持ちで頷いた。
「大丈夫だ。」
秋冷に言葉を返すと、今更狼狽えていた秋怜の顔が安堵の色に変わった。
そして、水は、終息の方へと向った。
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