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スターチス:変わらぬ心

その日の夕方。

ワレリーはナターリヤの家まで来ていた。

ちなみに馬は村の方に置いてきた様で、乗っていない。


「おばあ様。」


ワレリーは家に入ると、廊下を歩いていたガリーナを発見。

長かった金髪が、バッサリと切られていた。

一瞬誰かと目を疑ったが、ワレリーは言う。


「まさか…ガリーナ…?」


「うん…」


ガリーナはそう言うと、ナターリヤがリビングから出てきた。


「ワレリーおかえり。」


ワレリーは驚いた顔を隠せない。


「その髪…!」


「…村の人が来たの…ここに。

レギーナだって思われないように、思い切って切ったの。

男の子だと思われて、そのまま帰ってくれたよ。」


ガリーナはそう言って微笑んだ。

しかしワレリーは呆れたのか、溜息をつくと言う。


「このままでは本物のガリーナに戻れないのでは?

村の者に顔を見られたのでしょう?」


「あっ…」


ガリーナはポカンとしたが、すぐに真面目な顔を見せた。


「でも、ワレリーさんもこれからどうするの?

腕の傷なんて、そう簡単に治せない。最悪村に居れなくなるんじゃ…」


すると、ワレリーは黙り込む。

それを見兼ねたナターリヤは言った。


「ここに住むかい?」


しかし、ワレリーは断る。


「いけません。村人が再びここに来たらどうするのですか。

もう誰かを巻き込むわけにはなりません。」


ナターリヤは眉を困らせると、ガリーナは閃く。


「いい事思いついた!」


 ======


教会の裏は、森に隣接していて村人の目を誤魔化せる。

村は見張りでいっぱいだったが、森には幸い人が少なかった。

ガリーナとワレリーは教会の裏口までやってくると、ガリーナは言った。


「もう何度も入ってるけど…

ここ、本当は神の子以外入っちゃダメな場所なんだよね…」


ワレリーは扉を開くと、ガリーナに言う。


「おやおや、この村では私が神様ですよ。」


それを聞くと、ガリーナはムスっとした。


「も~、ワレリーさんはもう牧師様として仕事できないんじゃないですか?

この傷バレちゃったし…」


ワレリーはその言葉に反応。

二人は建物に入ると、ワレリーは天井を見つめて呟く。


「そうですね。

悪魔の儀式をした時点で、私は牧師失格です…」


ワレリーは元気のない様子だったので、ガリーナはワレリーを気にした。

ガリーナはワレリーの顔を覗き込む。


「大丈夫?やっぱりショックだよね…」


ガリーナがそう言うと、ワレリーは天井を見たままニヤリとした。

穏やかな感じではない、嘲笑するかのような笑いだった。


「愚行の果てです。

私は愚かだった…だから神の座を下ろされたのですよ。」


ガリーナは同情した顔になると、ワレリーは思い立って廊下の鏡の前に立った。

ワレリーは鏡の前で背を向けると、自分の背を見つめる。

ただの普通の背中。


「やはり私だけが人間…。

天使にも、悪魔にもなれない…中途半端な…。」


ガリーナは回答に迷った果て、苦し紛れに言う。


「バランスがいいって感じがしていいじゃない。」


するとワレリーは首を横に振った。

ワレリーは鏡に寄りかかり、ガリーナに振り向いて安らかな笑みを浮かべた。


「私は天使になりたかったのです、あなたの様な。」


「私って、言うほど天使って感じするのかな…

村の人も、悪魔ってほど悪い事もしてない気が…」


ガリーナの質問に、更にワレリーは首を横に振る。


「善行悪行の問題ではありません。

私は、希望という名の欲望が大好きなのですよ。」


ガリーナは首を傾げると、ワレリーは続けた。


「だから、己の足で望みを得ようとするあなたは天使です。

しかし、全てを神に委ねている村人は悪魔なのです。

私は、そういう人間が大嫌いですから。」


「天使と悪魔ってそういう意味だったの!?」


ガリーナは驚いた様子で聞くと、ワレリーは頷いてから鏡を見つめる。


「私には村を守るという志がありますが、同時に迷いもあります。

だから天使にも悪魔にもなれないのです。」


「そうなの?」


「ええ。

どこか…雲を抱えているのです…。

正体はわかりませんが。」


「そっか…。」


ガリーナはそう呟くと、ワレリーはそっと自分のダガーを握るので聞いた。


「そう言えばそのダガー、小さい頃から持ち歩いてるよね。」


ワレリーは柄の赤いダガーを見つめると、ガリーナに見せて微笑む。


「これは私の罪の象徴です。

…私は一度、このダガーで人を殺めた事がありまして。」


「え!?」


ガリーナは驚いてしまうと、ワレリーは眉を困らせた。


「私の集落では、仲間以外の人間は殺すものだと習ってきました。

そのせいか、私は三歳で殺めてしまいました。

あの時の事は今でもよく覚えています。

山で遊んでいた私とパーヴェルに、善意で話しかけてくれた男性でした。


このダガーで…

男性は私に刺されたのにも関わらず、私を襲う事はありませんでした…。

そのまま、息絶えたのです。」


ワレリーのダガーを持つ手は震えていた。


するとガリーナは思い出す。

ワレリーと始めて出会った日の事を。

その日もワレリーは震えていた。


ワレリーは俯いて話を続ける。


「彼のポケットには、家族への手紙が入っていました…

あの人には妻がいて、パーヴェルくらいの子供がいたようです。

それを知った時始めて、私は外の人間も、私達と同じ人間だと気づいたのです。

家族を愛し、仲間同士協力し合い、…私達と何も変わらない。

ただ、住んでいる場所が違うだけだと…


私は…罪なき一般人を殺してしまったのです…。」


ワレリーはダガーを両手で持つと、力いっぱい握った。


「このダガーは母から譲ってもらいました。

これは、私の墓まで持っていきます。」


ワレリーの話を聞いて、ガリーナは呟く。


「そうだったんだ…。

だから私に初めて会った時も、怯えてたんだね。」


「ええ。

あなたに会い、私は村の風習に惹かれました。

掟を堅く守り、神聖な牧師になる為の努力を惜しまず、あの日の過ちを償う為に盲信し続けました。


…村人の実態を知り、それが愚かだと知った時にはもう遅かった。

大事な弟を村の風習に染めてしまい、自分も村を守る牧師として村を支配をする喜びを知ってしまった。

だから今でも逃げられないのです…この村から。」


ワレリーは遠い目をしてそう言うと、ガリーナは同情する。

ワレリーはそんなガリーナを見て微笑んだ。


「ガリーナ、私の頼みを聞いてくれますか?」


ガリーナはそれを聞いて顔を上げると、ワレリーは話を続ける。


「今度、私の家族が海外に引っ越す事は知っていますよね?

あなたはパーヴェルやニコライを連れて、一緒にこの村から出て欲しいのです。」


「なんで…!」


ガリーナが驚いた顔で聞いた。


「この村にいる限り、ニコライは悪魔の瞳を持った悪魔。

パーヴェルには村以外の世界を知り、ニコライを認められる様になって欲しいのです。」


「じゃあ誰がこの村の牧師をやるの…?レギーナは?」


「レギーナに関しては彼女の判断に任せます。

村の牧師は…あんなもの、もう要りません。村人は自立すべきです。

私はもう牧師はできませんし、パーヴェルが代わりをしてもいずれ自滅するでしょう。

だから…村には自分達で物事を進めるよう成長してもらいませんと。」


ガリーナはワレリーの服を掴んで言った。


「ワレリーさんは?」


「言ったでしょう、私は村の為に尽くしたいと。

私はこの村に残ります。」


「でも…!」


ガリーナがそう言うと、ワレリーはガリーナの肩に優しく手を乗せて言った。


「パーヴェル達に…今の話をしてくれますか?

みんなで相談なさい。」


ガリーナは腑に落ちなかった。

しかし、ワレリーから離れる。


「今から行ってくる…」


すると、ワレリーは手を振ってくれた。


「行ってらっしゃい、よろしくお願いしますね。」


ガリーナは躊躇ったが、走って館を出るのであった。






挿絵(By みてみん)

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