クフェア:立派
その日の夜、ガリーナは教会の裏の館まで帰ってきた。
館内は明かりを点けておらず、真っ暗な廊下を歩く。
すると、近くの部屋から蝋燭の光が見えた。
部屋から出てきたのはワレリーで、ガリーナを見ると驚いた。
「おや、パーヴェルの家に泊まったものかと。」
「うーん…流石にここまで髪切っちゃったら…村の人に見られた時に言い訳もできないし。」
「そうですか…」
ワレリーはそう言うと、扉を開く。
「さ、お入りなさい。」
ガリーナはそう言われて部屋に入ると、ワレリーは蝋燭を消して部屋の電気を点ける。
すると、そこは台所設備が整った部屋。
すぐ近くにはテーブルがあり、ワレリーは手紙を書いている様子だった。
「これは?」
ガリーナが手紙を指して聞くと、ワレリーは手紙に視線を落としてから言う。
「父への手紙です。
明日、届けに行こうかと考えていたのですよ。
あなた達が海外に引っ越す場合の話ですが。」
「ワレリーさん、その話なんだけど…」
ガリーナが呟くと、ワレリーは眉を困らせた。
「断られたのですか?」
ガリーナは静かに頷く。
「レギーナはパーヴェルくんが行くなら行くって言っていたけど、肝心のパーヴェルくんは行く気がないみたい。
ナターリヤさんやワレリーさんに孝行したいからですって。ニコライの事は、あまり考えてくれてないみたいで…。」
「パーヴェルが…」
ワレリーが呟くと、ガリーナは悲しい顔を見せる。
「パーヴェルくんにとっては、ニコライは自分の子供じゃないからね…。
それと…ワレリーさんに質問なんだけど…」
ワレリーはガリーナを見ると、ガリーナもワレリーの目を見て言った。
「私達がもし村を出て行ったら、ワレリーさんはどうするの?
村に尽くすって…一体何をするの…?」
ガリーナの不安に満ちた目。
ワレリーは少し黙ってから微笑む。
「何か、私が身を滅ぼす様な真似をするとでも思っているのですか?」
それを聞いたガリーナは眉を潜めてワレリーを見つめる。
「だって…!それしか思いつかないじゃない…!」
ワレリーはそれに笑ってしまうと、笑顔のまま言った。
「私が死ぬくらいなら村に火を放ってますよ。」
顔は笑顔なのに声が真面目だったので、ガリーナは怖く感じてしまう。
ガリーナは肩を上げて震えてしまうと、ワレリーは優しく言った。
「死ぬつもりなど更々ありませんよ。だから、火も放ちません。」
ガリーナは落ち着きを取り戻してワレリーを見ると、ワレリーは台所の棚の前に立った。
「死んでしまっては望む事も、…それを愛する事もできなくなってしまいますからね。」
「望みを愛する…?」
「希望にあふれた人間は素敵でしょう?自然と愛があふれてくるのです、私は。」
ガリーナはそれを聞くと、ふと笑ってしまう。
「面白いね…!」
ワレリーも笑ってしまうと、ガリーナはお腹を摩った。
「そう言えば夕御飯食べてないな。」
「そうですねぇ…」
ワレリーはそう言って棚から大きな紙袋を取り出す。
その紙袋をテーブルに置いて広げると、そこには大量のパン。
ガリーナは目を輝かせると、ワレリーは微笑んだ。
「今朝、パーヴェルが畑仕事をしている私達にくれたものです。
これは私の分らしいですが…あまりに多くてここに置いていました。」
「パーヴェルくんが!?あ、パーヴェルくんの家には置かないんだね。」
「今日は元々ここで泊まるつもりだったので。」
ワレリーは席についてパンを一つ取ると、一口食べた。
「バターパンなので、そのままで食べられますよ。」
ワレリーの言葉を聞いて、ガリーナは一口食べると頬をピンクにして喜ぶ。
「美味しい!パン屋さんのより美味しいかも…!
パーヴェルくん凄い!」
ガリーナがパクパクと二つ目のパンを手に取ると、ワレリーは上品に笑った。
「パーヴェルはよく『自分は何もできない』と言うんですよ。
でも、パーヴェルは料理がとっても上手です。食べた事のある料理は大抵作れてしまいます。
このパン、小さい頃の私達におばあ様がおやつで焼いてくれたパンと同じ味なんですよ。」
「そうなの!?」
「はい。」
ガリーナは三つ目に手を出すと言う。
「いくらでも食べれちゃう…!ニコライにもあげたいくらい。」
すると急に、ワレリーは席を立った。
ガリーナはワレリーを見ると、ワレリーは少し広い場所でパンを咥えながら鼻歌を歌いだす。
その鼻歌に合わせて更に踊りだすので、ガリーナは少しの間見ていると、ワレリーは恥ずかしそうに振り向いてきた。
パンを一度手に持って口から離すと言う。
「パーヴェルは食にまつわる歌や踊りが大好きで、小さい頃はおやつの時間になるとよく歌っていたのですよ?」
「そうなんだ!知らなかった…!」
ガリーナはそう言って目を光らせると、ワレリーは続けた。
「それがとっても楽しげなのです。
パーヴェルは仕事の日のお昼の時間は談笑だけでなく、歌やダンスでも周囲を盛り上げます。
私もパーヴェルを演じるからには沢山練習をしますが…難しいですね。」
ワレリーはそう言って苦笑すると、次に言った。
「今度、パーヴェルにおやつを作ってあげなさい。
きっと喜んでくれますよ。」
そう言ってワレリーは、再びパンを咥えて鼻歌を歌いつつ踊り始める。
それを聞くと、ガリーナは急にニコライを思い出した。
保育園のダンスを踊るニコライを思い出したのだ。
「ねぇワレリーさん…」
ワレリーはガリーナの方を見ると、ガリーナは俯く。
「実は…私が髪を切ったせいで、ニコライが私を母親だって認識してくれなくなって…」
ワレリーはそれを聞くと、ダンスをやめて速やかに席に着いた。
「ニコライは…レギーナがお母さんに見えるみたい…」
ワレリーは言葉を失うと、ガリーナは続ける。
「だから、パーヴェルくんが村から出ないってならレギーナも出なくて、ニコライも出られないの。
うん…。」
ガリーナがそう言うと、暫く沈黙は流れた。
するとワレリーは微笑む。
「ガリーナはどうしたいのですか?」
ガリーナはそれに反応すると、躊躇った様子だが言った。
「行けるなら…私とニコライだけでもいい、村から出たいと思う。
村で悪魔の瞳がバレないようにし続けてたら、きっとニコライは将来窮屈な思いをしてしまうわ…!
そんなの、私は嫌。もっと自由な場所に連れてってあげたい…!」
ガリーナは涙を一滴落とし、膝の上で両手を握った。
ガリーナは泣く事を我慢していた様子だったが、こらえきれずに流してしまったようだ。
ワレリーが静かに聞いていると、ガリーナは続ける。
「パーヴェルくんの事は好き、一緒に居続けいたい気持ちもある。
でも、それ以上に私はニコライが大事…!
だって、ニコライはまだ子供だもん…!
自分の手で道なんて選べない…!
親である私が、導いてあげなきゃいけないの…!」
ワレリーはそれを聞くと、ガリーナに言った。
「立派ですねガリーナ、あなたは親として立派です。」
「普通だよ…ワレリーさんも子供を持ったらきっとわかるわ…」
ガリーナはそう答えると、ワレリーは深く頷く。
「そうでしょうね。」
ワレリーはそう言ってテーブルの上にあった手紙を手繰り寄せた。
「やはり明日、届けに行きましょうか。」
ガリーナは顔を上げて手紙を見ると、ワレリーはガリーナに微笑む。
「私はガリーナを応援していますよ。」
そう言われたガリーナは、涙を流した。
「ありがと…。」
ワレリーはパンの入った紙袋を手に取ると言う。
「残りは朝に食べますか。今夜は遅いのでもう寝ましょう。」
しかし、ガリーナは涙目で言った。
「え、あと一つ…」
その物欲しそうな目。
ワレリーは黙って紙袋を開くと、ガリーナに一つパンをあげた。
するとガリーナは嬉しそう。
「ありがとう。」
ワレリーはそんなガリーナを見つつ思う。
(パーヴェルに似てよく食べますね…。
と言うより、さっき泣かれたからまた館のトラップが発動するかもしれない…)
と、更に不祝儀を心配していた。
勿論のこと、ちゃんとこの後に館のトラップは発動したのであった。




