第十一話 少女の思い出
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家に駆け上がると、司が眠っている部屋へ行った。(もういい十分だ……。)と秋怜は思った。
「お前……。知っていたのか? 」
司は寝ずに横になっていただけだった。まるで、秋冷を待っている様に……。
「あの橋を見たのだな……。」
上半身を寝床から持ち上げ、秋冷は司に顔を寄せた。
司は事の事情を知っている口振りだ。
「あの橋はどう云う意味だ……。」
「老人が説明してくれただろう。」
「橋の下に’秋冷’がいるのか? 」
秋冷は、蒲団の上で座っている司に詰め寄った。
「何云っている?それはお前の名前だろう。」
司は意味が分からず、聞き返した。
秋冷は、司が全てを知っていると思っていただが、彼も良く事態を飲み込めていない様子だった。
「昔、司達が生まれるより前……。」
秋冷は重い口を開いて、哀しそうに話し始めた。
遠い昔、彼は魔物であり、門の制御すら間々ならない時、’秋冷’がやって来た。この時は、魔物の秋冷は名前が無く、魔物と呼ばれていた。
彼女は、司が操った人形の様に、魔物に願いをしに来た。その様な人間は始めてであり、人間を貪り食うのには飽きていて、弄ぶ者が欲しかったので、その女の戯れ言に付き合う事にした。
彼女の願いは、村が飢饉で病気が流行し、己も体に病気を持ちながら、長者の息子である男も同じ伝染性の病気に架ってしまい、彼を救いたいと云う物だった。
夜な夜な彼女を一飲みにしようとしたが、澄んだ瞳で此方を見られれば、何故かそれが出来ず、長々と生き長らえさせてしまい。
自分でも魔物の本能が揺らいだのを気付いた。悩んでいる内に、彼女も打ち解け、余計食う事も出来ず、何日か経った。
「魔物と云うからどんな化け物かと思ったけど人間と変わらないのね。」
彼女はそう云って笑った。
人間の言葉を解しているが、人間の心までは分からない。
彼女の願いが不可解にしか感じられない。
自分の無理を押してでも、救いたい者など、この魔物にはいないからである。
その上、長者の息子は’秋冷’の名前すら知らないのだ。だが、彼女は彼の事を好きだと云う。その片恋の相手が死にそうだから、自分も病で辛いのに、無理を押して此処まで来たと笑った。
「馬鹿な事をしているのは分かるわ……。でも、それで良いと思うの。」
それでも、助けようとする少女。又、魔物に笑い掛けた。
「俺に魔物を貸せと云うが、人間のお前に使いこなせる訳がない。門番の俺ですら苦戦しているのに……。」
「誰も不死にして欲しい訳ではないのよ。ただ、苦しんでいる村の人を……。あの人を助けたいだけ……。」
彼女が何故笑うのか分からなかった。
だが、彼女には全てが分かっていた様だった。彼女が何故笑っていたのか、魔物には分からなかったが、今の彼なら分かる。
彼女は全てを承知で、此処に来ているのだ。自分の最後がどうなるかも知っていて……。
彼女の願いを聞いてやる事にした。村に病を蹴散らす者を送り込んで、やったら、たいそう喜んでいた。
数日の後、村に帰る事になって、秋冷に最後に伝えた。
「例え自分がどうなったか、探さないで欲しい。又遊びに来て良い? 」であった。其の後、山を下っていった。
二人が共に過した時間は、七日に満たない。
だが、秋冷が、彼女の名前を自分に付けたのは其の後である。彼女に出会って残忍だった魔物が、生まれ変わり、人間の心になった。彼女は犠牲的に男を思い、その姿を魔物が焦がれた。
‘秋怜’が山を降りた後、彼女がどうなったかは、知らない。最後の望みを聞き入れて、探さなかった。
彼は最後に聞いた、又来るの言葉だけを信じ今迄、待ち続けていたのだ。
だが、彼女がこの世の人で無くなった時、断末魔が最後聞こえた。
今でも耳から離れない呻き声は、秋冷を苦しめる。
魔物なため、蟲の知らせには敏感だった。その時点で彼女を裏切っている感じがして、後ろめたい気持になっていた。
それでも、彼女が生き返ると信じ、尚且つ、山を降りる事を意地でも反対すれば良かったと秋怜は感じていた。
彼は、最後まで自分が引き止めれば、’秋冷’が死ななくて済んだと後悔している。彼女の死は自分の責任だと……。
そして、彼は自分の名に秋冷と付けた。
「なるほど、秋冷の名は、彼女から取ったのか……。」
「でも、最後の言葉を違えてしまった。彼女がどうなったのか知ってしまった……。」
哀しそうな顔をする秋冷。ただ約束を破った事に哀しくなった
「彼女が長者の娘だとは……。」
「表向きはそうなっているだけだ。長者は娘を差し出していないし、’秋冷’が長者の娘ではなかった。’秋冷’は身寄りも無いため、村人の生け贄にされただけだ……。」
「何故そんな事を、知っているのだ? 」
「ついて来い。来れば分かる。」
司は手招きをして、何処かへ案内した。案の定、橋の前まで来ると、橋の上に女性が立っていた。
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