第十四話 橋の結果
昨日も携帯を、携帯しませんでした。すみません。
14
司が顔を横に振った。
流石に、司の異変に秋冷も気付いた。
「どうした?何処か、痛いのか? 」
秋冷の反応に応対はない。どんなに苦しい時でも、声を掛ければ、反応は返って来た。
だが、今の司は橋の遠くと眺めている。何処にも視点が合っていない。余計に心配になる。
「どうした?司。」
秋冷は心配で困り果てて居た。
だが、それだけでも司に、反応はない。
目を瞑っているなら、眠ったのかと思うが、瞬きもせず、ただ一点を見詰めている。
「傷が痛むのか?」と聞いても、司は動かない、周りの尋常ではない水の流れの中で、何かを見つめた侭、数分は其の侭だった事だろう。
そして、司は真剣な面持ちで頷いてから、目の色に意識が戻ってきた事を秋怜が確認取った後、
「大丈夫だ。」
と秋冷に言葉を返した。すると秋怜にも安堵の色に変わった。
もしかしたら、死んでしまうのかと心配になったが、司のシャガレタ声を聞いて、どっと疲れが出た。
水が動いた道に、手順を追って、下がっている様にも思えた。その水が自然物ではない事は一瞬で分かる。
橋の水が最初に退いて行き、徐々に人間の手が引き下がる様に、その水は波紋を作るべくもなく、後ろの方へと下がっていった。
風呂の栓を抜くが如く。だが、波を立てるのでもなく、秋冷が投げた石を中心に水が退いて行くのが分かる。
この事態を見た秋冷も流石に可笑しいと気づき、大きく目を見開き、驚きながらも一部始終を見守った。水が引くと露になった物がある。
「どうなってるのだ……。」
水が溢れたら全てはなぎ倒されて、残る物は何もない。それなのに木々や住居がある。だが、様子が可笑しい。どうも寂れている様に感じる。
「見ての通りさ……。この村はもう人が居ないのさ。廃虚と云える。人間は一人残らず、魔物に殺されたんだよ……。」
秋冷は走り出すと、橋の真上から下を見下ろした。
「村の人間は死人だったと……?」
秋冷は遠くの方を透かして見たが、生きた人間の住んでいる地域には見えなかった。
「この村の秋冷は、病から救うため、お前の所に救いを求めた。お前が魔物を出して、病は救われたが、森の主は、この地を守っていた訳ではなく、先人が這った水の堀を抜ける事が出来なかったんだ。それで、病を治してやった変りに、この方向に橋を建てるよう命令した。この地の人々は、魔物を人間に福を齎す神だと信じていた物だから、案の定、従ってしまって、’秋冷’を犠牲にして、橋を建ててしまった。」
「その後、村人は惨殺されたのか……? 」
司は頷いた。
そして、元通りになった村を見た。美しかった稲も荒れ果てた畑になり、半壊寸前の家々は、既に藻や苔で覆われていた。
「魔物に襲われた衝撃で、人間の命は残り、此処で……、夢の中だけで生き続けていたのさ……。」
「じゃぁ。’秋冷’の命は無駄だったのか? 」
「昔はな……。だが、これで村の人間は此処に残らず、浄土に行けるだろう。それも、女の’秋冷’のお陰なのさ……。」
秋冷は黙ってしまった。
「では、’秋冷’の心はまだ此処に居るのか? 」
「嫌。石の中にも、橋の下にも居なかった。人の無念さは残るが、命は巡る。今頃、転生して他の人間でもやっているのではないか?私の村には、古い土着宗教がある。人の命は、死んでから五十年で生まれ変わる。そして人の恨みだけが地上に残り悪さをする。でも、元の人間は新しい人生を生きているから、必要もないのに……、と幼い時思った。この話を信じるなら、今頃十八・十九ぐらいにはなっているのでは? 」
司は宥めるように、秋冷に云った。
司は立ち上がると、体を伸ばした。
「もう体は大丈夫なのか? 」
秋冷は驚きながらも、心配した様子であった。だが、司はアッケラカンとしている。
「お祭り事が終ったからな……。’秋冷’の痛みがすごく圧し掛かって来たから、余計苦しかったけど……。今はもう大丈夫。」
二人は横にならんで、橋を降りた。
秋冷は、干乾びた大地を歩き、手入れされていない畑を横目で見ながら、鬱蒼としている家々まで歩いた。至る所に、草が生え、人の息遣いすらない。
小高い所に墓地があったが、其処まで参る気にもならず、遠くから手を合わせるだけにした。隣村の人間が、哀れんで墓を建てた様だった。
無数の突起が、多くの人間が犠牲なったと一目で理解出来る。
二人は直に村を出る事を決意した。




