赤バラ:あなたを愛してます
ガリーナはワレリーの住む家、もといパーヴェルの家にやってくる。
パーヴェルの家は小さく、物が少なく整理が行き届いていた。
(昨夜の場所じゃないな…。一体どこだったんだろう、あの場所。)
昨夜走り回った館の事を思い出すガリーナ。
ワレリーはキッチンの鍋の前に立つと言う。
「少し温めます。
味はどうしますか?あまり調味料を買っていないので、ジャムしかありませんが。」
「それ、ジャムしか入れる物ないじゃない。料理作らないの?」
ガリーナが言うと、ワレリーは笑った。
「申し訳ありません。
普段はパンだけで食事が済んでしまうので、何も作らないんです。」
鍋に火をかけ、鍋の中身をかき混ぜながら答えるワレリー。
それを聞いたガリーナはクスッと笑ってしまう。
「ワレリーさん、確かに昔からパンしか食べなかったなぁ。」
「どうしても味の強いものは苦手で…。
パーヴェルの家に住んだ当初は驚きました。
酒や味の濃い食べ物がいっぱいで…全部捨ててしまいました。」
ガリーナは苦笑した。
(逆にパーヴェルくんは沢山食べるもんなぁ…)
ワレリーは鍋を温め終えて、皿に盛り付けてガリーナに出す。
それはスープで、色的には葡萄のジャムが入っている。
「ありがとう、いただきます。」
ガリーナはスープを一口食べると、眉を潜めた。
「味薄い…」
「おや、沢山入れたつもりでしたが…」
ワレリーはそう言って棚のジャムをガリーナに出す。
「もう少し入れますか?」
ガリーナはジャムの蓋を開けて、ジャムをそのまま一口味見する。
「あの、この葡萄ジャム、すごく薄くないですか?」
それを聞いたワレリーは何かに気づいた顔をした。
「申し訳ありません。普通のジャムは味が濃いので、薄いものを購入しているんですよ。」
ニコライもガリーナのスプーンを使って一口食べると、黙り込んでしまう。
「みず!」
味がわからないのか、水と答えてしまうニコライ。
ガリーナもその気持ちがわかるのか、頷いてからワレリーに言った。
「にしても、食事分けても良かったの?
一人暮らしだし、一人分しか用意されてないでしょう?」
「いえいえ。ほぼ毎日客人がいらすので、予め食事を用意しているのですよ。」
「客人…?」
ガリーナは首を傾げると、玄関の方から女の子の声が聞こえる。
「パーヴェル、おはよう!」
ガリーナは廊下の扉を見ると、扉から一人の女性が顔を出した。
女性はガリーナによく似ている。
ガリーナと違って髪はストレートではなく、瞳もガリーナほど美しいわけではない。
しかしガリーナと比べたらスタイルがいい、そんな女性だ。
ガリーナは女性を見ると、目を見開いて驚いた。
「【レギーナ】…!」
するとレギーナもガリーナを見て驚く。
「ガリーナ…!なんでパーヴェルの家に…!
アンタはあの変な牧師と結婚したはずでしょ!」
敵意剥き出しで言うレギーナ。
その言葉を聞くと、ガリーナはついワレリーに視線を送ってしまった。
ワレリーは満面の笑みで黙っており、次に言う。
「おはようレギーナ。
今朝ガリーナと会いまして、息子のニコライに朝ご飯を食べられたんだと。はっはっは。」
ワレリーはパーヴェルを真似ているのかそう言うと、レギーナはワレリーの傍まで小走りでやってきた。
レギーナは背伸びしてワレリーに口づけをすると、見ていたガリーナは顔を真っ赤にする。
「だからって私以外の女を家に入れちゃダメでしょ!」
ムスっとしたレギーナ。
ガリーナはスープを飲み干すと席を立った。
「あ、お邪魔みたいなので私はこれで…」
「さっさと出てって!」
レギーナは突き放すように言うと、ワレリーは困った顔をする。
「せっかくお姉さんに会ったんですよ?もう少し話したらどうです?」
ガリーナとレギーナは姉妹で、ガリーナが姉だ。
レギーナは不機嫌な顔をしていたが、少し控えた様子で言う。
「でも…私話す事はないわ…。」
ガリーナは困った様子で言った。
「レギーナ、私の事あんまり好きじゃないみたいなの…。」
ワレリーはそれを既に知っているのか、あまり反応を見せない。
レギーナはワレリーをぎゅっと抱きしめ、ワレリーはレギーナに視線を落とす。
そしてワレリーはレギーナをそっと抱きしめると、レギーナはワレリーを見上げた。
「パーヴェル…」
レギーナがそう言うと、ワレリーは次にガリーナに視線を送る。
ガリーナは察したのか、ニコライを連れて部屋を出た。
「ごゆっくり…」
そう言い残して。
ガリーナはパーヴェルの家から出て行くと、ふとパーヴェルの家の方を振り返った。
(レギーナって昔からパーヴェルくんの事が好きだけど…
ワレリーさんと付き合っちゃって大丈夫なのかな…)
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その日の夕方、ガリーナはパーヴェルとニコライと共にいつも通り食事をしていた。
ニコライは懲りずに食材の名前を一つ一つ言いながら食べ、パーヴェルはいつも幸せそうに食事をしている。
ガリーナはパーヴェルに聞いた。
「ねえ」
「ん?」
ガリーナは少し躊躇うが思い切る。
「今日ね、事故で朝食がダメになって…そしたらパーヴェルくんがご馳走してくれるからって家に行ったの。」
「うん。」
「そうしたらね、妹のレギーナが家にやってきて…。
レギーナ、パーヴェルくんの家によく来るんですって。
…私達が結婚する前から、レギーナはパーヴェルくんの事を気にしている様子だったけど…結ばれている様子で良かった。」
ガリーナがそう言うと、パーヴェルは興味がないのか反応が薄い。
「ふ~ん。そうですね、幸せそうで良かったです。」
ガリーナは目を泳がせつつも更に言った。
「パーヴェルくんって昔はレギーナと全く関わらなかったから…今あんなに親しいと不思議よね。急になんでかしら。」
それを聞いたパーヴェルは反応し、ガリーナはそれを見逃さなかった。
次にパーヴェルは真面目な顔を見せる。
「パーヴェルは…
ガリーナ、あなたが好きだったんですよ。」
「え…」
パーヴェルは続ける。
「誰に対しても平等で優しく、天使の様な笑顔が素敵なんだと、パーヴェルは言っていました。
彼の愛は本物でした…
それは、兄である私によく聞かせるほどでした。」
ガリーナはそれに頬をピンクにすると、パーヴェルは微笑んでガリーナを見つめた。
パーヴェルはガリーナに手を伸ばし、ガリーナは無意識に手を前に出した。
パーヴェルはその手を強く握ると、目を深く閉じて言う。
「勿論同じく、私もガリーナを愛しています。」
「ぱ……ワレリーさん…!」
ガリーナが言うと、パーヴェルはガリーナの手を次は両手で力強く握った。
パーヴェルは目を瞑ったままだったが、真面目な表情を浮かべていた。
「ガリーナは…誰か好きな人がいましたか…?」
それを聞いたガリーナは目を見開くと、少し黙ってから言う。
「…勿論ワレリーさんが…
あなたが好き…!」
パーヴェルは深く頷くと微笑む。
「嬉しいです、ガリーナ…」
パーヴェルはガリーナの手を強く握ったまま、離さない。
ガリーナはパーヴェルに好きと言ったが、ちゃんと通じているか不安でモヤを抱える。
二人の沈黙は続いた。
するとニコライは急に叫んだ。
「むしぃーー!」
それを聞いたパーヴェルは顔色を変えて驚く。
「虫っ!?」
「むしぃーー!」
しかし、虫などどこにもいない。
「いないわよ。」
ガリーナがいない事を知らせると、パーヴェルは不機嫌な顔を浮かべた。
「嘘をつくなニコライ…!」
ニコライは気にせず、また言う。
「むしぃーー!」
相当その言葉が気に入ったのだろうか、パーヴェルは呆れて溜息をついた。
そしてガリーナは、そんな二人を見て苦笑するしかなかったのだ。
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その日の夜、パーヴェルとガリーナは家の窓から空一面の星空を見上げていた。
「夜は不吉な話が多いけど、夜空も月もとっても綺麗よね。」
ガリーナがそう言うと、パーヴェルは頷く。
「それはそうです。別の国では、月は神聖なものだと言われるほどですからね。」
「そうなの!?」
ガリーナは驚くと、パーヴェルは笑った。
それからパーヴェルは笑いを止めると、微笑んで言う。
「私の小さい頃の夢をお教えしましょう。
あの月をご覧なさい。」
(夢…?)
ガリーナは目を丸くして、満月を見つめる。
パーヴェルは幼い頃のワレリーを思い出して言った。
「月の模様が兎に見えませんか?」
「えー?…ああ、確かに!」
ガリーナが言うと、パーヴェルは過去の自分とガリーナの声を重ねながら思い出す。
――幼いワレリーは月夜を見つめて言った。
「身を滅ぼしてまでも善行を尽くしたウサギを、神が称えて月にウサギを映したという話があります。
素敵でしょう?」
「なんか可哀想。」
パーヴェルが言うと、ワレリーは笑う。
「ですが、称えるに相応しいウサギだと私は思います。」
パーヴェルはそれを聞くと、微妙な反応を見せた。
「俺は嫌だなあ」
ワレリーは満天の星空を眺めて言う。
「この村はまるで、夜空です。
夜空の星の様に多くの美しい花が咲き誇る。
そして村人は希望を求める小さな天使…つまり夜空の星なのです。
ほら!星が今、煌めいた。」
パーヴェルは煌めいた星を見つけると、ワレリーは続けた。
「今のは星の蕾が咲いたのですよ?ほんの、ほんの一瞬だけなのです、星の花が咲くのは。
でもあれをご覧なさい。」
ワレリーの指した先は、輝き続ける一等星。
「あの花はずっと咲いています。枯れる事もなく、蕾になる事もなく…。」
パーヴェルはワレリーの世界に入り込めずにいると、ワレリーは星を見上げる。
「地上の花の栄養は太陽。ですが、星空の花の栄養は月なのですよ。
月は星の花畑を育てる太陽なのです。」
「ほんとに?」
半分飽きた顔をしてパーヴェルが聞くと、ワレリーは深く頷いた。
そしてワレリーは遠い目で月を見つめると呟く。
「私は…私はあのウサギの様に、月になりたい…
夜空をもっと…輝きに満ちた花畑にしたいのです…」――
その話を聞くと、ガリーナは目を輝かせる。
「凄い…星空を花畑に例えるなんて、私は考えた事もなかった。
ワレリーさんは夜空の月になりたくて、村を導く牧師様になったんだね。」
するとパーヴェルは微笑んだ。
「そういう事です。わかってくれたのなら、良かったです。」
ガリーナは月を見上げた。
(今のワレリーさんはどう思っているんだろう…)
パーヴェルも月に映る兎を見上げて思う。
(兄様、そのせいで身体壊したりしないといいんだけどな。
俺と違って丈夫じゃないし。)